祈夜ルート 15話「沢山のプレゼント」
祈夜ルート 15話「沢山のプレゼント」
シャシャッという、鉛筆と紙が擦れる音が小さく、そしてリズムよく響いている。
同じ体勢で座り続けるというのも、辛かったけれど、その音が心地よく感じると自然と体の痛さも気にならなくなってきた。
彩華は改めて自分が置かれている状況を見ると、とても大胆な事をしているな、と自分でも思っていた。仕事のためとはいえ、昼間の明るい時間帯に全裸の姿でソファに座り、彼のデッサンのモデルをしているのだ。
自分から申し出たものの、非日常的な状況に何だか夢のようだった。
彼の視線に緊張したのも始めだけで、真剣な表情を見られるのが嬉しかったので、もっと見て欲しいとさえと思った。
あれから何回かポーズを変えており、今はソファの上で寝そべっていた。そうなると、彼の顔が見えなくなってしまったので、彩華にとってはとまらなる。
鉛筆が走る音だけが聞こえ、それが心地よくなりすぎて、ついに彩華はウトウトとしてしまう。
「彩華?………眠い?」
「ん………だいじょーぶ………」
「全然大丈夫そうじゃないけど。後少しで終わる」
「うん……」
「少し寝てもいいけど……風邪ひくかな……」
「寝ないから………」
「………急いで終わらせる」
クスクスと笑いながらそういう祈夜の声を、彩華はほとんど夢の中で聞いていたのだった。
彼はどんな風に自分を描いてくれているのだろうか。恥ずかしい経験だったけれど、彼の役に立てただろうか。
彩華はこのモデルが終わった後にやっと彼に触れられると思うと、顔がニヤけてしまうのがわかった。けれど、それを止めることが出来ないまま瞼をゆっくりと閉じたのだった。
「彩華………彩華………」
「ん………あれ?」
温かい手で肩をポンポンと叩かれる。
優しく自分の名前を呼ばれて、彩華は目を開ける。いつの間にか眠ってしまっていたようで、体には毛布が掛けられていた。
「ご、ごめん!寝ちゃってた………祈夜くんが頑張ってるのに寝ちゃうなんて、本当にごめんね!」
「いいさ。モデルって疲れるから。それより体冷えてたからお風呂沸かしといた。入ってきて」
「ありがとう……」
「いや、俺こそ助かった。ありがとう」
「うん」
彩華は寝ぼけながらも、ふにゃりと笑うと祈夜もつられて笑ってくれる。
彼の厚意に甘えて、彩華はお風呂を借りることにした。祈夜は疲れた様子だったけれど、とてもすっきりとした表情に見えて、彼のモデルになってよかったと改めて思った。
自分の顔も体型にと自信がないけれど、彼が好きだと言ってくれる。その事が「彼の役に立ちたい!」という気持ちを後押しさせてくれたのだ。
湯船に入りながら、「スケッチ見せてもらおう」など、先ほどほ事を考えながら体を温めた。今日は彼の家に泊まっていもいいだろうか。クリスマスを一緒に過ごせなかったので、久しぶり祈夜と共に眠りたかった。
お風呂を上がったら彼にお願いしようと考え、いつもより念入りに体や髪を洗わなければな、と思った。彩華のシャンプーや洗顔などは、彼が準備してくれていた。自宅で使っているものよりも、良いものばかりで申し訳ないけれど、「彩華のために買ったから使って」と言われると、嬉しくてついつい甘えてしまう。ローズの華やかな香りがするボディーソープを使い体を洗っている時だった。
彩華は指に何か付いているのに初めてて気づいた。彩華は泡をよけてから右手の薬指を見つめる。すると、そこには赤い宝石が埋め込まれたシルバーのリングがはまっていた。もちろん、彩華の物ではない。
「………え、これ………もしかして……」
指を目の前に持っていくと、瞳いっぱいにキラキラと光る宝石の不思議な赤い光が入り込んでくる。それは、初めて祈夜と会った日に、彼が作ってくれたカクテルのような色だった。
「……祈夜くん………」
彩華はしばらくその綺麗指輪に見入ってしまったが、すぐにハッとし、急いで体についた泡を流して、お風呂場を飛び出した。彼が準備してくれたタオルで体を拭き、彼が買ってくれた部屋着を着込んで、リビングにいるであろう彼の元へと小走りで向かった。
「祈夜くんっ!!この指輪………っっ!」
「彩華……やっと気づいた?って、まだ髪が濡れたままになってる。そんなに急がなくていいのに」
「これって………」
「クリスマスプレゼントにきまってるだろ」
当たり前のように言う祈夜は彩華からタオルを取って髪をゴシゴシと拭いてくれる。心地よさを感じて甘えたくなるけれど、彩華は指輪を左手で包みながら彼を見つめた。
「………ありがとう、祈夜くん。とっても嬉しい」
「まぁ……俺が欲しかったから買っただけだから」
「え?」
「恥ずかしいけど………ペアリングにしたかったから」
顔を真っ赤にしながら右手で顔を覆う彼の薬指には同じデザインの指輪がはめられていた。
それを見た瞬間に、彩華は胸がきゅーっと締め付けられる感覚に襲われた。彼が愛おしくて、すぐに抱きしめたくなった。
「………同じなんだ。嬉しいな。………私もこういうの憧れてたの。祈夜くんは私が喜ぶ事、何でもわかってくれるね」
「………恋人だからな」
照れ笑いを浮かべながら、ニヤッと笑ってそう言った彼に彩華は頭からタオルを掛けたまま彼に飛び付いた。
祈夜は驚きながらも、彩華を抱きとめてくれる。
「とっても嬉しい。この指輪、大切にするね」
「俺も大切にする」
彩華は彼を見上げると、祈夜はゆっくりと顔を近づけ、啄むようなキスをしてくれる。キスを楽しみながら短いキスを繰り返す。昼間とは違う軽い口づけだが、彩華は満たされていくのを感じ自然に笑みが溢れた。
「ねぇ……祈夜くん。もう1つだけプレゼント貰いたいな」
「ん?何?」
「……今日一緒に寝たい」
「そんなの当たり前だろ。俺はそのつもりだった」
「そうなんだ………」
「でも、その前に髪を乾かしてからご飯。パスタ作ってるから急いで」
「ふふふ………急いで乾かしてくる」
そう言って彩華はまたパタパタと脱衣所に戻った。
髪を乾かしながらも、右手の指輪を見てはニヤニヤと笑みがこぼれてしまう。祈夜とお揃いだと思うと、胸が締め付けられるほどに幸せを感じた。
少し遅いクリスマスのデートは、彩華にとって忘れられないものになった。
夜もすっかり深くなった時間。
彩華と祈夜は汗ばむ体同士をくっつけて、ベットに横になっていた。
彩華は昼間から焦らされていた熱をやっと受け止められて、頭がボーッとしてしまう。彼が彩華の事を腕で引き寄せて抱きしめてくれているので、祈夜の胸に頬を当てていた。彼の温かい体温と鼓動が聞こえて、彩華は安心しきってまたウトウトとしてしまう。
「………この指輪さ、彩華にカクテルを作った時からおまえには赤が似合うなって思ったから……赤い宝石がついた指輪にしたんだ」
心地いい沈黙をやぶった彼の言葉に、彩華は嬉しくなる。彼もカクテルをイメージして選んでくれたのだと知り、考えも同じなんだなと思った。
「やっぱり………似合うな」
「……本当?ありがとう」
彩華は右手の薬指を掲げて笑顔でそう言うと、手をヒラヒラとさせて宝石の輝きを見つめた。すると、彼も右腕を伸ばして彩華の手を包んでくれる。同じデザインの指輪が揃って赤く光っていた。それが嬉しくて、彩華はまた口元が緩んだ。けれど、それは隣の彼も同じだった。
「おまえには助けて貰いっぱなしだな。兄貴の店の事も、俺の漫画の事も………」
「そんな事ないよ。私がしたいことをしただけだし。それに、私が祈夜と傍に居たいからしたことだから、我が儘みたいだよ」
「それでもいい。俺が喜んでるんだから」
「………うん」
「漫画の次回作、本当は出版社の希望と合わなくて、実現出来るかわからなかったんだ。……けど、さっきのスケッチを見せたり、彩華を描いてる時の感情を漫画にしたら、きっとわかってくれると思うんだ。……そう決意させてくれたのは、彩華を描いたからだ。だから、ありがとう。………俺はおまえと会えて、そして付き合えて、本当に幸せ者だよ」
そう言って、祈夜は指を絡ませて手を握ってくれる。指輪と指輪が触れ合うのを2人でじっと見つめた。
「彩華の恋人は俺が最初で最後だから」
「………祈夜くん。……それって………」
「右手の薬指に指輪を送ったのは、左手の予約だから。近いうちに、左手の薬指も貰うに行くから」
その言葉は、彩華を感動させるのには十分すぎるものだった。目に涙が溜まり、あっという間に枕に落ちてしまう。
「………ずるいよ。………祈夜くんは、クリスマスプレゼント沢山くれすぎたよ」
「それは俺の方だって………あぁ、でも……」
「………ぁ」
祈夜は彩華の方を向き、手を離したかと思うと彩華の首元に顔を埋めて、首筋に噛みつくよつなキスをした。そのまま流れるように顔を耳元に持っていくと、祈夜は低い声で甘いささやきをもらした。
「じゃあ、俺におまえをちょうだい」
その願いは彩華も求めていたもの。「そんなものでいいの?」という言葉を言う前に深いキスをされ、彩華と祈夜は2人でもう一度ベットに沈みこんだのだった。
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