祈夜ルート 11話「変わってるな」






   祈夜ルート 11話「変わってるな」




 何故か真っ赤になっている祈夜を彩華は不思議に思いながらも、テーブルに山のようにある少女漫画を1冊手に取った。

 ピンクの表紙に、目が大きくキラキラしている女の子と目付きの悪い黒髪で大人っぽい男性が微笑みあっている表紙が目に入った。いかにも少女漫画らしいイラストだった。



 「あ、この漫画家さんの面白いよねー!昔見てたなー、新刊出てるんだね。あ、こっちのも知ってる!ドキドキするよね?」

 「……………」

 「最近見てなかったけど、途中で見なくなった漫画の続きとか気になってきたかも。私も一緒に見ようかなー」

 「…………」

 「…………祈夜くん?どうしたの?」



 立ったまま、無言で彩華を見つめる祈夜の顔を覗き込む。すると、彼は驚いた表情でこちらを見ていた。まだ、ここで会ったのを驚いているのだろうか。

 彩華が不思議そうにしながら彼の返事を待つと、祈夜がゆっくりと口を開いた。



 「………驚かないのか?」

 「え?……そりゃビックリしたよ。偶然、こんな所で会えるんだもん」

 「そうじゃなくて………俺がこういう漫画読んでるの見てだよ!」

 「………あー少女漫画ってこと?」



 彩華がそう問うと、祈夜はぎこちなく頷いた。

 その様子を見て、彩華はどうして祈夜が驚いたり、ぎこちない態度になったのかを理解した。彼は、男である自分が少女漫画を読んでいる事に驚いていないのかと聞いていたのだ。

 確かに女性は少年漫画を読むのも普通になっているけれど、逆である男性が少女漫画を読むのはあまり見かけない光景なのかもしれない。

 

 けれど、彩華はそこまで驚く事はなかった。

 彼が好きなのだから見ていたのだろう、と思っただけだった。

 きっと、祈夜はそんな姿を恋人に見られてどう思われてしまうのかと心配していたのだろう。

 そう思うと、少しだけ申し訳なく思いつつも、彩華は嬉しくなって微笑んでしまう。



 「………何で笑うんだよ。やっぱり似合わないって思ってるんだろ?」

 


 拗ねたようにそう言う祈夜に、彩華は焦って「違うよ!」と声を掛ける。祈夜は完全に勘違いをしているようだった。



 「私も漫画本よく読むし、好きだよ。だから、男の人が読むのがどうだって……あんまり思わないかな。可愛いものが好きな男の人もいるし、逆にかっこいい物が好きな女の人だっているよ。………私が今笑ったのはね………祈夜くんの新しい一面が見れて嬉しいな、って思っただけだから」

 「…………」



 祈夜はポカンとした表情を見せた後、クククッと笑い始める。それは彼が喜んでいる時だと彩華はわかっている。



 「やっぱりおまえは変わってるな。普通ならひくところだぞ」

 「そんなことないと思うけど………」

 「………彩華、これから時間あるか?」

 「うん……仕事は終わったから大丈夫だけど」

 「おまえに話したいことあるんだ」

 「………わかった」



 彼が何を話すつもりかはわからない。

 けれど、偶然出会った事で、彼の新しい側面を知れただけではなく、久しぶりに一緒に居れる事になり、彩華はそれだけで寂しさが吹き飛んだのだった。





 彼が連れてきてくれたのは、祈夜の家だった。リビングやキッチンは前に来たよりも荒れていて彼が忙しくしていたのがよくわかった。

 いつものようにリビングに通されると思ったけれど、祈夜はいつもと違う場所に案内してくれた。

 そこは、祈夜が作業場と呼ぶ部屋だった。いつもは「荒れてるから」と見せてくれなかった場所。その扉の前に立って、祈夜は「ここは俺の仕事部屋だ。………彩華に見せたいんだ」と、言ったあと、ゆっくりとドアを開けて彩華を招いてくれる。



 祈夜が電気をつける。すると、部屋の中の様子がわかる。広々とした部屋には、多数の机が置いてあった。そして、壁にはいろいろな画材や紙が置いてあり、事務所のようだった。だが、その他にもあるものが大量にあった。漫画本だ。本棚には沢山の漫画本が並べられていたのだ。



 「すごい………この部屋で仕事しているの?」

 「そう。俺の机はこっち」



 祈夜がそう言って見せてくれたのは一番奥にある、一際大き机がある場所だった。

 そして、その上には見たこともないものが沢山並んでいた。


 台に乗せられていた1枚の紙を彩華に差し出した。



 「これが俺の仕事なんだ」

 「………これ………」



 その紙を見て、彩華は驚きの声を上げた。そんな様子を祈夜は横で苦笑しながら見ていた。



 「……俺、漫画家なんだ。少女漫画の」

 


 そう言って、顔を赤くしながら祈夜は教えてくれた。恥ずかしそうにしながらも、少し得意気でその表情にはどこか誇らしさも見られた。



 絵を描く仕事なのだと彩華は思っていたけれど、漫画家とは思わなかった。彩華が受け取った紙には繊細で優しい色使いで描かれた女の子の絵があった。カラーイラストのようだ。



 「イリヤって名前でやってる。3年ぐらい前にデビューしたんだ」

 「すごい、すごいね!!こんな可愛い女の子か描けるなんて。漫画本とか出してるってこと?」

 「まぁ、漫画家だし」

 「見たい!祈夜くんの漫画本読んでみたい!」

 


 彩華が興奮した様子でそう彼に言うと、祈夜はまた困ったような微笑んだ。



 「…………普通なら、男が描くなんてって思うだろ」

 「………祈夜くん」



 その時、彩華は月夜のスタッフが言っていた言葉を思い出した、「あいつは変わっている」と言っていたのだ。

 祈夜の仕事は、変わっているのかもしれない。でも、全く変ではない。けれど、彼自身が気にしているのではないか、と彩華は思った。そうでなければ、何度も同じような事を聞いてこないだろう。



 「思わないよ。私の恋人はこんなに可愛い絵を掛けるんだよって、自慢したいよ。漫画本も読んでみんなに勧めたいくださいだもん。最近読まなくなったから、祈夜くんの事知らなかったけど………いろいろチェックして、イリヤのファンになりたいな」

 「はははっ…………ファンになるなら、発売されてる漫画本全部読まないとな」

 「うん、読みたい!絶対買うよっ!!」



 彩華は手に持っていた彼のイラストをうっとりとした目で眺めながら、「楽しみだなー」と言葉をもらした。

 彼の考えるストーリーはどんな物なのだろうか。どんなキャラクター達を生み出しているのだろうか。それが読む前から楽しみで仕方が仕方がなかった。帰りに本屋に寄って帰ろう。そんな事を一人で考えていると、不意に祈夜が近づいてくるのがわかった。



 「あ、ごめん。貴重な原稿ずっと持ってて………」



 てっきり原稿を受け取ろうとしたのだと思ったが、祈夜はそのまま彩華を抱きしめた。

 彩華は驚き、声が出なかった。



 「………彩華………ありがとう」



 祈夜の囁く声が耳元で聞こえた。その声が少し震えていたのを、きっと気のせいではないだろう。



 「私の方こそ、教えてくれてありがとう、だよ」



 原稿や漫画本に囲まれた、彩華にとっては見たこともない、夢が溢れるこの場所で、2人はしばらくの間抱きしめ合ったのだった。




  

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