第13話 異世界トイレ事情

 順調な旅がしばらく続いたが、タクミには一つだけ問題があった。

 便秘である。

 羞恥心には地域性や民族性がある。かつて日本にあった混浴の文化に欧米人は驚いた。その日本人は、異性と抱き合いキスをして挨拶する欧米人に眼を丸くした。

 そしてタクミは、かつて個室の概念がない中国式のトイレに驚愕した。日本も男性の小用に個室はないが、それが大も同じとなると……。実のところ、タクミは和式のトイレでも無理だった。洋式かつウォシュレット完備であること、それがタクミが用を足せる前世での絶対条件だったのだ。

 ところが、この世界はどうか。

「ちょっと、お花を摘みに」

 ショクジョは一言告げると、ハンドスコップを持って牧草地に入って行く。そして草の高い所で穴を掘ると、その上にしゃがみこんだ。下半身は辛うじて草で隠れているが、上半身は当然丸見えである。

 そしてそれを、ニベヤもケンギョも気にする様子もない。この世界で旅をするとは、こういうことなのだ。気にしていては生きていけない。それはタクミも頭では分かっているのだが……。

 眼の前の草むらで用を足している超絶カワイイ男の娘がいる風景に、タクミは前世でスカトロ物のアダルトサイトを見つけた時のような背徳感をおぼえた。

 用を終えたのだろう、ショクジョが草をチギって丸めている。この世界に、当然ながらトイレットペーパーは存在しない。

 最後にショクジョは穴を塞いで戻ってきた。当然、貴重な水を食事前以外に手洗いに使うなど、許される筈もない。

「じゃあ、ついでに私も」

 入れ違いにニベヤがスコップを受け取って草むらに入っていく。

 遠くに成人したオスのミノタウロスが現れたが、ニベヤは動じないでズンズン歩いて行く。この頃になると、ミノタウロスがヒトには無害であることに何の違和感も感じなくなっていた。

 ミノタウロスも、牧草地で用を足すニベヤをボンヤリと見ながら草をはんでいる。縄張りに入ったことを怒るわけでもなく、肥料を撒いてくれているくらいにしか思っていないのだろう。

 ショクジョがタクミに言った。

「勇者様は大丈夫ですか? ずいぶんお腹が出てきましたが、旅に出てまだ一度も出ていないですよね?」

 タクミはうなりながら答えた。

「うーん、もう少しプライバシーが確保できればスッキリ出せると思うんだけど」

 ショクジョは不思議そうな顔をして首を傾げた。



 それから二日後、タクミは素晴らしいものを目の当たりにする。

 オークのエリアにはなるが、巨大な岩がいくつも地面に突き刺さって重なっている場所だ。青天井だが、前後左右は十分な目隠しになっている。

 それを見た瞬間、それまで何の反応もなかった腹がグルグルと動きだし、タクミは猛烈な便意に襲われた。

「ケンギョさん、ちょっとアソコに行ってきます」

 タクミの形相を見たケンギョは全てを察し、ハンドスコップを渡して言った。

「どうぞ、ごゆっくり」

 全力で駆けて行くタクミを見てショクジョは言った。

「勇者様、大丈夫かな。オークの土地だよ」

 ケンギョは笑いながら答えた。

「ハハハ、勇者様だぞ。クソの最中だろうが何だろうが、敵うヤツなんかいるもんか」

 タクミは岩が立ち並ぶ中心部に行くと、スコップの一刺しで深い穴を掘り、ズボンを脱ぐのももどかしくしゃがみ込んだ。

 肛門が裂けるのではないかと思うほどの勢いで排出される。一度目の波が去ると、二度目の波が来た。それで安心していると三度目の波だ。

 タクミはようやく生きた心地に戻り、丹念に穴へ土を戻す。

 ジンジンする肛門のせいでガニ股で歩きながら岩の間から外へ出ると、そこにはミミと荷馬車があるだけだった。

 事情を飲み込めないタクミは、走ってミミに駆け寄る。何かに怯えており、大きな耳を伏せている。

 タクミは動転して呼んだ。

「ニベヤさーん! ケンギョさーん!」

 すると、牧草地の方から返事があった。

「勇者様!」

 草むらに伏せていたショクジョが顔を出した。

「ジョクジョちゃん!」

 タクミが声をかけると、ショクジョは飛び出してタクミにしがみつく。恐怖で身体が震えていた。

「何があったの?」

「ヤツらが、オークが三匹、突然襲ってきたんです。本当にアッという間でした。ニベヤ様とケンギョを殴り倒して連れて行きました。オオカミの肉も……ボクは逃げるので必死で……草むらに隠れたんです」

 ショクジョの声が震えていた。歯がカチカチと鳴っている。

「どっちへ逃げた?」

「アッチです。岩山の方」

 オークの巨体が、更にヒトを担いでいるのだ。地面にはクッキリと足跡が残っていた。

「心配しないで。ボクが必ず助けるから」

 タクミはミミを荷馬車から離した。

「もう襲ってはこないと思うけど、ショクジョちゃんとミミは牧草地の中にいるんだよ。オークが荷馬車の芋や水を盗みに来ても、勝手に盗らせていいから」

「はい……」

 タクミはカランビットナイフを右手にしっかり握り締めると、オークの足跡を追って走りだした。

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