第18話 再会

 陽が沈み切ると、辺りは急速に暗く、そして寒くなった。土地勘の無いタクミは、今どちらの方向へ向かっているのかすらわからない。

 そんな中、ザゴが声をあげた。

「あれ? ヒトがいる。ほらアソコ、勇者様と戦士の集落の入口ですよ」

 遠くに小さな炎が見えた。誰かが松明を持って立っているようだ。

 近付いて行くと、額に大きなキズのある小柄な男だった。

 人相は物騒だが、眼差しは優しく暖かい。

 タクミは、本能でその男の正体を感じ取った。そして、カランビットナイフを取り出して突き出す。

 前世で校舎の屋上から飛び降りた時、異世界に行ってもお互いとわかるようにと握りしめていたナイフだ。

 男の眼に涙が浮かぶ。そして、タクミと同じナイフを突き出した。

「ヒデヨ君……」

「おお……やはり、タクミ殿でござったか」

 そして二人は、前世でよくやったように、肘を曲げて腕をクロスさせる。

 話したいことが沢山あるのに、言葉が出てこない。二人はそのままの体勢で、しばらく見つめ合っていた。

「……あの、勇者様がた。感動の再会の場面で申し訳ないですが、オレはこれで……」

 ザゴがおずおずと切り出す。

 二人は我に返って腕をほどいた。タクミはザゴの右手を両手で握り締める。

「ザゴさん、今日は本当にありがとうございました。また、日を改めてお礼に伺いますので」

「ザゴ殿、拙者からも感謝を述べますぞ」

 勇者二人から頭を下げられて、ザゴも悪い気はしない。

「いや、村民として、当然のことをしただけっス。じゃ」

 ザゴは今来た道を戻って行く。空腹だったので、夕食は何かなと考えた。

 そして、こんなことも考えた。

 ――しかし、東西の勇者は犬猿の仲って聞いてたが、ありゃ何だったのかな?


 ザゴを見送ると、ヒデヨはタクミに言った。

「タクミ殿。戦士の方の伝令で、事情は聞いているでござるよ。奥方が一大事とか。積もる話は後にして、まずは診療所へいざ行かん」

 ヒデヨは松明を前にして歩き出す。

「ありがとう。ヒデヨ君は、異世界に来ても頼りになるよ」

「いやいや、拙者もようやくこの世界に慣れてきたところでござるよ。それよりも、タクミ殿こそ来たばかりの世界でこんな大冒険をして、大したもの」

「うん。バスも電車も無い旅が、こんなに大変だとはね。ところでヒデヨ君、奥さんは」

 ヒデヨの顔がニヤケる。

「それが拙者もいたでござるよ。前世の拙者では完全に不釣り合いな、美しく気立ての良い女性でござる」

「それはおめでとう。だけど不思議なものだね。童貞だったボク達に、いきなり奥さんがいるなんて」

「それどころか、拙者なんて目覚めたら子持ちだったでござるよ。前世では童貞でござったのに」

「子供? ヒデヨ君に?」

 タクミとヒデヨは、声を上げて笑った。

「しかし、奥方は心配でござるな」

「そうなんだ。途中でオークに誘拐されて……助け出したけど、その時のケガが膿んで熱も高くて」

「オークでござるか……どの世界も弱肉強食が原理原則でござろうが、どうもオークはこの世界のバランスを崩しているような気がするでござる」

「そうだね。ボク達がこの世界に来る切っ掛けになったと思われるオークの大襲撃。アレ、もし勇者がいなかったら、ヒトはマジで全滅していたかもしれないって」

「それは拙者も聞いたでござるよ。ラノベやアニメのようなドラマチックなものではござらんが、やはり我々はこの世界を守るために召喚されたのでござろうなあ」

「ボクもそう思うよ。まあ、魔法どころか、ボクらの武器はこのナイフ一本だけだけどね」

 途中で松明は消えたが、その頃には月が村を照らしていた。

 静まり返った市場を抜けた所に診療所はあった。

 ヒデヨは、石の階段を四、五段上がった所にあるドアをノックする。すると、中から白いエプロンをした上品そうな中年女性が出てきた。

「これは勇者様、暗い中ご苦労様です」

「遅くまでお疲れ様でござる、スプン殿。こちらは西の勇者殿。この御仁の奥方の件でお伺いしたでござる」

 タクミは女性に頭を下げる。

「この度は妻がお世話になり、ありがとうございます」

「遠くからご苦労様でございます。どうぞこちらへ。奥様は今、先生が診察中でございます」

 ローソクが数メートル置きに規則正しく並んでいる廊下を三人は進んだ。そして、ある部屋の前のイスにケンギョとショクジョが座っていた。

「ケンギョさん、ショクジョさん」

 タクミが声をかけると二人は立ち上がる。

「東の勇者さんが送ってくれたんです。ヒデヨ君、こちらはケンギョさんとショクジョさん。ここまで一緒に旅をした仲間です」

 紹介された二人は頭を下げる。ケンギョもショクジョも、東の勇者を見るのは始めてだった。

 ――勇者様というのは、顔面キズだらけのお方ばかりなんだ。

 ショクジョは思った。

「おお、美男美女のカップルでござるな。うらやましい。で、お二人はご夫婦かな?」

 ヒデヨの質問に二人が困っているので、タクミが口を挟む。

「ヒデヨ君、二人は夫婦みたいなものだけど、ショクジョさんは美女じゃあないんだ。男の娘なんだよ」

「な、なんと! それは誠でござるか!」

 ヒデヨが突然大きな声を出すので、二人は怒られるのかと身を小さくする。

「それは尊い。尊いでござるよ、タクミ殿」

 ところが、東の勇者もタクミと同じような反応だったので安心する。

「そうなんだよ。尊いんだ」

「いつまでも見守りたいですな」

「まったく」

「でもまあ、お二人がカップルで良かったですぞ。部屋を一つしか準備しなかったもので。この診療所近くの旅人向けの宿でござる。食事も準備させているので、今日はそちらでお休みくだされ」

 スプンおばさんがケンギョとショクジョに声をかけた。

「お二人とも、お疲れでございましょう。後のことは勇者様方に任せて、わたくしが宿までご案内致します」

 タクミも二人に声をかける。

「ケンギョさん、ショクジョさん、今日は本当にありがとうございました。ゆっくり休んでください」

 するとショクジョが言った。

「あの、勇者様……一つだけ。タクミ殿とヒデヨ君って?」

「あ……ああ、ほら二人とも勇者だし、お互いを呼びにくいでしょ。ニックネームみたいなものかな。ショクジョさんも、これからはそう呼んでくださいね」


 三人が去ったのとほぼ同時に、診察室から白いエプロンをした男女が出てきた。威厳のある中年男性と、少女のように小柄な可愛い女性だ。

 タクミは中年男性の前に立ち、深々と頭を下げた。

「先生、こんな遅くまで申し訳ございません。妻を診察してくださり、誠にありがとうございます」

 ヒデヨが慌ててタクミに耳打ちする。

「タクミ殿、先生は隣の女性でござるよ」

「えっ? アッ、すみません! 大変失礼しました」

 女性は微笑んだ。

「クスッ、別にいいんですよ。気になさらないでください。始めての患者さんは、まず全員勇者様と同じ反応をなさいます。弟が老けているのか、私が若く見えるのか、どちらなんでしょうね」

 ――どっちもですよ。

 タクミは思う。

「恐縮です。それで、妻の容態は……」

 女医は真顔になる。

「良くありません。キズは緑毒で化膿していますし、熱も高い」

 ヒデヨが厳しい表情になった。

「緑毒? それって、キズ口から緑色の膿が出るヤツでござるか?」

「ええ、そうです」

「緑膿菌でござるな……」

 深刻な表情のヒデヨに対し、タクミは安堵の表情を見せた。

「なんだ、緑膿菌か……先生、妻に会えますか?」

「ええ。でも、今眠っていらっしゃいますので、お静かにお願いします」

 タクミとヒデヨは診察室の中へ入った。中央にある診察用の狭いベットの上にニベヤは寝ていた。足の包帯が真新しい物に変わっている。

 タクミはニベヤに近付くと、額のソッとキスをした。額は相変わらず熱かった。

「美しい奥さんでありますな」

 ヒデヨがしみじみと言う。

「うん、ボクにはもったいないヒトだよ。もう彼女無しじゃ生きて行けない」

 タクミが眼に涙を溜めているのを見て、ヒデヨは胸が痛くなった。

「ところでタクミ殿、緑膿菌と知ってホッとした表情でしたが、どうしてですかな?」

「緑膿菌でしょ? だってホラ、前世で人気があった細胞を擬人化したマンガ、覚えてる? アレじゃ緑膿菌ってザコキャラだったじゃない。アッと言う間に白血球に退治される」

「なるほど、確かにあのマンガではそうでしたな。では、脳外科の医者が幕末にタイムスリップする、少し古いドラマはご存じですかな」

「題名は聞いたことあるけど、観たことはないかな」

「母上と姉上がそのドラマのファンでしてな、拙者も録画を半強制的に見せられたでござるよ。いや、中々の名作でござった」

「へえ、そうなんだ。で、そのドラマが何なの?」

「クライマックスで、ヒロインが緑膿菌にかかるのでござるよ。後は死を待つばかりという状態になり、主人公は薬を取りに現代に戻るために崖から飛び降りる……確か、そんな流れだったかと」

「うーん、同じ緑膿菌なのに何でそんなに違いが?」

「擬人化マンガによれば、緑膿菌はそこら辺にウジャウジャいるそうでござる。つまり、健康な人にはザコキャラであっても、体力と免疫が落ちた人にとっては悪魔の菌という訳でござろうな」

「じゃあ、ニベヤさんは……」

「……先ほど、先生は『良くない』と言っておられた。この世界では、あまり先が長くない時に使われる言葉と認識しているでござる」

 タクミは、恥も外聞もなく泣き出した。

「ボクのせいだ……歩くしか手段のないこの世界の旅で、寒いのに野宿させて、オークに襲われても守れなくて……それでもニベヤさんは、こんなになってもグチひとつ言わない……ボクはどれだけ苦労させたのだろう……」

「タクミ殿。今は泣いている場合ではござらん。この世界の医学でできるのは、せいぜい抗菌作用のある薬草を煎じて飲ませることぐらい。このままでは、後数日で奥方は亡くなるのですぞ」

「でも、ボクには何もできないから……」

 しかし、ヒデヨは自信満々に言い切った

「方法はある!」

「エッ?」

 タクミの眼は点になった。

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