第24話 二人の活躍
それから一年半ほどの高校生活は、それなりに充実したものだった。
タクミとヒデヨの人間性は、異世界を経験した前後でも、何も変わっていない。基本的に人畜無害のオタクのままだ。ただ、言うべき時には言い、やるべき事はやるようになった。
この世界において、二人は勇者ではない。しかし、たとえ世界は違っても、もう一つの世界の存在する妻や友人に対して恥ずかしくない男でありたいと願い、そう行動した結果だった。
そして、二人は誰からも一目置かれる存在になっていく。
勉学に明確な目標ができたことも大きかったのだろう。タクミは看護大学、ヒデヨは農業大学への進学を希望し、それに向けて生活を組み立てた。
肉体鍛錬も怠らなかった。雨の降らない日は、いつもの公園でトレーニングをした。
学校へ行き、自宅で勉強してトレーニングもすれば、それだけで一日のほとんどを消化してしまうことになる。その結果として、娯楽はアニメかゲームの二者択一を迫られることになる。
二人は、苦渋の決断でアニメを選択するのだった。
☆
学校でも、色んな経験ができた。
ヒデヨは、紆余曲折を経てバスケットの試合に出場、チームのベストエイト入りに貢献する。白井の情熱に押し切られた格好だった。
白井が始めてヒデヨを部の練習に連れて行った時、当然ながらチームメイトの猛烈な反発を食らうことになる。しかし、ボールを持ってさえ、遙かに常人を凌ぐそのスピードに誰もが眼を剥き、その日のうちからヒデヨを受け入れるようになった。
ヒデオは秘密兵器と称され、ウインターカップまでその存在を隠す作戦がとられる。
ヒデヨはヒデヨで、勇者の能力を得ている自分が、一般の高校生の試合に参加することに葛藤を覚える。だが、「二メートルの身長も、誰より早い動きも、それは個性だよ。ヒデヨ君は高校生なんだから、高校生の大会に出場するのに遠慮する必要なんてないさ」というタクミの言葉に後押しされ、出場を決意するのだった。
もちろん、ヒデヨの参加だけで勝利の確証ができるほどバスケットボールは甘くない。今のヒデヨの骨格では、ボールの操作を行いながら高速で動けるのは、一クォーターが限界だった。
もう一つ問題があった。ヒデヨの超高速パスを受けることができるのは、白井だけだったのである。
そして迎えたウインターカップ。ヒデヨの高校は、一回戦から全国大会常連の強豪校と当たる。
その作戦は、第四クォーターまでヒデヨと白井を温存、それまではディフェンスを固めてなるべく点を取らせないというものだ。点差を二〇点以内に押さえるという目標は僅かに達成できなかったものの、チームは見事に三〇分を戦い切る。その時期には、攻撃重視のチームだった時にはパッとしなかった三年の補欠メンバーが見事なディフェンスの才能を発揮し、全員で戦うのだという一体感が生まれていた。
そして最終クォーター。ヒデヨと白井は、ゴールを守り抜いてクタクタになったメンバーと交代する。
ヒデヨがコートに立った時、相手校の客席からは失笑が起こり、自校の客席からは溜息が漏れた。
タクミだけが大声でヒデヨを応援していた。ヒデヨは緊張で、タクミに手を振るのがやっとだった。
ゲームが再開されると、館内は凍り付いたように静まり返ることになる。コート内にいる誰よりも頭一つ以上小さな男は、今まで見たこともない高速のドリブルでボールをゴール下まで運ぶと、待ち構えていた白井にパスしていとも簡単に点を取った。
相手チームの誰も、ヒデヨからボールを守れなかったし、ヒデヨのドリブルも止められなかった。
点差は瞬く間に縮まり、そして逆転する。終了のホイッスルが鳴ったとき、白井はヒデヨを肩車して客席の歓声に応えた。
それを見たタクミは、感激の涙が止まらなかった。周りを見ると、今までヒデヨを小馬鹿にしていた女子が、同じように泣いていた。その中に、ヒデヨを酷いやり方で振った溝口もいたが、誰よりも大きな声で泣いていた。
☆
ウインターカップの初勝利は、チームに大きな犠牲も強いた。ヒデヨの超高速パスを受ける白井の手が、大きなダメージを受けていたのだ。
特に左手首は、すでに亜脱臼に近い状態だった。だが、白井はこれをテーピングと精神力だけで乗り切り、二回戦、三回戦と突破する。作戦は初戦と同じ、部員数的にそれ以外の戦い方をする選択は無かった。
そして準々決勝。昨年の準優勝校に対し、チームはボロ雑巾が擦り切れていくように敗れる。
優勝候補の一角に対し、ペース配分を考慮する余裕は全くなかった。ヒデヨと白井は、第一クォーターから出場する。
戦える所まで戦う。そんな玉砕覚悟の作戦しか無かった。しかし、ヒデヨの体力と白井の手首は、第二クォーターの半ばで限界を迎える。その時、チームは僅かにリードしているだけだった。
相手校には、二メートルを超える留学生が二人もいた。その二人が、白井を徹底的にマークしたのだ。
ヒデヨにシュートの技術は無い。さすがに準決勝ともなると、それは見透かされていた。であれば、ヒデヨを攻略するより、パスを受け取った後の白井を攻略した方が効率的だ。
二人の巨人は、白井のシュートを徹底的にカットする。白井と巨人の身長差は、白井とヒデヨの身長差に等しかった。
ヒデヨと白井が引いた後も、託されたメンバーは見る者の胸を熱くする戦いを繰り広げる。
試合終了時、勝利チームとは三〇点の差がついていた。だが、その点差を笑う者など、会場には一人もいなかった。
両校の健闘を讃える拍手が、いつまでも、いつまでも続いた。
☆
冬休み前の終業式の後、ヒデヨは溝口に再び誰もいない教室に呼び出される。
そこで溝口は自分の過去の非礼を詫び、今度は自分から付き合ってほしいと申し出た。
これに対してヒデヨは、すでに心に決めたヒトがいることを告げて断る。
「彼女に相応しい男になることが拙者の生きる目的であり、彼女を幸せにすることが拙者の生き甲斐なのでござるよ」
そう言って教室を出て行くヒデヨの後姿を見ながら、私もそう思われる女になるように自分を磨こうと、溝口は心に誓うのだった。
☆
ヒデヨがバスケットに頑張っている頃、タクミは神原に空席だった生徒会庶務に着くように勧められる。
「私だって公平に掃除係の義務は果たしたいわ。だけど、今は副会長と庶務の一人二役でどうしても無理なのよ。アナタが庶務をやってくれれば話は別だけど」
タクミは掃除係の公平化を訴えていた手前、断ることができずに引き受ける。
生徒会庶務とは、要は雑用係のことだった。会議前にイスを並べ、印刷物を準備する。終われば部屋を片付けて、また掃除。
しかし、そういった作業が性に合っているタクミは雑用をコツコツとこなし、生徒会長や神原の信頼を得ていく。
そんなある日、事件は起こる。
ヒデヨはバスケ部の練習で、タクミが一人で夜の公園でトレーニングしていると、半グレの四人組が初老の男性をオヤジ狩りしている場面に遭遇する。
タクミは戯れるかのように楽々と初老の男性を救出し、名前も告げずに立ち去るが、話はそれで終わらなかった。
次の日、半グレのお礼参りを楽しみにしながら公園に行くと、そこにいたのは、この世界に戻って間もなくヒデヨとトレーニングした時に、その様子を撮影させてほしいと言ってきた若いサラリーマンだった。
「やっぱり君か」
若いサラリーマンはそう言うと、自分が来た理由を説明した。
昨日の初老の男性は、若いサラリーマンが勤めているイベント企画会社のクライアントで、サプリメント会社の会長だと言う。会長は公園に近い場所にイベント企画会社があるのを思い出し、訪れたのだった。
会長は昨日の出来事を説明し、自分を助けてくれた少年を見かけたことはないかと聞いてきた。ぜひ、お礼がしたいのだと言う。
すぐにピンときた若いサラリーマンは、二つ返事で少年を連れてくると約束をする。
「ウチの大事なお客さんなんだ。オレを助けると思って、会長に会ってくれよ」
タクミは渋々了解する。
「まあいいですけど、これ以上大事にしないでくださいね」
数日後、再会の場所はイベント企画会社の応接室だった。
会長は深い感謝に気持ちを述べると、分厚い封筒を差し出してきた。案の定、中には何十枚ものお札が入っていた。
「これは受け取れません。そんなつもりで助けた訳じゃないですし、受け取ってしまったら、せっかく人助けをしてイイ気持ちなのが台無しです」
実際の所、タクミにお金に対する執着は無かった。この世界でいくら稼いでも向こう世界には持って行かないし、持って行ったところで価値は無い。
しかし、会長はいたく感心した。
「そうか、君の男気はわかった。いや、若いのに大したものだ。しかし、進学を控えて金は無いより有った方がいいだろう。どうかね、我が社の新商品であるフィットネス用サプリの宣伝を手伝ってくれないか? そしてこれは、その給金として支払いたい」
それならばとタクミは了解する。
☆
冬休みに入ってすぐの頃、タクミは母親と連れだって都内の指定された場所に出向く。タクミとしてはヒデヨと行きたかったが、バスケットの試合直後のヒデヨは、全身の筋肉痛で動くことができなかったのだ。反して母親は、サプリの試供品が沢山もらえるのではないかとウキウキだ。
そこは、まさに倉庫のような建物だった。何の疑いもなく中へ入ると、外からは想像できないほど大勢の人が走り回っている。
呆然としていると、例のイベント企画会社の若いサラリーマンとセンスの良い派手さの女性がやってきた。母親は若いサラリーマンに連れて行かれ、タクミは女性に別室へと促される。
そこでタクミは生まれて始めてのメイクを経験し、よさこい祭りの衣装のような変わった服を着せられる。着替えが終わって廊下へ出ると、顔を上気させた母親がやってきた。
「ちょっと、コマーシャルの撮影なら先に言ってよ。良く分からないけど、保護者欄にサインしといたから。最後まで責任持って頑張るのよ」
「えっ……?」
実はタクミは、若いサラリーマンから送られてくるEメールの添付ファイルを、キチンと見た事がなかった。試供品の配布係位にしか思っていなかったからだ。
スタジオに入ると、何枚も写真を撮られた。そして、今度売り出される商品なのだろう、細いステックに入った粉末を何回も飲まされ、その様子をビデオカメラに録画される。レモン味で、中々美味しかった。
そして、スタジオ内が暗くなると、中央だけに照明が当たり、そこに丸太が立てられる。タクミには、木製の模擬ナイフが二本渡された。
「丸太もコレもカラカラに乾燥させてあるから。Eメールに一応コンテを添付しててたけど、体調もあるだろうし、無理はしなくていいよ。最悪CGもあるんで」
そう言うサラリーマンの顔が一番緊張していた。
皆が何を期待しているのか、タクミは察した。ラスターカリの技で丸太へ模擬ナイフを打ち込み、炎が上がるか、それに近い状態になる映像を撮りたいのだ。
気が付くと、会長の顔がスタジオの片隅にあった。憧れのプロ野球選手を見る子供のような眼でタクミを見ている。
タクミは、プロ野球の人気選手のような気分になり、会長に手を振った。
スタジオ内では、三台のハイスピードカメラが、丸太とヒデヨを狙っている。
ディレクターが叫んだ。
「カメラ、回してください!」
三人のカメラマンが同時に応えた。
「カメラ、回りました!」
ディレクターが右手を上げる。
「レディ……」
タクミが身構える。
そして右手が落とされる。
「アクション!」
丸太を打っている間、タクミの頭の中は真っ白だった。
時間の経過を忘れた頃、その声に我に返る。
「タクミ君、やめ! ゆっくりコッチのカメラ向いて……そう、胸の前で模擬ナイフをクロスして」
タクミは言われたままに動く。模擬ナイフの刃の部分は、今にも燃え上がらんばかりに赤く輝いている。
丸太からは煙が立ち上り、表面は黒く焦げ、幾筋もの線が赤く輝いていた。
――まだ? このまま立ち続けるの?
そう思い出した頃、ようやくOKの声がかかる。
ディレクターと会長、そしてイベント企画会社のサラリーマンと母親が、興奮した顔でタクミに近付いてきた。
拍手がスタジオ内に響き渡った。
このCMの放映が開始されるのは、年が明けて二月からのことである。
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