祈夜ルート 13話「大きいのがお好き?」






   祈夜ルート 13話「大きいのがお好き?」





 彩華の手の中にあるモノ。

 それは、彩華が手にした事がないものだった。


 表紙には、はだけた服を身に纏い潤んだ瞳でスーツ姿の男性を見つめる女性のイラストが描かれていた。白い肌が見え、ふっくらとした胸元も描かれているのだ。



 「これって………エッチな漫画本だよ…………ね?」



 彩華はキョロキョロと周りを見て、まだ祈夜が戻ってくる気配がない事を確認してから、その漫画本の中身をゆっくりと捲る。すると、男女が絡み合うシーンが数多く描かれているのがわかった。彩華は、こういう内容の本をほとんど見たことがなかっただけに、自分の顔が赤くなるのがわかった。しかも、恋人の家でエッチな漫画を読んでいるというのも、なかなか経験しない事だ。


 紙袋の中身は全てそれで、彩華は驚いてしまう。表紙に書かれている作者の名前が祈夜のものではないけれど、年齢指定の物を描く時は名前を変える人もいると聞いた事がある。それに、手元にあるモノ全てが、「イリヤ」の漫画とは全く絵柄が違うように感じられた。素人目線なのでわからないが、祈夜が描いたものではないのではないか。彩華はそう感じていた。



 「じゃあ、これって………祈夜の趣味なのかな……」



 人には言えない趣味もある。それはよくわかる。男の人がこういうモノを見るのも仕方がない事だともわかる。女性だって、好きな人はいるのだから。

 けれど、紙袋の中に入っていた漫画を見て、彩華はある事に気づいていた。それがどうも気になり、悲しくもなり切なくもなっていた。




 その紙袋の漫画本とにらめっこをする事、数分。

 彩華がその漫画を凍った瞳で見つめていると、「あ…………」という、低い声と共に祈夜が彩華を見つめていた。ヤバイ、という文字が顔に書かれていると言ってもいいぐらいにひきつった表情だった。



 「祈夜くん…………これって」

 「………おまえ、何でそれ見てんだよ………」

 「………祈夜くん………こういうの好きなの?」

 「いや、それはその………あれだ……」



 彩華が動揺する彼をジロリと睨み付けると、思わぬ威圧を感じたのか祈夜がたじろぐのがわかった。それを見て、彩華は彼はこういう物が好きなのだと思ってしまう。

 仕方がない事だ。そうは思いつつも、彩華の中で割りきれない思いもあった。



 「…………」

 「彩華、だからそれは誤解で………!」

 「……祈夜くんは大きいおっぱいが好きなんだね」

 「…………はい?」



 恥ずかしさを堪えて、彼に訴えかけた言葉。彩華は顔を真っ赤にして、そう言ったけれど、当の祈夜は検討違いだったのか、ポカンとした表情になっていた。それを見て自分が何か間違った事を口にしたのだと察知して、彩華は顔だけではなく耳や首元まで赤くした。



 「………そこ気にしてんのかよ………普通、男の家でそういうの見つけたら、エッチだの変態だの言うだろ………」

 「え、そうなの………?」

 「いや、わかんないけど……」

 「だって、どの漫画本も胸がおっきい女の人ばかりだから、祈夜くんの趣味なのかと……」

 「違う………資料として集めたらそういうのばっかりなんだよ。大体男向けのなんて、巨乳ばかりだろ………」

 「………え……資料………?」


 

 祈夜はそういうと、彩華が持っていた漫画本を取り上げて「ばかだな……」と、苦笑した。そして、「少し待ってて」と、1度リビングから出ていくとすぐに何かを持って戻ってきた。

 彼は彩華の隣に座り、持ってきてくれたものを差し出した。それはスケッチブックだった。



 「次の連載で、………女性の肌のシーンをよく描くことになりそうなんだ。画家志望の男が、年上の女の裸体のスケッチをするところを描きたくて。もちろん、セックスのシーンもあるような大人っぽい話に挑戦してみたいだ。だから、そういう年齢指定の漫画本を片っ端から読んでたんだけど。どうも、そういうシーンばかりだし、何かリアルじゃなくて、迷ってて……って、まぁそんな感じの理由」



 そう言って、祈夜は彩華にスケッチブックを見るよう視線で促す。表紙を捲ると、様々な角度、そして姿勢の裸の女性が描かれていた。それは、彼の漫画のようなタッチではなく、スケッチだった。

 目線や髪の動き、そして肌質や骨格まで繊細に描写されており、とても儚い美しさを感じられた。



 「………とっても綺麗………」

 「………別に胸なんか大きくなくたっていいだろ。俺は彩華のがいい」

 「…………祈夜くんって本当に年下?そういう事さらりと言えちゃうなんて」

 「本当の事だし」



 かっこつけていても内心はドキドキしているのか、耳が赤くなっているのに気づいたのは彼には内緒だった。

 お世辞にも大きいとは言えない胸を持つ自分の恋人が、実は巨乳好きなのかと思い、少し切なくなってしまったが、勘違いだとわかり、彩華はホッとした。


 すると、祈夜は何故かクククッと笑い始めた。



 「な、何で笑うの!?……そりゃ、勘違いしたのは恥ずかしいけど笑わなくても……!」

 「だって、やっぱり彩華は変わってるって思ったから」

 「そう、かな?」

 「そうだろ。エロい本が彼氏の部屋から出てきたのに、趣味や仕事を疑ったりしないで、中身を確認して自分と比べるなんて。なかなかいないだろ」

 「…………変かな?」

 「いや。俺は好きだよ。そういう所も」

 「…………本当に?」



 彩華が疑いの目で祈夜を見ると、彼は「本当」と言って、片手で彩華の頭に手を回すと、そのまま自分の方に引き寄せた。



 「どんな趣味も仕事も自分なりに受け止めようとしてくれる所とか、漫画本の相手に嫉妬しちゃう所とか。………嬉しい」

 「………本当に巨乳好きじゃない?」

 「まだ言うのか。……ったく」



 真面目な話をして彩華を褒めるので、彩華は照れ隠しでそう言うと、祈夜は苦笑しながら彩華をその場にゆっくりと押し倒した。

 そして、優しく彩華の左胸に優しく触れた。服越しだというのに、彼が触れているところがじんわりと暖かくなるような気がした。



 「俺は彩華がいいだ………。それにさ、確かにさっきのエッチな漫画みたいに彩華を求める事もあるけど………。俺は、描きたいのはさっきみたいな綺麗な女性の体と、恋人とのやり取りなんだ。だから、いろいろ裸のシーンを描いてるものを見てるってわけ。本当の裸体を見るのが1番だけど……まぁ、いろいろと難しいしな」

 「……………」




 彼は作品を仕上げるためにそうやって、勉強しているのだ。他の人から見たら「えっちな事をしている」と卑猥なイメージがある事かもしれないけれど、彼はしっかりとやりたいことを見据えて、そのために努力しているのだ。

 そんな祈夜にあの漫画を見ていたからと非難出来るわけもなかったし、するつもりもなかった。


 祈夜がどんな作品を完成させるか。彼がそれを自信を持って発表できるか。

 それが何より大切だと思った。


 そんな事を考えていたからだろうか。彩華は考えるよりも先に思い浮かんが事を口にしていた。



 「………そのモデル、私じゃだめかな?」



 この言葉を聞いて驚いたのは、祈夜より彩華自身だった。



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