祈夜ルート 12話「隠し事」
祈夜ルート 12話「隠し事」
★★★
ずっと隠せるならば隠し通したいと思っていた。
こんな趣味は、みんなとは違うのだ。それがわかってからは、それをバレないように必死だった。
小学生の頃にとある少女漫画に出会って、泣いてしまうほど感動した。それはありふれた恋愛小説で、特に人気があるわけでもなかった。けれど、丁寧に作り込まれたキャラクター達や背景、洋服などの小物、そしてカラーイラストに惹かれ、そしてそれを一人で描いている事を知り驚愕した。ストーリーも考え、絵も自分で描く。全て自分で想像した世界を描く世界に憧れを抱いたのはその頃からだった。
その日から、祈夜の生活は一気に変化していった。無我夢中で漫画本を読み漁り、絵を描きまくった。それを両親は止めなかったし「夢中になるのはいいことだ」と、褒めてくれた。少しずつ周りの人より絵が上手くなり、両親の店のスタッフに見せて喜ばれるようになった。
そして初めて作った物語をある友達に見せて瞬間に、「おまえ、女の漫画描いてんの?………変わってんな……。これだったら女に見せた方がいいんじゃね?」と、表情が一転して怪訝なものに変わったのだ。
その表情は変わり者を見るような軽蔑したもので、その時に初めて自分は普通ではないのだとわかった。両親や兄、そして店の人たちは「それもいいだろ」と気にしていなかったから祈夜は気づかなかっただけなのだ。
それ以来、自分が少女漫画を描いている事を周りには秘密にするようになったのだ。
専門学校で絵の勉強をするようになった頃、祈夜は運良くとある漫画大賞に投稿したところ見事受賞し、学生の内からデビューする事となった。
そのため、卒業した後からずっと漫画を描き続けそれなりに売り上げを伸ばして生活を安定させてきた。
恋愛などしたことはなかった。
自分の趣味や仕事をバカにされるのが怖かったからだと、祈夜はわかっていた。恋愛をしたことがない、少女漫画かなんて……と自分でも可笑しくなるがそればっかりは仕方がない。自分の理想の恋愛だけは膨らんでいき、それを絵にすると瞬く間に人気作家になった。祈夜の漫画は女性視点のものもあれば、男性視点のものあり、それが面白いと好評だったようだ。それに名前から作家が男性だとわかる人も多く、「こんな恋愛漫画を描ける男性なんて、彼女が羨ましい」など言われたこともあったけれど、苦笑するしかなかった。
この仕事を認めてくれる恋人など見つかるのだろうか。そんな風に少し諦めながら生活している時に出会ったのが彩華だった。
彼女なら自分の仕事を認めてくれるだろうとわかっていたけれど、それでも不安になっていた。
祈夜に対して軽蔑した目で見てきた友人の視線が忘れられないのだ。
そんな時に予期せぬ出会いによって、彩華にバレてしまった。
けれど、祈夜の予想通りに彩華は全く気にする様子もなく「祈夜くんの漫画を見たいな」と言ってくれた。
それが祈夜にとってどんなに救いの言葉だったのか。
彼女は知るはずもないのだった。
☆☆☆
祈夜となかなか会えなかったのは、締め切りが近かったからだと彼から教えてもらった。アシスタントが5人もいるらしいが、2人がインフルエンザになってしまい急に休みが入ってしまったそうだ。そのため、締め切りギリギリまで作業が終らないそうだ。
彩華と会った日はやっと仕事が終わり、ライバルである他の作家の漫画を見て勉強するために訪れたそうだ。
祈夜が仕事の話をする時は少し恥ずかしそうにしながらも、イキイキとしているのがわかり、彼が本当に漫画が好きなのだと伝わってきた。大好きな彼が好きなモノをやっと知る事が出来て、彩華も嬉しくなっていた。
「彩華……泣きすぎだろ」
「だって、このお話スッゴい感動するよー」
次の休日。
彩華は祈夜の家に来ていた。そして、約束通り「イリヤ」の漫画本を読ませてもらう事になっていた。
彼はすでに約10冊の漫画本を出版していた。学生向けの学校での恋愛漫画や、少し不思議な大人向けのものがあった。大人向けのものは完結しているからと先に読むように勧められたが、あまりに切なくドキドキする展開に、彩華は読み始めてからしばらくすると、物語に入り込んでしまい涙が止まらなくなってしまったのだ。
他の作家の漫画を隣で読んでいた祈夜は、突然泣き始めた彩華を見て、驚きながらも涙を拭いてくれる。
「このお話がすごい素敵なんだもん。………こんなストーリーを考えられて、そして絵も描けるなんてすごいね、祈夜くん」
「……大袈裟だよ」
「そんな事ないよ。………この間本屋さんに行った時に、祈夜くんの漫画本を見たんだけど……とっても人気なんだね。平置きになってて、ポップまであったから。その理由は読んでよくわかったよ。絵はとても綺麗だし、お話もキャラクターも魅力的で。私、祈夜くんの描くお話、すごく好きになったよ」
「…………俺が少女漫画描いてるって事、彩華にどんな風に言えばいいのかわからなかったんだ。」
突然、話の内容が変わり、彩華は驚いたけれど、それが彼が話したいことなのだとわかり、彼の言葉をジッと聞くことにした。祈夜が気にしていることは何となくわかっていたので、その話をされる事の方が驚きだった。
「前にも言ったけど、少女漫画が好き、しかも仕事にまでしてる男って、普通じゃない………一般的な趣味でも仕事でもないだろ?実際バカにされたり、信じられないって顔で見られたこともあるしな。………彩華はそんな事を気にするわけないってのもわかってた。きっと、応援してくるだろうって思ってた………だけど、もし違ったらって考えたら……おまえになかなか言い出せなかったんだ。仕事の事とか、内緒にしてて悪かった。………ごめん」
「大丈夫だよ。そんな事、気にしてない」
「………彩華がこうやって俺の作った漫画を読んで泣いてくれたり笑ってくれたり、すごいって笑顔で褒めてくれたりするの。やっぱり嬉しい………他の奴に、何て思われてても、なんか気にする必要なんてないって思えた」
祈夜は真面目な話をするのが恥ずかしいのか、少し頬を染めながらそう言い鼻先を指でかいた。その表情はどこかすっきりとしていて、自分が祈夜の悩みを少しでもなくせていたならいいな、と彩華は思った。
話しが調度一段落ついた時だった。
祈夜のスマホが鳴った。彼はすぐにスマホの画面を見て「編集部からだ………。出てくる」と言い部屋を出た。
忙しそうにする彼を笑顔で見送った後、彩華は先ほど読みかけだった彼の漫画本を見ようとソファに座ろうとした。すると、カーテンに隠されるようにして紙袋があり、彩華が立っていると微かに中身が見えた。そこにも漫画本が入っていたのだ。
「………勉強用かな?それとも、祈夜の趣味かな?」
そんな風に思って微笑みながら、その紙袋に近づいた。そして、1番上にあった本を取り出すと、彩華は唖然としてしまう。
予想外の物がそこにあったからだ。
「…………これは見るべきじゃなかった?」
と、小声が漏れてしまったけれど彩華はそれから目が離せなくなってしまったのだった。
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