第7話 VS長老会

 四人はお互い眼を見てうなずき合い、立ち上がった。

 間違えようのない勇者の顔を見て、スキンヘッドが警戒しながら会釈する。

「おや、勇者様。お早いお着きで。村長から話は伺っています。どうぞお入りください。ケンギョとショクジョよ、お前達は勇者様の次だ。もうしばらく待っておれ」

 勇者がスキンヘッドに説明する。

「いえ、ボクたちは四人で長老方と話がしたいと思っています。皆で入らせて頂けませんか?」

「え……勇者様、お身体は本当に大丈夫ですか? 『このヤロウ、そこ退け!』と『ぶっ殺すぞ、テメー!』以外の言葉を初めて伺いました。前回は離婚を却下された腹いせに尻を思い切り蹴飛ばされたもので、半月もアザが残りましたよ」

「またですか……本当にすみません」

 タクミは謝るほかない。

「なんと! 謝罪まで……まあ四人だろうが五人だろうが、部屋に入る人数であれば問題ありません。どうぞお入りください」

「ありがとうございます」

 集会所の入口の先は一段高くなっており、靴を脱いで上がるようになっている。四人は靴を脱ぐと、奥の部屋へと進んだ。

 それを見送ったスキンヘッドがつぶやく。

「こりゃ驚いた。オレに礼を言ったばかりか、靴を脱いで上がったぞ。何度言っても土足を止めなかったのに……本当に勇者様か? いや、あんなキズだらけ、他にいるわけないし」

 部屋の奥には床の間のような一段高い場所があり、そこには五人の老人が横一列に並んで座っていた。

 タクミの前の世界であれば、隠居している年齢のお爺さん達だ。

 インターネットやデータベースの概念すら無い、科学や技術の発達が緩やかなこの時代では、経験と知恵が最重要なのだなとタクミは思う。

 老人達の前に出るとケンギョは右の膝をついて、ニベヤは両膝をついて頭を下げた。

 ショクジョが両膝をつくと老人達がザワめいた。

 ――男は右膝、女は両膝をつくのが礼儀か。

 そう判断したタクミは、右膝をついて頭を下げた。すると、老人達がドヨめいた。

 中央のサンタクロースのような髭をはやした老人がタクミに言った。

「勇者殿が我々に膝をつかれるとは、初めてのことでございますな」

「え? そうなんですか?」

「しかしショクジョよ。お前は男であろう。なぜ両膝をつく」

 ショクジョは、真っ直ぐ長老達を見て言った。

「私はケンギョのパートナーです。ケンギョを支える者として両膝をついています」

 再び老人達がドヨめく。

「コヤツ、開き直りおって……まあよい。足を崩しなさい」

 四人は床に座る。

「さて、まず勇者殿。あなたは離婚できない時期には離婚させよと騒ぎ、離婚せねばならぬ時期に来ると、逆に離婚したくないと申されるか?」

「まあ、結果的にそうです」

「我々は全く理解できませぬ。これではまるで駄々っ子ですぞ」

「全くそうですね。ボクが死ぬ前にやったことを聞くと、ホントに非道いことばかりです。しかし、ボクの魂は、一度死んだことで神により浄化されました。今は、妻への愛を貫くことこそ、神の望まれることだと信じています」

 隣の梅干しのようにシワの多い老人が口を開いた。

「勇者殿よ、軽々しく神の名を口にするでないぞ。それでは、子を産めない女と添い遂げるほうが、子や孫を残すことより重要だと申すか?」

「この世界の価値観に口を挟むつもりはありませんが、その二つは単純に比較すべきものではないですよね」

「な!」

 怒りで顔が見る見る赤くなり、本物の梅干しのようになる。それを見かねたエビス顔の老人が言った。

「まあまあ、あまり興奮すると、また倒れますぞ。のう勇者殿、勇者殿は勇者であるがゆえに、数々の特権があります。食料や酒が優先的に配給され、家具も雑貨もお望みがあれば村が準備します」

 タクミはニベアをチラッと見る。ニベアはうなずき、それは真実だと眼で合図する。

 エビス顔の老人は話を続けた。

「その特権は、勇者殿が勇者としての義務を果たしているから与えられているものです。村を外敵から守り、命を懸けて戦ってくださっているからこそ。そして、その義務の中には、勇者の血を後世に残すことも含まれているのですぞ」

 理屈っぽい話になってきて、タクミはイヤな顔をした。口では、この老人達に勝てる気がしない。

「『将門に必ず将あり』ですか。確かに身体能力は遺伝による所もあるでしょう。しかし、『カエルの子はカエル』とも言います」

 長老達が驚いた。

 エビス顔の長老が尋ねる。

「なんと、勇者殿は、御自分をカエルに例えなさるか?」

「いや、だから至らぬ点も親に似るという意味です。逆に『トンビがタカを生む』ということもあります」

 今度は長老達は大爆笑だ。

 梅干し長老が、顔をもっとシワクチャにして言う。

「ヒャッヒャッヒャッ! 勇者殿、冗談が過ぎますぞ。トンビはトンビしか生みませぬ。それを言うなら、オークがヒトを生むようなものだ」

 タクミは少しムキになる。

「いや、だから例えですって。平凡な親から優れた子が生まれることもあるということです。血筋で職業などの選択の自由を奪うべきじゃない」

 中央のサンタ似の長老が言った。

「なるほど、勇者殿は新しい考えをお持ちのようじゃな。いずれヒトが増え、文化が成熟すれば、そのような考えが主流になるやもしれん。じゃが、今は違いますぞ」

 梅干し長老が続けた。

「ヒトを殺してはならぬ。物を盗んではならぬ。女を犯してはならぬ。みんな村の秩序を守るためにある掟じゃ。掟が無ければ村は崩壊する。大昔は女を犯してはならぬという掟は無かったが、今無かったらどうなるか考えてみよ」

 タクミは前世の中学時代に習ったことを必死に思い出した。

「確かに掟を守ることは大切だと思います。しかし、それ以前にヒトには持って生まれた権利があります。それを基本的人権といいます。それは神が認めた、決して侵してはならない権利なのです」

 右端に座っていた、一番若い長老が口を開いた。

「おもしろい考えですね。詳しく教えて頂けませんか?」

「はい。まず、神の前でヒトは皆平等なのです。生まれた場所や職業、性的指向などで差別されるべきではありません」

 梅干し長老が再び赤くなる。

「だから、神の名を軽々しく言うなと言うに!」

 タクミは無視して言葉を続ける。

「そして、思想、良心、表現といったものも、他人が侵害してはならないものなのです。それが例え掟であっても。これを自由権的基本権と言います」

 ニベヤはもちろん、ケンギョとショクジョも尊敬の眼で勇者を見ていた。この方は強くて優しいだけじゃない、頭も良い方だ、と。

 一番若い長老は熱心に話を聞いている。

「なるほど。勇者様が言われる性的指向とは、ケンギョやショクジョのような同性愛も含めてのことですね」

 この長老なら話が通じるかもしれない、そう思ったタクミは、交渉の対象をその初老の長老に絞ることにした。

「そうです。確かに同性では子供を作ることはできません。しかし、そんなカップルだからこそ出来ることもある筈です。親を事故や病気で失った子供はどこにでもいる。そういった子を実子同然に愛せるのは、同性のカップルやボク達のような子供に恵まれない夫婦ではないでしょうか」

「それは、養子を取った場合のことですか?」

「そうです」

 梅干しの顔が益々赤くなった。

「バカを抜かすな! 不妊夫婦は別として、男同士に育てられた子供がまともに育つものか!」

 タクミは飽くまで冷静を貫く。

「子育てに、男女という形式がそれほど絶対でしょうか? ボクは、愛情など無いのに夫婦を続けている男女を『仮面夫婦』と呼んでいます。子供は敏感で、そういったものは見抜いてしまう。大切なのは、いかに愛に満ちた家庭を築くか、なのです」

 一番若い長老は眼を閉じた。

「うん、勇者様のご意見はわかりました。次にケンギョとショクジョ。あなた達は掟では、ケンギョは半年の懲罰房、ショクジョは村を追放となります」

 ケンギョとショクジョは黙ってうなずく。

「しかし、長老会はあなた達に罰を与えたい訳ではありません。特にショクジョにとっては死刑の宣告と同じでしょう。長老会は、あなた達がここで縁を切ると誓い、二度と会わないと約束すれば、二人とも三ヶ月の懲罰房で済ませたいと考えています」

 初老の長老は、ケンギョとショクジョの眼の奥を覗きこむように二人を見た。

「二人はどうしますか?」

 その問いかけに、ショクジョは即答した。

「ケンギョと縁を切ることは致しません。村を出て行くことを選びます」

 サンタ顔と梅干し、そしてエビス顔の長老の口が大きく開く。

 ケンギョも答えた。

「私もショクジョと同じです。しかし、懲罰房にも入りません。ショクジョと一緒に村を出て行きます」

 そして、ケンギョとショクジョは熱く見つめ合った。

 三人の長老の口が更に大きく開いた。初老の長老は、口の端でニヤリと笑う。左端の長老だけが、先程から一言も発せず、表情も変わらない。

 サンタ顔の長老が言った。

「追放を受け入れる輩にかける言葉はもう無いわ。不愉快この上無い。もう今日は終わりだ。勇者殿について決裁を取る。婚姻の継続を認めない者は右手を、認める者は左手の挙手を」

 中央の三人が右手を挙げた。右端の長老は左手を、左端の長老は相変わらず無表情で手も挙げない。

 サンタ顔の長老が、初老の長老に尋ねた。

「挙げる手を間違っておられるぞ」

「いえ、間違っていません」

「なんと! 勇者殿の婚姻の継続を認めると申すか}

「そうです。でないと、この村は勇者の不在を招きます」

「どういうことか?」

「勇者様は、その二人と村を出るつもりですよ。当然、ニベヤ様も後に従うでしょう」

 右手を挙げていた三人は手を下ろし、タクミとニベヤを見た。二人は返事をする代わりに、ニヤッと笑った。

 エビス顔の長老が困り顔になった。

「これは大変だ。我々の決定は責任重大ですぞ」

 梅干し長老は、この日最高に真っ赤になった。

「掟だ! 掟を守ることが再重要だ! 勇者がいなくても、村は戦士でなんとかなる」

 サンタ長老は梅干し長老に同意した。

「そうだな。事実、勇者殿が倒れていた一ヶ月、戦士だけで村は守られた」

 タクミも口を挟んだ。

「ボクもそう思いますよ。オークの大襲撃も、当分ない筈だ」

 サンタ長老が立ち上がった。

「判決を述べる。多数決により、勇者殿とニベヤ殿の離婚を命じる。この結果が不服であれば、村を出てどこへでも行くが良い」

 梅干し長老とエビス長老も立ち上がり、三人は年齢の割にはしっかりとした足取りで部屋を出て行った。

 初老の長老はため息をついた。

「ふーっ。頭の堅い人達だ」

 そう言うと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

 タクミは慌てて立ち上がり、声をかけた。

「あの、長老様!」

「ん? いかがなされました?」

「いや、今日はあの、ボク達を弁護してくれて、ありがとうございました」

「勇者様の考えに心が動かされました。まあ、私一人では勝負になりませんでしたが……いつ頃村を出るおつもりですか?」

「三日後ぐらい、かな」

「そうですか……」

 初老の長老が部屋を出て行くと、スキンヘッドが入れ替わりに入ってくる。そして、座ったままの左端の長老に話しかけた。

「長老様、今日の会合は終わりましたよ。立てますか?」

「ああ……お昼ごはんはまだかのぅ」

「ヤダなあ長老様、さっき食べたばかりですよ」

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