祈夜ルート エピローグ
祈夜ルート エピローグ
すっかり春になり、世間がゴールデンウィーク前で浮き足立っているこの日。彩華は平日の休みを利用して、祈夜の家に来ていた。
そして、朝からキッチンに籠り、テキパキと料理をしていた。いつもより種類も量も多いので、彩華はいろいろな事を考えながら、長い時間をかけて作り上げた。けれど、そうやって時間を過ごすことが楽しく、とても充実しているなと感じ思わず微笑んでしまう。
「楽しそうだな」
「あ、祈夜くん、お疲れ様」
祈夜はあくびをしながら作業部屋から出てきた。長い間仕事を続けていたので、大分疲れているようだった。
「彩華こそ、大変だっただろ」
「ううん。そんな事ないよ、楽しかった」
「だから笑ってたのか」
「ふふふ、そうだよ」
祈夜はダイニングのテーブルに並べられた料理を見つめながら微笑んでくれる。
「あいつらに食べさせるのは勿体ないな。俺が全部食べたい」
「祈夜くんの分でもあるんだし、それにお祝いだから、みんなで食べよう?」
「………彩華が作ってくれたんだ。仕方がないからそうする」
祈夜は料理の手を止めていた彩華の腰に手を回し、そして優しく引き寄せてくれる。一気に彼との距離が縮まり、思わずドキリとしてしまう。
「今日は泊まれる?」
「うん……泊まっていいの?」
「………早く一緒に住めばいいのに」
「嬉しいけど……祈夜くんは頑張り時でしょ?」
「………彩華が居た方が頑張れる」
拗ねた口調でそう言うと、彩華の額にキスをした。彩華は驚き、体を引こうとするががっちりと腰に手を添えられているので逃げられない。
「今はダメだよ……」
「そうですよー、先生!仕事中ですよー!」
「いいなぁー。リアル雪音お姉様が彼女なんて」
「っっ………」
ガヤガヤと作業部屋から数人の男女が出てくる。その姿を見て、彩華は驚いた後に、「だから、言ったのに……」と祈夜を睨んだ。
今日は、祈夜のアシスタント達を招いての、祈夜の漫画連載のお祝い会だった。すでに連載はスタートしていたが、祈夜の仕事が落ち着くのを待っての開催だった。
祈夜が企画していた通りの漫画連載がスタートとなり、その漫画はすでに人気作となっており、毎回巻頭や表紙を飾るほどだった。1巻の発売もすでに決まっており、その予約も好評だと聞いていた。そのため、漫画の人気のお祝いがメインとなっていた。
そして、アシスタントが話していた「雪音お姉さん」とは、その漫画に出てくるヒロインの事だった。画家志望の主人公である学生と、社会人の雪音は、出会ってから雪音がモデルとなる事で関係が深まっていく話だった。恋人ではない相手に裸をスケッチされる心情や、スケッチをする学生の気持ちなどがリアルに表れていると好評だったのだ。そして、雪音が美形で優しいお姉さまキャラで「雪音お姉様」とネット上で話題となっている。その雪音は祈夜の恋人である彩華がモデルになっていると知っているアシスタント達は、彩華を「リアル雪音お姉様」と呼んでいたのだった。
彩華ももちろん祈夜の漫画本は読んでおり、雪音がとても綺麗に描かれているのを見て、「本当に自分がモデルなのだろうか?」と思ってしまうが、皆にそう言われると、恥ずかしいと思いつつも嬉しいと感じてしまった。
「………俺の家だし、俺の彼女なんだからいつキスしてもいいと思う」
「………いじけないの。もう料理は出来てるから、皆さん座ってください」
「わーい!雪音姉さんのお料理おいしいから、好きなんですよね」
「すごいご馳走ですね!ありがとうございます」
並べられた色とりどりの料理を見て、皆が笑顔になってくれると、彩華は頑張ってよかったと誇らしくなる。
そこからは賑やかなパーティーが始まった。アシスタントの人たちは皆祈夜の作品が大好きな漫画家の卵達だった。そのため、自然と祈夜の話になる。
「デビュー作をこえましたよね、今作は!その作品に自分が手伝った絵が載るなんて、幸せです!」
「あー………こいつ酔ってるな」
「そんな事ないですよー。みんな、祈夜先生のアシスタントになれてよかったって思ってるんですから」
「褒めても何も出ない」
「毎回貰ってますから」
「………何を?」
「「「新作をいち早く読む権利っっ!」」」
「………なるほど」
そう言ってアシスタントの3人は笑っていた。無表情に見える祈夜だったけれど、彩華には楽しそうにしているのがわかっていた。
普段1ページに1ページに力を込めて丁寧に作り上げている彼。そんな祈夜の作品を愛してくれるのだと思えると、彩華は自分の事のように幸せに感じられた。
こんな素敵な彼が自分の恋人だと、信じられなくなるぐらいだった。
「この作品を読んでると、先生が彩華さんを本当に大切にしているのがわかりますよね」
「………え?」
「そうそう。漫画以上に仲がいい2人で羨ましいぐらいです」
「あのヒーローとヒロインにも同じように幸せになってもらいたいですよ」
「………まぁ、それは俺の気持ち次第だ」
「大丈夫ですよ。祈夜先生はハッピーエンドしか書かないと知ってますから」
「祈夜先生の作品、昔のものも好きですけど、彩華さんと恋人になってからの作品は、もっといいです!!」
「…………なんか、それ嬉しいです。ありがとうございます」
彩華が照れながらそう言うと、アシスタントの皆もそして祈夜も微笑んだのだった。
夜中まで続いたパーティーも終わり、彩華と祈夜は静かなお風呂場で2人で呆然としていた。お互いに酔っているのもあるが、楽しかった時間が終わり、余韻に浸っていたのだ。
「賑やかだったから、なんか寂しいね」
「まぁーな。でも、ゆっくり出来ていい」
彩華は彼に寄りかかり、祈夜は後ろから彩華を後ろから抱きしめているかたちだった。
水音と換気せんの音だけが響く。
「………本当にいい人たちでよかった」
「まぁ、うるさいけどな」
「でも、祈夜が認めた人たちなんでしょ?その人達にご馳走できてよかったよ」
「あいつらも喜んでたみたいでよかった。ありがとな」
「ううん。私呼んでもらえて嬉しかったよ」
祈夜は湯船の中から彩華の右手を探して、そして握りしめた。
「なぁ、本当に俺と暮らさないか?家事をさせたりとかはしないし、ちゃんと協力するようにするから」
「………そういうのは心配してないよ。……でも、私なんかでいいのかなって思って」
「その言い方は嫌いだ。俺はお前しか好きじゃないし、これから誰かを好きになるつもりもない」
「でも………」
彩華は心配だった。
本当に彼は私と一緒になっていいのだろうか?まだ若いのだから、仕事のためにもいろいろな事を経験した方がいいのではと思ってしまう。けれど、それを祈夜に言う度に彼は嫌な顔するのだ。
「何回言えばいい?俺はおまえが大切で、守ってくたおまえを、今度は守りたいんだ。………彩華との日々が俺にとっては毎日が刺激的で、幸せな事だから………」
「…………祈夜」
「結婚しよう、彩華」
「え………」
同棲の話だと思っていたが、突然話が違う方向になり驚き、彩華は振り返って祈夜を見つめた。それと同時に彩華の顎を指で引き上げて、甘いキスを落としてくれる。
唇が離れると、肌を触れ合わせるように強く抱きしめてくれる。
「絶対に幸せにする。………俺と結婚しよう」
「…………はい」
彩華の言葉は、想いがあふれでて涙声になってしまう。けれど、その一言だけで精一杯だった。彩華は嬉しさのあまりに涙がながれ、言葉が出なかったのだ。
「泣くなよ………喜んで貰いたいんだけど」
「嬉しいんだよ………私、祈夜の奥さんになれるんだよね」
「左の薬指を予約してたんだ。それを貰っただけだ」
左手を2人で絡めると、祈夜は彩華の薬指にキスをした。
「俺達はこの手を繋いでから始まっただろ。………だかは、これからも、ずっと繋いでいよう。どんな時も」
「うん………ずっとずっと祈夜くんの手を繋いで歩いていきたい」
「あぁ………まぁ、俺たちなら何事にも、何とかなるだろ?」
「うん!」
彼らしいプロポーズの言葉。
思わず笑ってしまいそうになる。けれど、かっこつけなくても、シチュエーションがお風呂場でも、彼が居れば幸せなのだ。
彩華は、自分の左指を見つめた。
ここには、また彼とお揃いの結婚の印の指輪がはめられるのだ。
そんな日を夢見て、彩華は祈夜の温かい手をギュッと握りしめた。
(祈夜ルート おしまい)
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