祈夜ルート 10話「偶然の秘密」






   祈夜ルート 10話「偶然の秘密」





 「やっぱり喧嘩なんかする女はダメって事なのかな!?」



 彩華は、とある居酒屋の個室に居た。

 最近の悩みのせいか、いつもよりお酒を飲んでしまい、しゃべるのが楽しくなり、気持ちよささえも感じてしまう。そのためか、言葉が止まらなくなってしまっていた。

 その声を受け止めているのは、もちろん茉莉だ。少しうんざりした顔をしつつも、しっかりと最後まで話を聞いてくれるところが優しい。



 「ダメじゃないでしょ。だって、喜んでくれたんでしょ?祈夜くん」

 「そうだけど。……考えてみれば、その日以降は何だか素っ気ないというか、会ってもすぐに帰っちゃうというか………」

 「お泊まりしてないんだ」

 「う………うん………」

 「構って貰えないから寂しいんだ。年上の余裕全くないねー」



 ため息をつきながら、ニヤニヤと笑いビールを飲む茉莉に彩華がじっとりとした重い視線を送った。



 「余裕なんてあるはずないよ。……初めての好きな人だし、恋人だよ?どうしていいのかわからないよ」



 彩華は、俯きながら弱々しくそう言葉をこぼした。




 月夜の店での一件があったあの日以来、祈夜となかなか会えない日々が続いた。

 それまでは彼が時間を作ってくれたり、職場近くまで迎えに来てくれたりしていたので、彼との時間が沢山あった。けれど、今は会ったとしても夕御飯を一緒に食べるだけで、その後はすぐに帰宅してしまうのだ。理由は祈夜が仕事で忙しいからだ。


 クリスマスの予定を聞いてからというものの、彩華が月夜に連絡しても「悪い、忙しいから」と言って、焦った様子で電話を切ったり、メッセージの返事を返したりしてきたのだ。

 突然の態度の変化に、彩華は焦るしか出来なかった。不安になって彼の家に行こうとも考えたけれど、忙しいと言っているのに突然家に押し掛けるのも悪いなと思っていたのだ。



 今までのやり取りを思い出すだけで、彩華は大きなため息をもう一度落としてしまう。


 すると、茉莉は慰めるように「大丈夫じゃない?」と言ってくれる。



 「今まで話しを聞く限り、祈夜くんってマメだし、彩華の事大好きだと思うから。本当に忙しいんじゃないかな。彩華だって年末なんだから忙しいでしょ?」

 「………そうだけど………」

 「彩華は忙しい時に「遊んで~」とか。かまって」って言われたら嬉しい?」

 「嬉しいけど………少し困ったりするかな………持ち帰りの仕事もあったりすると、会えても仕事しなきゃいけないし……」

 「そういう事だよ。社会人でしっかり仕事している人なら余裕なくなるぐらいに忙しくなる事ってあるの、彩華も知ってるでしょ?しかも、祈夜くんは年齢的にまだ社会人になったばっかりだと思うし………」

 「…………」

 「さっきも言ったみたいに、少し余裕を持って彼を待ってあげてもいいんじゃない?クリスマスは残念だけど……年末まで、我慢して、それでもダメなら話してみるとか」

 


 酔っぱらっていた頭の中が覚めていく。

 茉莉の考えを聞いて、いかに自分が冷静ではなくなっていたのかがわかった。彼女の言った通り誰でも忙しい時期があり、余裕がなくなると誰とも連絡を取れない時だってあるのだ。

 そんな事もわからなくなるぐらいに、彼に甘えていた自分か恥ずかしくなった。



 「………そうだね。少し待ってみる」



 空になったグラスを持ちながら彩華が小さな声で呟くと、茉莉は苦笑しながら彩華に優しく話しかけた。



 「初めての経験なんだから、不安になるのも仕方がないよ。今は我慢して、その気持ちを祈夜くんに伝えればいいよ。そしたら、きっと彼もわかってくれるはずだよ」

 「………うん。ありがとう………」



 初めての恋愛で困っているときに、こうやって優しく教えてくれる友達がいる。茉莉の感謝をしながら、彩華は彼女にお礼を伝えた。







 茉莉のアドバイス通りに彩華はなるべく彼に連絡をしないようにした。もちろん、「無理しないでね」と仕事を応援してはいたけれど、そのメッセージの返事もいつも遅かったので、彼はよほど忙しいのだろうとわかった。

 彩華は祈夜の事を考えすぎないように仕事に没頭した。と言っても、年末は保育士の仕事が忙しくなるのも同じで、平日はボロボロになるまで働いた。週に1回、月夜のお店に行ってご飯を食べていたけれど、今週はその頻度が多かった。平日に終わらなかった仕事は休みの日にやる事になり、彩華は休みの日も自分の部屋でパソコンとにらめっこをしていた。







 「あー………何でこんな忙しい時期にパソコンが動かなくなるのー!」



 フリーズしてしまったパソコンの画面を見つめながら、ため息と共につい大きな声が出てしまう。

 仕事をしている内に何故かパソコンが動かなくなってしまったのだ。あと少しで書類が完成するという所だったので、彩華はがっかりしてしまう。幸いSDカードにデータは保存したばかりだったので、休みを返上して作り上げた書類がパーになることはなかった。けれど、ここまできたら完成させたいのが本音だ。


 そこで、彩華はしばらく考え込み、ある事を思い付いた。



 「確か、駅近くのネットカフェでパソコン使えたはず!」



 思い立ったが吉日。彩華はすぐにコートを来て財布にスマホ、そしてSDカードと鍵をバックに入れて家を飛び出した。

 外はもう夕焼け色に染まっていた。吐く息は白く、気温が下がっているのがわかった。「寒い…………」と、思わず独り言がもれてしまうほどだった。



 家から小走りで駅周辺へ向かう。

 すると、今日はやけに人が多いように感じた。休みの日だからだと思いつつも、恋人同士が目立っていた。皆が、とてもワクワクした様子で歩いている。そして、クリスマスツリーの前で写真を撮ったり、眺めたりもしているのだ。そこで、彩華はようやく気づいた。



 「そっか……クリスマスデートか」



 今年のクリスマスは平日だ。

 そのためクリスマス前の土日に、一足早くクリスマスを過ごしているのだろう。恋人へのプレゼントを持った人々が多く見られる。皆が幸せそうにしているのに納得してしまう。


 彩華はそんな人々を見つめながら、寒さでかじかんだ手をギュッと握りしめた。



 「寒いな………」



 彩華はすぐにその光景から視線を外して、その場から逃げるように駆け出した。




 駅近くにあるネットカフェは空室があったので、彩華はすぐに仕事を終わらせる事が出来た。この店には来たことがなかったが、漫画本やDVDの種類が豊富だった。そのため、人は沢山いるようだった。



 「折角だし、少し読んでみようかな………」



 彩華は何冊が漫画本を選び、ホットコーヒーを持って自分の個室に戻ろうとした。フッと視界に入ったのは、オープンスペースで漫画を読んでいる人たちだった。パソコンを使わないで漫画や雑誌だけをみる人は、オープンスペースで見ることが出来るようだった。

 そこに、大量の漫画本をテーブルに置き、夢中になって読んでいる人の横顔に目が留まった。幼さが残るけれど、その瞳は真剣そのもので、大人っぽさも感じられる。少し長めでふわふわの髪は、何故か猫のように感じられた。瞳は少しつり上がっており、まるで黒ねこみたいだと思ってしまう。


 彩華はゆっくりと近づくけれど、その男性は全くこちらに気づかないようだった。集中しているのに申し訳ないと思いつつも、久しぶりに会えたので、彩華は止めることが出来なかった。



 「祈夜………くん?」

 「っっ!!」



 偶然同じネットカフェに居たのは、恋人である祈夜だった。突然声を掛けられて驚いたのか、体を大きく震わせた。


 そして、咄嗟に立ち上がり彩華を見た。



 「あっ、彩華………おまえ、どうしてこんな所に………」

 「家のパソコンが壊れちゃって仕事が出来なくて………偶然だね。祈夜くんは、何してたの?」

 「え、あ……それは………」



 祈夜は読んでいた本を咄嗟に自分の背中に隠した。彩華は不思議に思いながら、テーブルの上の漫画本を見た。



 「あぁ………それは………」

 「………少女漫画………?」



 祈夜の目の前には大量の少女漫画が置かれていたのだ。その言葉をもらした彩華を見て、祈夜は顔を真っ赤にしたまま固まってしまったのだった。




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