第22話 超人への道
次の日の午前中、タクミとヒデヨは心電図の再検査を行い、医師の診察の後、退院となった。
迎えに来るという親を断り、二人で街を歩く。街路樹が色づき始めていた。
見飽きていた筈の街並みが、とても新鮮に感じる。二人は、今まではただ通り過ぎていただけで、景色など何も見ていなかったことに気付いた。
昼食にハンバーガーショップに入り、フライドポテトとドリンク付きのセットを頼む。コーラを一口飲み、二人は炭酸の刺激に仰け反った。
「プハァ! 炭酸飲料って、こんなに美味かったっけ?」
「クゥー……あちらではぬるい水か熱いお茶しかなかったですからな」
「ワインはあったけどね」
「妻に飲ませてあげたいものですな。自分ばかりでは気が引けるでござるよ……」
「そうだね。このフライドポテトも食べさせてあげたい。煮たり、焼いたりしたイモも美味しいけど、油で揚げたイモというのは、また別格だよ」
「まさに。フライドポテトは、人類の最も優れた発明の一つでござる」
「ハハハ、そんな大ゲサな」
ハンバーガーを堪能した二人は、次にバスへと乗り込んだ。一番後ろの席に座り、少し高い所から街を見下ろす。
色々な乗り物が走り、多くの人々が行き交っている。信号も看板も当たり前のように昼間から光り、店頭には商品が山のように積まれている。
この恵まれた世界に生まれてきたことの幸運に気付かないとしたら、それはこの上なく不幸なことだと、今の二人は断言できた。
「では、また後ほど」
そう言って、ヒデヨが先にバスから降りる。
「うん、じゃあ公園で」
二人には試したいことがあったので、一度帰宅した後、再び待ち合わせることにした。
☆
「ただいま!」
タクミが玄関を開けると、懐かしい自宅の匂いがする。
母親が飛んできた。
「お帰り。どう? 身体は?」
「この通り。先生も全く健康体だって。ハイこれ、入院費のオツリ」
「取っといていいわよ。無事に帰ってきてくれたから、臨時のおこずかい」
「マジ? やったあ」
「でも……」
「ん?」
「本当にタクミよね?」
「えっ? ボクがボクじゃなかったら、ボクは誰なのさ?」
母親は首を傾げた。
「そうよねえ……でも、昨日一晩で随分雰囲気が変わったわ。何というか、堂々としている」
母親というのは大したものだとタクミは思う。異世界での二ヶ月を、敏感に感じ取ったのだろう。
「そうかなぁ。やっぱりアレだよ、カミナリとかで経験値がレベルアップしたんだ」
「この子ったら、何でもゲームに結び付けて」
母親は笑い、それ以上は何も聞かれなかった。
☆
Tシャツとトレーニングパンツ姿になると、タクミは公園までの道を走った。
数キロ程の距離なのに、少し走っただけで息が上がる。自分の体力の無さを痛感する。
公園に到着してストレッチしていると、ヒデヨもやって来た。
「お待たせでござる」
「ボクも今来たとこだよ」
T町公園は、六〇年前に遊園地として開設された跡地だ。こんなビル街のど真ん中に、ジェットコースターやゴーカートが走っていたと思うと妙な感じがする。現在はそれらは全て撤去され、代わりに樹木が植えられて緑豊かな公園となっている。
特徴としては、一画がチンニング鉄棒やディップス台といったトレーニング遊具のエリアになっていることだ。二人はカリの練習を毎回ここでやっていた。
向かい合って立つと、手刀をナイフに見立てた攻防の反復練習を始める。相手の右手刀の攻撃を左手で捌き、すぐに右手刀で反撃する。すると相手はそれを左手で捌き、右手刀で攻撃してくる……それを交互に、徐々にスピードアップしながらおこなう。
スピードの上昇はとどまる事を知らず、手の動きが肉眼では捕らえられなくなった頃、二人は悲鳴を上げた。
「ヒデヨ君、もう無理だ!」
「拙者もでござる!」
筋肉と関節が今にも壊れんばかりに軋む。しかし、あまりにも高速になり過ぎて、止めるタイミングがわからない。
「イッセノセ、で止めるでござるよ」
「了解」
二人は叫んだ。
「イッセノ、セ!」
大きな破裂音がして、二人は同時に尻餅をついた。
「……テテ……ああ、ビックリした」
「イヤ、想像以上でござった……」
☆
その様子を、近くのベンチから若いサラリーマンが見ていた。くわえタバコにスマホ片手で仕事をサボっていると、貧弱な体格の高校生が二人、何やらカンフーごっこの様なことを始めた。
最初は何の関心も無く眺めていた。チョップを受けて、チョップで返す、ということを繰り返している。初心者用の基礎訓練かなと思っていると、手のスピードがアップしていき、やがて眼には見えないがヒュンヒュンと風を切る音が聞こえる状態にまでなった。
サラリーマンは口からタバコをポトリと落とし、反射的に録画しようとスマホを持ち直す。だがその瞬間、パンという大きな音と共に二人の高校生は弾け飛んだ。
サラリーマンは思わず駆け寄る。
「オイ! 大丈夫か……」
二人の高校生は照れ臭そうに立ち上がった。どちらも小柄でオタクっぽい。今見た動きとのギャップに言葉が詰まる。
「ええ、大丈夫です」
「ご迷惑をおかけした」
オタクっぽい礼儀正しさだ。
「そりゃ良かった。ところで今のは何だ?」
オタクの一人が答えた。
「カリというフィリピンの武術です」
「カリ……うん、聞いたことある。スゴイね、オレも習ってみたいな。どこでやってるの?」
「ボク達はDVDを観て勉強しました。まだ販売されてると思いますよ。確か商品名は……」
「いや、やっぱりいいや。独学するほどの情熱は無いし。それよりさ、今の動き、もう一回やってくれない? 顔は写さないから録画させてよ」
高校生はお互いの顔を見合わせると、もう一人が答えた。
「我々は未熟ゆえ、先ほどの稽古で肉体の限界を越えてしまいました。もう一度行うのは難しいかと」
「そうなの? まあ、人間技じゃなかったもんね。また今度会ったらよろしく頼むよ」
サラリーマンは仕事に戻っていった。
――あの高校生、何かに使えないかな……。
イベント企画会社の社員だったので、そんな事を考えながら。
☆
ヒデヨの予想は当たっていた。
向こうの世界にこの世界の記憶を持持ち込めたように、この世界に向こうの世界の神経回路を持ち帰っている。
心拍数が上がり、βエンドルフィンが分泌されて、いわゆるゾーンに到達すると発動する超人的な能力。火事場のバカ力ともいわれ、野球選手などでは投げたボールが止まって見えるとさえいわれる。
ヒデヨとタクミは、何の手順も必要なく、僅かな心拍数の上昇だけでゾーンに入れる神経回路を手にしたのだ。しかし悲しいかな、それに耐えうるだけの筋肉と骨格は持ち合わせていない。
「恐らくでござるが……」
ヒデオはサラリーマンが去った後のベンチに座って言った。
「この世界で神経回路を更に磨けば、向こうの世界に戻った時に勇者としての能力は更にアップする筈」
「そりゃスゴいや」
タクミは、一〇〇メートルを全力疾走した後のような疲労感を感じながら答えた。
「だけど、この身体じゃ磨きようがないよ」
「確かに今は。しかし、人間には超回復という能力がござる。少しずつ負荷を高めた鍛錬を継続すれば、必ずやそれに耐えうる肉体になる筈でござるよ」
「そうだね……気長にトレーニングすれば、結果もそれに付いてくるものさ」
その後、二人はチンニングやプッシュアップに勤しんだ。次の日の猛烈な筋肉痛など、思いもよらず。
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