第14話 三匹のオーク

 意外と知られていないが、実はブタは走るのが早い。時速四〇キロも出るが、これは一〇〇メートルなら九秒で走り抜けることになる。

 しかし、オークへの進化の過程で二足歩行となり、知能と引き替えにそのスピードを失うことになった。今では二〇〇キロを越える体重を二本足で支えるため、走ること、特に長距離走は苦手である。

 タクミが足跡を追ってニベヤとケンギョを追跡していると、途中から歩幅が狭くなったことに気付いた。疲れて歩きだしたのだろう。

 これなら間もなく追い付く考えたタクミは、前世のテレビで忍者がやっていたように地面に耳をつけた。ドスドスという重たい足音が伝わってくる。

 ――オークだって、自分たちの足が遅いのはわかっている筈だ。罠を張っている可能性があるし、人質を盾にとる可能性もある。直線的に追いかけるのはヤメて、変化球で勝負だ。

 タクミは足跡からそれ、岩山に向かって走りだした。

 オークが岩の上で生活しているとは考えにくい。麓の湿地帯をネグラにしている筈だ。タクミは、岩山側からアジトに潜入する作戦をシュミレーションする。

 ――ヤツらの知能を侮ってはいけない。今回の連れ去りだって、ずっと前から隠れて様子をうかがっていた筈だ。そして、ボクの僅かなスキをついて奇襲に出た。

 タクミは走る速度を上げた。

 ――絶対に許さない! 二人にヒドいことをしたことを、タップリ後悔させてやる!


 三匹のオークは、膝まで水のある広い湿地帯を渡りきると、後を振り返った。

「追って来ねえな」

 黒い短パンのオークが言った

「諦めたんだろ。勇者かと思って警戒したが、ただのチビだったのさ」

 青い短パンのオークが答えた。

「勇者だってこの湿地は渡れないさ。いたる所に深みがあるからな。ここを渡りきれるのはオレ達だけさ、へへへ」

 緑の短パンのオークは自慢げに笑った。

 少し高台を登ると、屋根だけの粗末な小屋があった。太い丸太を切っただけのテーブルの上に、黒短パンがオオカミの肉をドサリと置いた。

「いい匂いだ。薫製だぜ。アイツら、チッコくてロクに食えねえくせ、美味いもの作るのだけは天才だな」

 青短パンが、抱えていたケンギョを地面に落とした。黒短パンがそれをなじる。

「おい、あんまり雑に扱って殺すなよ。ヒトは生きたまま食うのが一番美味いんだ。死んで硬直が始まると味が落ちるからな」

「気を失ってるだけさ。見てみろ、ヒトにしちゃあ良い体格してるだろ」

 緑短パンは、ニベヤをそっと置く。

「こっちは良い状態だぞ。抵抗した時のキズが少し足にあるだけだ。これほどの器量は初めて見た。三日ぐらい犯し尽くしたら、ヒト買いに売ろう。高く売れるぜ、ヒヒヒ」

 緑短パンが卑猥なことを考えているのは間違い。股間がみるみる膨らむ。

 オークのオスは、ヒトの女を好んで犯した。それがヒトがオークを憎む原因の一つとなっている。

 逆に、オークの祖先はブタであり、ブタはヒトがイノシシを食用に品種改良したものだ。オークへの進化によってヒトの支配から解放された今も、その恨みは遺伝子レベルに刻み込まれていた。

「さあ、まずは腹ごしらえだ。オレは酒を持ってくる。オマエたちは、ソイツらが気を取り戻しても逃げられないよう、縄で縛っておけ」

 黒短パンが命じたが、青短パンと緑短パンに異論がある筈もない。二匹は嬉しそうにニベヤとケンギョの腕と足を縛った。


 意識は戻ったが、ケンギョはしばらく自分がどこにいるのか分からなかった。

 大声で騒ぐ方を見ると、炎の灯りの中に三匹のオークが酒を飲んでいる姿があった。テーブルの上に直に置かれた大きな肉の塊を、切り分けることもなく三方から直接食らいついている。

 ケンギョは、勇者が用を足しに向かった直後に、近くの岩の陰からオークが飛び出して来たのを思い出した。そして、アッという間もなく体当たりを食らい、その後の記憶が無い。

 身体を起こそうとしたが動かなかった。見ると、腕と足がしっかりと縛られている。

「ケンギョさん、大丈夫ですか?」

 横を見ると、先に意識を取り戻していたニベヤが、同じ様に縛られながらも上半身を起こしていた。

「ニベヤ様……ここは?」

「あの盗賊のアジトのようです」

 ケンギョは絶望的な気持ちになる。オークに捕まったヒトがどんな目に会うか、知らない者はいない。

 男は生きたまま食われ、女は死ぬまで犯され続ける。せめて苦しまずに絶命したいとケンギョは願った。

 しかし、ニベヤの眼は輝きを失っていなかった。

「最後まで諦めてはいけません。勇者様が必ず助けに来てくださいますから」

 その口調は確固たるもので、勇者の救出を微塵も疑っていない様子だった。ケンギョも、最後の瞬間まで勇者を信じようと心に決める。

 やがて、あれほどあったオオカミの肉の塊は、きれいにオーク達の胃袋へと収まった。

「さて、そろそろお待ちかね、ヒトの生肉といくか」

 黒短パンはユダレを垂らしながら言うが、緑短パンは決心がつかないようだ。

「今日、食っちまうのか? オオカミ食って、続けてヒトも食うなんざ、贅沢過ぎるだろ」

 青短パンが下品に大笑いする。

「ヒャヒャヒャ、バカぬかすな。オークが今日食えるものを今日食わずにどうするよ。てかオマエ、早くそのメスを犯りたいだけだろ」

 黒短パンも大笑いした。

「ガハハ、心配するなって。オマエに最初に犯らせてやるからよ。ヒトは一晩置くと、恐怖で自分の舌噛み切って死んじまうヤツが多いからな。次の朝にはコチコチになって不味くなる。な、今のうちに食っちまおうぜ」

 緑短パンも納得したようだ。

「そうだな。食い物を次の日に持ち越すなんざ、オークのやることじゃないよな。じゃあ、メスを最初に犯らせてもらえるなら、オスの足はオマエらに譲るよ。オレは腕でいいや」

 ほとんどオークが、ヒトの身体では大腿四頭筋の部分を最も好む。ニベヤもケンギョも、オークに譲り合いの心があることを初めて知ったが、穏やかではいられない。ことは絶対絶命だった。

「さて、手足を千切るか」

 黒短パンの声で三匹が立ち上がった。

 それを見て、ケンギョが叫ぶ。

「オマエら! 勇者様がこっちに向かっているからな。オレ達に指一本でも触れたら、命はないぞ!」

 青短パンが、シャベルの様に上を向いた鼻を掻きながらうなずいた。

「いいねえ。イキがいい。こりゃ美味いぞ」

 緑短パンがケンギョに話しかける。

「やっぱり、あのチビは勇者だったんだ。だけど残念だな。あの沼は、いくら勇者でも渡れないさ。今ごろ、ドロの下で冷たくなってるよ」

 黒短パンは、口から流れ出るユダレを拭おうともしない。

「オレはもうガマンできん。さっさと食おうぜ!」

 そう言って一歩踏み出すと、黒短パンは派手に転倒した。それを見た青短パンと緑短パンが腹を抱えて笑う。

「オイオイ、飲み過ぎか? しっかりしろよ」

 起こそうと青短パンが手を伸ばし、黒短パンはその手に掴まるが、立ち上がることができない。

 黒短パンは首を傾げる。

「アレ? 足に力が入んねえぞ」

 緑短パンが、黒短パンの足もとを見て言った。

「下見てみろよ。水溜まりができてる。オマエ、漏らしただろ」

 それにしても黒い水だな、と緑短パンは思った。炎の灯りでは、それは真っ黒に見える。

 しかし、触ってみてわかった。指についたそれは、水ではなく血だった。

 緑短パンは叫ぶ。

「オイ! これは水じゃねえぞ。オマエの血だよ! ホラ、踵のところ、パックリ割れてる!」

 そう叫びながら、緑短パンも大木が倒れるように黒短パンの上に倒れ込んだ。

「何でだ? オレも足に力が入らない」

 緑短パンは、黒短パンの上でジタバタともがいている。

 ことの危機的状況に気付いた青短パンは、腰を低く落として身構えた。

「二人とも動くな! 血が出過ぎて死んじまうぞ。その踵のケガは刃物に切られたもんだ。誰かが近くにいやがる……」

 ニベヤとケンギョは直感した。

 ――勇者様が助けに来てくれた!

 ケンギョは急に勢い付いた。

「だから言っただろ。オレたち触ったら命はないぞって」

 青短パンはすでにビビッている。

「いや、まだ触ってねえから。勇者、いるんだろ。な、話をしよう。悪い話じゃないからさ」

「勇者様はオマエらを許さない。知ってるだろ? 前の大襲撃で、勇者様は一人で一〇〇匹のオークを殺した。オマエら三匹なんて瞬殺だな。あ、二匹はもう死んだも同然か。ハハハ」

 黒短パンと緑短パンは、死んだフリを決め込んでいた。

 青短パンは泣き声になった。

「頼むよ、勇者の仲間なんだろ。オレ達に悪気は無かった。腹が減ってたんだ。頼むから出てくるように言ってくれよ」

「何が悪気は無いだ。オレを食って、ニベヤ様を犯しまくるって言ってたじゃないか」

「いや、だから誤解なんだって」

「勇者様、こう言ってますが、どうしますか?」

 炎の向こうで誰かが立ち上がった。その表情はまさに怒れる魔王のようで、顔面に入った大きな斜めのキズのせいで恐ろしさを増していた。

 それを見た青短パンは尻餅をつき、そのまま失禁してしまった。

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