第2話「緑色の彼」
2話「緑色の彼」
「薫、起きて」
「ん…………」
その声は聞き覚えがあるようで、聞いたことがないような。不思議な声だった。男性の声だが、少し高い澄んだ声。
薫は目を擦り、ゆっくりと目を開けた。
薄いカーテンから太陽の光が柔らかく差し込む。眩しいと感じながらも、その声の主が気になって薫は目を細めて声がした方を見つめた。
すると、そこには新緑の葉のような緑色のふわふわした髪に、日に焼けた肌の色、そして瞳が紫黒色の、すらりとした体格の男が居た。薫と目が合うとニッコリと笑って「薫、お誕生日おめでとう!」と、明るい声でお祝いの言葉を言いながら、薫をギュッと抱きしめた。
「…………ミキくん………?」
「うん、そうだよ。どうしたの、寝ぼけちゃった?」
「ごめん………熟睡しちゃったみたいで」
「ははは。可愛いなー、僕の恋人は」
「恋人………」
ミキは南の肩に頬を擦り付けるようにブンブンと頭を揺らした。この度に緑の髪が頬に当たってくすぐったくなり、薫は思わず微笑んでしまう。ミキからは、あの白檀の香りがした。きっとアロマオイルの香りが移ったのだろう。
真っ白なシャツとズボンという服装の彼。そして、薫は緑色のパジャマを着ていた。
「あれ?パジャマってこの色だっけ?」
「薫が好きな緑だよ。僕の色でしょ?僕がプレゼントしたの忘れたの?」
「ううん。そうだったね……」
そう。
ミキの部屋によく泊まるようになった頃。彼が準備してくれたんだ。
まだ頭がボーッとしているのかもしれない。
「ねーねー!薫っ!」
「何ー?」
「誕生日なのにお願いがあるんだけど………朝ごはん食べたい」
「確かにお腹空いたよね。いいよ」
「やったっ!」
ミキはそういうと、両手を挙げて喜び、ベットから飛び降りた。そこまで喜ぶとは思わず、薫は子どもみたいな彼を見てまた笑ってしまうのだった。
薫は着替えを終えた後に、ミキのリクエストの物を作った。
薫の料理をしている姿を見て、ミキは微笑んでいる。
「今日は薫の好きなところに行こう。天文台に行って星を見て、それからチーズがおいしいグラタンのお店に行こう。あ、夕食の前にランチだよねー。でも、今食べたばかりだから、美味しいケーキとかパフェを食べようと思ってたよ」
「天文台かー。最近いってなかったから嬉しいな」
「本当は本当の星をまた見たいよね」
「うん………森に行ってね!今度、地元に戻ってもいいね」
「薫も戻りたい!?」
「うん。あんまり帰ってないから行きたいな」
そういうと、ミキはとても嬉しそうに薫に駆け寄った。そして、甘えるように後ろから薫を抱きしめた。
「もう、ミキ。今、料理してるから危ないよ。火傷する」
「でも、嬉しいから」
ミキはどうして、こんなにも地元に帰ること喜んでいるのか。彼も久しぶりに返って昔懐かしい場所を巡りたかったのかもしれない。
薫の地元は、今住んでいる場所から車で2時間ほどにある田舎らしさが残る町だった。電車の駅がある場所はそれなりにビルがあり、住みやすさがある。けれど、少し先を見れば山や海があり、小さな子ども達の遊び場は自然の中という、田舎だった。
薫の両親はまだそこに住んでいるけれど、年末しか帰らないし、子どもの頃に遊んだ山などに登ることはなかった。
薫とミキは、子どもの頃からよく森で遊んでおり、こっそりと夏祭りを抜け出して山の上で星空を見たのを今でも覚えていた。
満点の星空は、いつも見ている星よりも遥かに光り輝いており、見たこともない小さく繊細な光を見せてくれる、淡い星がまだまだたくさんあるのだと薫はその時に知った。
それから、薫は星が好きになった。薫が趣味で書く絵には星空がよく登場するぐらいだった。
「薫?ごはんは?」
「え、あ………あぁ!!………危ない、もうちょっとで焦げちゃうところだった」
薫はすぐにコンロの火を止めて、出来上がったものを皿に装った。
「ミキ、完成したから食べよう!」
「うん!楽しみだなぁー」
ミキは2人の皿をひょいと取って、それをリビングへと持っていってくれる。薫はコーヒーを入れてから彼の元へと向かった。
「薫、食べよう!いただきます!」
「はーい。いただきます」
2人は横にならんで座り、ミキと共に手を合わせて挨拶をした。すると、すぐにフォークを持って、ミキはニコニコと食事を始めた。
「フレンチトースト!食べてみたかったんだっ!」
「え………フレンチトースト初めて作ったっけ?」
「うん。いただきますっ!」
薫は「あれ?」と疑問に思った。
昔からフレンチトーストが大好きで、休みの日のブランチは必ずと言っていいほど作っていた。ミキと付き合い始めて数年なのに、彼に、作ってあげたことがなかったのは、おかしいような気がしていた。
「んー!おいしいー!甘い!」
ミキは満面の笑みを浮かべて子どものように嬉しそうに食べてくれている。
そんな姿を見てしまったら、こんな些細な疑問などどうでもよくなってしまった。
ミキは見た目は大人っぽいのに少し子どものようなところがあるなと感じられる。そこが、彼らしいのだけれど。
食事を終えた後、ミキが後片付けをしてくれたので、その間に薫はデートの準備をした。
お化粧をして、フレアのスカートにリブニットのセーターを合わせ、薄手のコートを羽織った。ミキはというと、白のタートルネックに黒の細身のズボン。そして、カーキ色のチェスターコートという服装だった。モデルのような姿に思わずドキッとしてしまう。
「薫、可愛い」
「あ、ありがとう」
お洒落をした薫の姿をまじまじとみたミキは、少し頬を染めながら褒めてくれた。初めてのデートのような反応をされては、薫も驚いてしまう。
「ど、どうしたの?いつもの服装だよ?」
「そうだけど、可愛いって思ったから言いたくなった」
「………ミキだってかっこいいよ」
「僕、かっこいいんだ!嬉しい」
ミキはまた少し照れたような顔を見せて、薫の言葉を喜んだ。
彼がそんな反応をしてしまうからなのか、何故か薫まで顔を赤くしながらミキを褒める。付き合いが長くなると、なかなかこんな会話などがなかったかもしれない。薫は久しぶりの感覚になった事を感謝した。
「今日寒くなるってテレビで言ってたけど、温かくした?」
「あ、そうなんだ……。じゃあ、手袋持っていこうかな」
「手袋はいいよ!また昔みたいに片方落として泣いちゃうでしょ」
「………え、そんな事あったっけ?」
「あったよ。子どもの頃、薫が大切な手袋を森の中で落としてしまって泣いたんだ。だから、僕は森中を探したんだよ」
「………そんな事もあったね」
彼がその話をすると、不思議とその光景が頭に浮かんできたのだ。お気に入りの、真っ白でウサギの尻尾のようなポンポンがついている手袋。それを落としてしまって、泣いてしまった事を思い出した。それをミキが見つけてくれたのだ。
「今でもなくなったら探してあげるけど………手を繋げば温かいんじゃない?」
「うん。そうだね」
ミキが差し出した大きな手。
それを見つめていると、何故か懐かしい気持ちになる。昔の事を思い出したからだろうか。
「じゃあ、行こう。楽しい誕生日にしようね」
「うん!楽しみ」
ミキの太陽の日差しのようにじんわりと温かい手の温もりを感じながら、薫はミキと共に家を出た。
不思議なデートが今、始まろうとしていた。
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