第16話 旅の途中

 勇者が連れ去られたニベヤとケンギョを追って行った後、ショクジョは不安な時を過ごした。

 眼の前を小さなバッタが跳ねたかと思うと、大きなカマキリに捕まって食べられた。それを見ていると、ショクジョはたまらなく怖くなった。

 ミミだけが、のん気そうに草を食べていた。

 草原の中に座ってジッとしていると、高齢のミノタウロスが一匹やって来て、ショクジョとミミの頭を撫でた。そして、ショクジョ達を眺めながら草を食べていたが、やがて満腹になったのか、立ち上がって去って行った。

 ミノタウロスからすれば、自分もミミも小犬や猫のような小動物に見えるのだろうとショクジョは思った。

 陽が沈んだ後は、ミミにしがみつくようにして寝た。一人になってからは何も食べていなかったが、空腹を感じる余裕もなく、ただ気持ちの疲れから眠りに落ちた。

 次の朝、いくら何でももう戻ってくるだろうと思い、ショクジョは朝食の準備を始める。

 枯れ草や枯れ木を集めて火をつけ、石でかまどを組んでお湯を沸かす。豆と芋、そして道の途中で摘んだ山菜を煮る。

 スープが食べ頃になった頃、遠くに三人の姿が見えたので、ショクジョは跳びながら大きく手を振って合図した。



 それから三日間、旅は順調だった。右手に草原、左手に荒野の代わり映えのない風景が続く。

 ミノタウロスには時々遭遇したが、オークとの遭遇は一度きり、それも母親と子供たちだった。食料を探しているのだろう、地面を掘っている。

 好奇心旺盛なオークの子供たちは、警戒もせずにタクミたちの後を笑い転げながら追いかけて来た。十匹ほどの小さな子オークがワラワラと駆ける姿は何とも愛らしい。

 親オークは小さく悲鳴を上げ、子供たちを呼び戻そうとするが、言うことを聞かない。

 いくらメスでオスより一回り小さいといっても、この母親も一〇〇キロは優に超えている。あんなのが体当たりしてきたら大変と、ケンギョは子オークに一つずつ芋を与えた。

 芋をもらった子オークは、嬉しそうに母親のもとへ戻って行く。

「これはお母さんの分だよ」

 最後の子オークに二つ渡してケンギョがこう言うと、言葉が理解できるのだろう、母親のもとへ戻ると一つを手渡した。

 母親は頭をペコリと一度下げると、子供たちを連れて、タクミ達が進む方向とは逆に歩いて行った。

 その様子を見て、努力すればヒトとオークも分かり合えるのではないかとタクミは思った。

「オークには夫婦の概念がありません。強いオスがメスを独占して種を付けて回るんです。子育てはメスだけが行います」

 ケンギョの説明を、タクミは興味深く聞く。

「だから、弱いオスは先日の盗賊団のように徒党を組みます。メスを抱けないので、より弱いヒトの女をさらって犯したりもする。もし、勇者様や戦士の方々がいなかったらどうなるか、考えただけでもゾッとしますよ」

 タクミの心に、一つの疑問が浮かんだ。

「ボクが言うのも変ですが、ケンギョさんはなぜ勇者という存在があると思いますか? 戦士は職業でも、勇者は単純に職業とは呼べない気がする。この身体能力は……まさにチートですから」

「チート?」

「えーっと、桁違いに凄いってことです」

「なるほど。オレ個人の考えですけど、ヒトが滅ばないように、神が力を授けてくれたのではないでしょうか」

「神様かぁ」

「ええ。アリでも、女王が死ぬと、それまで一粒も卵を産んでいなかった働きアリが急に卵を産み始めます。種が滅ばないよう、神の見えない力が加わるんです」

「それと同じだと……」

 ケンギョはうなずく。

「生まれた時は、女王アリも兵隊アリも働きアリも、全く同じです。それが成長するにつれて役割が分かれてくる。アリに自分で職業を選ぶ賢さなんて持ち合わせていないでしょうから……」

「この世界の循環を保つために必要な秩序は神が制御している、と」

「……勇者様は、時々やたら難しい言葉を使いますね。でもまあ、オレの言いたいのはそんなことだと思います」

「じゃあ、もしボクが今死んだら、他の誰か……例えばケンギョさんがいきなり勇者になったりするんですか?」

「いやいや、さすがにそれは無理ですよ。ヒトの場合はアリと違って血筋が必要だと思います」

「でも、多分ボクらに子供は……」

 タクミはニベヤを気にして小声で言ったが、ニベヤは荷馬車の後でショクジョにあやとりを教えている。以前、タクミがニベヤに教えたものだ。

 ケンギョもニベヤを気にして小声で答えた。

「その時は、これから生まれてくる誰かの子供が、その能力を継ぐと思いますよ。実際、そういった言い伝えはありますから。それこそ、神の見えない力が加わるでしょう」

 ケンギョの意見はもちろん憶測の域を出るものではなかったが、タクミが納得するには十分なものだった。

「神の見えざる手、か。やはり、そういった人智を超えた存在があるんでしょうね。だけど、血筋を継ぐ子が女の子ということも有り得るし、やっと男の子が生まれても成長には時間がかかる。その時はどうなるんでしょう?」

「そりゃあ、前の代の勇者様が、次の勇者様が成長するまで頑張るしかないですよ」

「頑張ったけど、戦いで死んじゃったら?」

「なんか今日の勇者様、ツッコミが厳しいですね。そうだな、オレが神様でもし異世界なんてのがあったら、そこから死んでホヤホヤの魂を持ってきて勇者様を生き返らせるかな」

 タクミが急に立ち止まった。

 ケンギョが驚いて声をかける。

「勇者様、どうかしました?」

 タクミは独りでうなずいていた。

「そうか……そういうことか……」

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