第11話 オオカミとの死闘

 一行が水場に着いたのは、陽が傾いた頃だった。

 水場という言葉の印象よりずっと広い場所で、多くキャラバンが野営した痕跡がある。石を組み上げた簡単な作りの釜戸が並び、使い残しの薪も積まれていた。

 ケンギョが嬉しそうに薪を手に取る。

「お、薪があるぞ。枯れ枝拾いだけで済むな」

 ショクジョがロバを湧き水の所へ連れて行く。ロバはガブガブと美味しそうに水を飲んだ。

 ニベヤは荷馬車で、今晩の食材を取り分けている。

「ニベヤさん、ボクは何をすれば?」

「勇者様はそうですね、その土鍋に水を汲んで頂けますか」

 タクミが水を入れた土鍋を釜戸の所まで持っていくと、ケンギョが火を起こすところだった。

 前世のスマホ程の金属に、鶏の卵大の石をカチカチと叩きつける。すると火花が飛び、枯れ葉の山の上に乗せていた棉ぼこりのような物に移って煙を上げた。ケンギョはそれに向かって、慎重に息を吹きかける。

 煙はやがて小さな炎となり、枯れ葉を燃やし始める。ケンギョは炎の上から枯れ葉をパラパラと追加し、炎を強くする。

 しばらくすると、枯れ葉の下に積まれてあった割り箸程の細い枯れ枝に火が移る。ケンギョは更に枯れ葉を追加した。

 タクミは唸った。

「うーん、スゴイ! お見事です」

 ケンギョはドヤ顔だ。

「そうでしょう。村でも私より早く火を起こせる者はそういません」

 タクミはライターも着火剤も無しに火を起こせること自体に感心したのだが、ケンギョはその時間の早さが自慢らしい。考えてみればマッチすらないこの世界で、石で火を起こすのは当然のことなのだろう。

 枯れ枝の炎は、その下の薪へと燃え移った。パチパチと音を立て、炎が高くなる。タクミは、炎の上に土鍋を置いた。

「しかし、ここでオークに襲われたら隠れる場所も無いのに、キャラバン隊は大丈夫だったのでしょうか?」

 樹木は茂っているが、ヒトが隠れる程の太さではない。

「この辺りはオオカミが多く生息していて、オークはほとんど近寄らないのです」

「オークはオオカミが苦手?」

「よく知りませんが、おそらく天敵に近いものでしょう。オークに伝わるおとぎ話にこんなのがあるそうです。ある所に三匹の子オークがいました……」

 ショクジョがケンギョの話を聞きたくて、ニコニコしながら近寄ってきた。大きな石の上に腰掛ける。

「一番目の子オークはワラで家を建てましたが、ある日オオカミがやって来てワラの家を叩き壊し、子オークを食べてしまいました。二番目の子オークは木の枝で家を建てましたが、やはりオオカミに叩き壊されて食べられてしまいました」

 タクミは前世の童話『三匹の子豚』を思い出し、その類似性を面白く思った。

「しかし、三番目の子オークはレンガで家を建てたので、オオカミも壊せません。屋根に登って煙突から入ろうとしましたが、下から火を起こされ、焼け死んでしまいます。良い具合に丸焼きになったオオカミは、子オークに美味しく食べられましたとさ」

 タクミは拍手した。

「面白いですね。オオカミ、食べられちゃうんだ」

 ショクジョもつられて拍手する。

「次はオークの女の子の話がいいな」

 ケンギョは煙に顔をシカメながら薪を追加する。

「お婆さんの家を訪ねたらオオカミに食わた後で、女の子まで食われちゃう話だな。後でゆっくりな」

 タクミはピンときた。

「あ、それ、その先の展開わかる。オオカミがお腹一杯になって眠ったところに猟師が通りがかり、腹を切り裂いてお婆さんと女の子を救出するんでしょ」

 前世でも有名なおとぎ話は世界各国に類似した話があった。それは、次元を越えても通用する原則なのかもしれない。

「よくご存じで。猟師かどうかはわかりませんが、大人のオークが来て助け出すのはその通りです。その後、三匹でオオカミを美味しく食べます」

「やっぱり食べるんだ」

「そうですね。オークの昔話は、一度はオオカミに食べられますが、最後は食べ返すという話が多いようです。文明を手に入れる前のヤツらは、オオカミの手頃なエサだったのでしょう」

「そうか、オオカミへの恐怖心は、遺伝子レベルにまで刻み込まれている訳だ。だから最後にオオカミを食べることで溜飲を下げているんだな」

「遺伝子?」

「えっと、世代を越えて受け継がれた根深い記憶ってヤツです」

「ああ、納得です。それだと、ヤツらがあそこまでオオカミを恐れる理由が付きます」

「だけど、ヒトはオオカミに襲われないんですか?」

「襲われますよ。日が暮れたら要注意です。ですが、オオカミは火を怖がるので、釜戸の火を絶やさなければ問題はありません」

 ニベヤが食材を運んできて土鍋に入れた。野菜とジャガイモ、それと何かの肉だ。

 オオカミさえ出なければ楽しいキャンプなのに、とタクミは思った。

 

 火が沈んで暗くなると、虫やカエルの声がして、山は昼間よりむしろ生き物の気配が強くなる。多くの生き物は夜行性なのだとタクミは納得する。

 夕食を終える頃には気温も下がってきた。四人は食器や土鍋を片付けると、釜戸前の板敷きに二人用のシュラフを二つ並べて、それぞれにカップルで潜り込んだ。

 山を越えてきたのだ。みんな疲れていた。ロバは既にイビキをかいて眠っている。

 それなのに、疲れている筈なのに、ケンギョとショクジョのシュラフからヒソヒソ声が聞こえてきた。

「こら、ショクジョ、ダメだって。近くに勇者様たちがいるから」

「お願い、ケンギョ……何だかボク……ガマンできない」

 意外にも、清純そうなショクジョの方が積極的である。

「ヤメなさいって……そんなに刺激しちゃあ……」

「ああ……ケンギョ、いつもより大きい……ステキ」

「ヤバイ、これ以上はヤバイって。おい、上に乗るな」

「大丈夫、もうみんな眠ってるよ。ボク、お尻の穴がヒクヒクしちゃって……入れるね……」

 それからは、声を殺した息づかいだけが続く。

 ニベヤが小声で囁いた。

「勇者様……」

 タクミも小声で囁く。

「たいへんなことになったね」

「やはり、ハブの肉のせいでしょうか」

「ハブ? 二人にハブなんか食べさせたの?」

「ええ、みんな疲れたと思ったので元気が出るようにと。勇者様もですよ」

「あのスープに? でも、ボクのには鶏肉しか入ってなかったよ」

「それがハブです。鶏に似てますが、今回はハブの肉しか入れていませんので」

「知らんかった。妙に小骨っぽいとは思ったけど」

「だから、ホラ。勇者様もこんなに元気で……ああ、何て太い……両手に収まりません」

「ああ、ニベヤさん、絶妙……」

「これではお休みになれませんね。ご心配なさらずに、どうぞニベヤにお任せください」

 ニベヤはタクミのズボンを下げて上に跨がった。そして、下の口でタクミの猛りをゆっくりと飲み込む。

 根本まで腰を下ろした時、ニベヤは息を止め、小刻みに痙攣した。

「ンァァ……申し訳ございません、勇者様。ニベヤは一刺しでイッてしまいました」

 それからも、ニベヤは数回腰を振っただけで、何度も何度も絶頂に達してしまう。

「……申し訳ございません……申し訳ございません……勇者様が、あまりにもたくましいので……」

 ニベヤがフラフラになった頃、ようやくタクミはニベヤの中に熱くタギるモノを放った。ニベヤはシュラフが破れんばかりにエビ反り、タクミの上にひれ伏すと、そのまま眠ってしまった。

 タクミは、自分の身体の上で寝息をたてるニベヤを優しく抱き締めた。



 気を失うように眠ってから、どれくらい経っただろう。

 ニベヤは勇者がシュラフを抜け出す気配に眼が覚めた。

 身体を起こそうとすると、勇者が小声で言った。

「動かないで」

 シュラフの中から覗くと、勇者がナイフを持って構えている。その先には、月の光を受けて幾つもの粒が輝いていた。それがオオカミの眼であることに気付くのに、時間はかからなかった。

 ニベヤは驚いて釜戸を見る。いつの間にか火が消えていた。

 勇者はオオカミの群れを睨みつけるが、オオカミは去ろうとしない。やがて、一番大きな一匹が前に進み出た。群れのボスなのだろう。

 ボスオオカミは体勢を低くし、牙を剥き出した。そして、低く唸りながらジリジリと勇者に近付く。

 ボスは自分の間合いに入った瞬間、勇者に向かって跳躍した。その速さは、弓矢を遥かに凌ぐほどだった。

 ニベヤの眼には、ボスの牙が勇者の喉笛に届いたかのように見えた。しかし、勇者は寸前で仰け反り、逆に勇者の上を飛び越えていくボスの喉笛を下からカランビットナイフで真一文字に切り裂いた。

 ボスは地響きをあげて地面に落下する。胸で大きく呼吸する度に、切り開かれた気道から空気が洩れ、それに合わせて血飛沫が吹き出した。

 勇者が更に睨みつけると、残されたオオカミ達は後退りを始める。その時、ケンギョがシュラフから飛び出してきた。

「勇者様!」

 勇者は群れから眼を逸らさずに言った。

「ケンギョさん。そのオオカミを楽にしてやってください」

 ケンギョは、倒れている大きなオオカミを見て察した。

「わかりました!」

 ナイフを取り出し、オオカミの心臓部分に突き刺す。

 ボスオオカミは一度だけ身体を振るわせると、呼吸を止めた。

 それを見届けた群れの一匹が後方へ走り出す。すると、それを合図に全てのオオカミが逃げ去って行った。

 タクミはホッと息をつく。実際のところ、あの数で一斉に襲われては、いくら勇者の力でも三人全員は守りきれない可能性があった。

 ケンギョがタクミに駆け寄る。

「勇者様、申し訳ありません。実はショクジョとの享楽に耽り、火の番をおろそかにしておりました」

 タクミは照れ臭そうに鼻を掻く。

「いえいえ、お互い様です。ハブの肉のせいか、実はボクも……」

「……あ、ああ……どうやらそのようですね。勇者様、まずはそのブラブラした立派なモノをお納めください。ショクジョが眼のやり場に困っていますので」

「え?」

 その時にはショクジョが釜戸に火を入れ、炎が辺りを照らしていた。

 ショクジョは両手で顔を隠しているが、指の間からしっかりとタクミの股間を凝視している。

 タクミの下半身はスッポンポンだった。

 ニベヤがシュラフの中から飛び出し、タクミの前に両手を広げて立つ。そして、ショクジョに向かって叫んだ。

「見ちゃダメ! 私のよ!」

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