第10話 旅立ち
ゲームもアニメも、魔王討伐だろうがダンジョン探検だろうが、パーティのメンバーは基本的に自分のアイテムだけを持った手ブラに近い状態で旅立つ。
当然ながらリアルでは有り得ない。
今回、想定している行程は十日、食料や防寒具などの必需品だけでロバが引く小型の荷馬車一台分になった。これでも水は山越えをした麓の湧き水を汲む予定なので、今は必要最小限の量だ。水を汲むにしても、軽いプラスチック容器など当然無い。重たい陶磁製の瓶に汲むので、ロバの体力の消耗を最小限に押さえるためにも、水は山越え後に本格的に準備するのが慣わしだった。
行く先々に湧き水があり、ウサギやイノシシは逃げもせず、果物や木の実が道端にあるので現地調達しながら旅ができるというのは、マンガやラノベの中だけの話なのだ。
タクミはそんなことを考えながらも、ピンと立った長い耳とクルクルした大きな愛らしい眼にテンションはハネ上がる。
「うわぁ、ロバさんだぁ! 可愛いなあ」
ショクジョは、ロバの頭を撫でながら言った。
「ミミちゃんです。生まれた時から特別耳が長かったんですよ。女の子なんですが、とっても力持ちなんです」
ロバを愛でる美しい男の娘の構図に、タクミは至福に包まれる。
――ああ、尊いなあ。
その時だ。タクミは尻に鋭い痛みを感じて飛び上がった。
「うわっ、ィテー!」
振り向くと、ニベヤが恐い眼をして立っている。
「勇者様の眼、いやらしい」
「いや、ニベヤさん。そんな、別にやましい気持ちなどではなくて……」
プイと振り返り、ニベヤは歩き出した。タクミは慌てて追いかける。
ショクジョとケンギョは、そんな二人を見て笑う。そして、ロバを引いて歩き出した。
旅はこの様に、ゆるーく始まった。
登りでは、タクミとケンギョも荷馬車を押す。ロバにだけ引かせていると、ロバがバテてしまうからだ。
山の中腹に村が一望できる眺めの良い場所があり、そこで最初の休憩を取ることになっていた。
その場所に立った時、タクミは感動で身体が震えた。アニメの中でしか見たことのないような美しい光の風景が広がっていた。
「キャラバンはここで旅の安全を祈り、村としばしの別れをするのです」
ケンギョは遠い眼をして説明する。自分たちは隊商として村を出るのではない、追放されて出るのだ。そういう思いがケンギョにはあった。
しかし、タクミとニベヤはのん気なものである。さきほどの小競り合いはどこへ行ったのか、今は仲良く腕を組んで村を見下ろしている。
ニベヤが遠くを指さした。
「勇者様、昨日行った海が見えますよ。海の民の集落も見えます。ああ、今日は市の日なんですね。広場に沢山ヒトが集まっている。手前は地の民の畑です。高いところから見ると、こんなに広いなんて」
しかし、単にノー天気なだけではない。二人からは、未来は自力で切り開くのだという覚悟を持った者の、しなやかな強さをケンギョは感じていた。
その時、四人に手を振りながら山道を登ってくるヒトの姿があった。
「あれ? あのヒト、この前の話がわかる長老様じゃね?」
タクミの言葉に、全員で手を振り返す。
間もなく長老は、四人のいる場所にたどり着いた。
「ここに立ち寄ると思っていました。いや、間に合って良かった」
長老は軽く息を弾ませている。
「ボクたちも今来たところですが、長老様はなぜ?」
「勇者様たちのお見送りですよ。それと、今後のことも聞いておきたかったのでね」
「今後の、ですか?」
「そう。別に村から逃げ出すのが目的ではないでしょう? 勇者様のこれからの計画が知りたかったのです。もちろん、今は秘密だというのであれば無理には聞きませんが」
「別に秘密ではありません。長老様は聡明な方でいらっしゃるので、きっと理解してくれると思うし。ボクたちは東の村へ行きます」
「ほう、東の村ですか」
ニベヤとケンギョ、ショクジョもタクミの話を真剣に聞いている。実は三人も、どこへ行き何をするか、具体的な話は何も聞いていなかった。
長老は別に驚いた風でもなく、言葉を続ける。
「で、そこで何を?」
「最終の目標は、この世界から性別や性的嗜好による偏見や差別を無くすことです。ヒトが存在する以上、一定の割合で同性愛者や性同一性障害は存在するのです。子供が作れない男女もです。だけど、そんなことでヒトの存在価値が揺るいではいけません」
「なるほど、ごもっともですな」
「ところが、長い時をかけて築かれた道徳とか価値観は、そう簡単に変わるものではありません。掟という形で成文化されていれば尚更です。ヒト一人でできることではないのです」
「これは驚いた。勇者様は何人あっても腕力でねじ伏せることができると思っていました」
「いえいえ、暴力でヒトを従わさせても、後で何倍にもなってハネ返ってくるだけです。ですからボクはまず、東の村の賛同者を募ることにしたのです」
「ほう、誰か心当たりでも?」
「はい、東の勇者です」
「えっ!」
長老だけでなく、ケンギョとショクジョも驚いた。それほど、東西の勇者の不仲は有名だったのだ。ただ、ニベヤだけが東の村と聞いたときから何となく察しが付いていた。
「しかし、勇者様は、東の勇者様を毒グモか毒ヘビのように毛嫌いされておりましたが」
「毒……らしいですね。同族嫌悪というヤツでしょう。だけど、あちらの勇者も、オークの大襲撃で一度死んだそうなので、ボクと同じ現象が起きているのではないかと」
「確かに……その可能性はありますな」
「今の彼なら、ボクの考えを理解してくれる筈なんです」
「勇者様のことだ。勝算はお有りなんでしょう。老いぼれはこの地で良い知らせを待つことにします。皆さん、お気を付けて」
長老は、勇者一行が山の中へ見えなくなるまで見送った。そして、まだ若かりし頃、男同士の恋愛に悩み、自ら命を立った昔の恋人のことを思った。
「あの頃に今の勇者様がいてくださったら、私らの運命も変わっていただろうな……」
長老はつぶやき、勇者の言う差別や偏見の無い世界を生きているうちに見たいと願った。
山頂からは木や地形が遮って村側は見えない。しかし、これから進むべき延々と続く荒野は見えた。
「これは……大変な旅になるな」
タクミはキャラバンに戦士の護衛が付く必要性を、改めて納得した。これでは敵に襲われても、逃げる場所も隠れる場所もない。戦うしかないだろう。
ケンギョはタクミの隣を歩きながら説明する。
「ここから見渡せる限りの土地は、昔はヒトの領地で緑豊かだったそうです。しかし、オークが浸食してきて、やがて占領してしまった。奴らは増えすぎて食糧が不足すると、木の根まで掘り返して食べてしまうので、こんな荒野になってしまったのです」
そして、右手の彼方を指さす。
「ほら、あそこから先が緑なのはわかりますか?」
「ああ、本当ですね。草原ですか?」
「あちらはミノタウロスの領地です。ミノタウロスは草だけを食べるので、土地を大切にします。オークもデカイですが、ミノタウロスはもっとデカイですからね。オークは手を出せないし、ミノタウロスも温厚で自分の縄張りは命懸けで守りますが、領地を広げようとまではしない。その結果、平地にあの様なクッキリとした境界線ができたのです」
タクミは熱心にケンギョの説明を聞いている。ケンギョも勇者相手にウンチクを垂れるのが気持ち良いようだ。
「東の村へは、ずいぶん迂回しますが、あの境界線のギリギリを進みます。左右を敵に挟まれて危険に思えますが、実は非武装地帯のようになっていて一番安全なんです」
道は緩やかな下り道になった。ショクジョはニベヤの手を取り、荷馬車に乗り込む。
ニベヤは少し心配そうに言った。
「二人も乗って、ミミちゃん大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ、下り道ですから。いやあ、ラクチン、ラクチン」
ロバも、自分が元気であることを知らせるように嘶いた。
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