祈夜ルート 9話「終息と新たな不安」






   祈夜ルート 9話「終息と新たな不安」





   ☆☆☆




 祈夜が心配して駆けつけてくれた。

 それだけで、怪我をしたとしても笑顔になれる、彩華はそう思った。


 そして、無茶をした事を先に怒るでのではなく、「ありがとう」と言ってくれる。やはり、彼は優しいと感じられる出来事だった。



 その後、祈夜が心配だからと遅くまでやっている病院へと2人で向かった。眼科に行くと、眼球などに傷などはないから大丈夫だろうと診断を受けたので、祈夜は安心した様子だった。そのまま、祈夜は彩華の家まで送ってくれた。彩華の家には数回来てくれた事があり、今日もコーヒーぐらい出すと言って、彼を引き留めた。


 祈夜の家とは違い、彩華の部屋は小さい。その部屋にあるソファはないため、絨毯をひいた床にクッションを置いて座る。すると、祈夜はすぐに彩華を抱きしめてくれる。



 「………怒ってる?」

 「よくわかんない。嬉しいけど、でもイライラもする」

 「そっか」



 祈夜のぶっきらぼうな声が耳元で響く。

 それがとても心地いいと感じてしまうから不思議だ。彩華は腕を伸ばして、彼の事を抱き返す。



 「店内で騒いでしまったり、言い合いになってしまったの……大人気なかったと思って反省してるよ」

 「………違うんだ………!」



 祈夜はそう言うとパッと声を上げる。そして、彩華の顔を見つめて、泣きそうな顔で話し始めた。



 「………嬉しかったのは本当だ。俺の事だけじゃなくて、兄貴の店の心配までしてくれたし。そして、俺が悪く言われれば否定してくれたんだろ?……それは嬉しいんだ。俺の事好きでいてくれてるんだって実感出来るから」

 「祈夜くん…………」

 「でも、俺の事でお前が傷つくのはイヤなんだ。それなら俺が何を言われても我慢して欲しいって思う………」



 祈夜の気持ちは痛いほどわかる。

 もし、自分がされたらどう思うか。彩華が子ども達によく教えている言葉だ。それを自分自身に問い掛けてみる。すると、祈夜と同じ気持ちになる。


 けれど、それと同時に我慢出来ないだろうとも思うのだ。

 自分の愛しい人が、目の前で知りもしない人に貶され馬鹿にされる。それはとてもとても悔しいものだった。



 「………祈夜くんの気持ちもわかる。けど、私我慢出来ないかもしれない。祈夜くんの事、大好きだから」

 「でも………」

 「だから、祈夜くんの前では我慢しないね」

 「………え?」

 「とっても悔しかったよ。祈夜くんはお兄さんの事やご両親の店を大切にしたいと思っているだけなのに。そして、店の手伝いをしてるだけなのに………とっても悔しかった!優しくてかっこいいんだよって言いたかった!」

 「あ、彩華?」

 「言い合いになってしまったけど、まだまだ彼女達に言いたいことあったんだよ!……でも、やっぱり少し痛かったし、ドキドキしたし………怖かったんだ。わかってもらえないかもしれないけど、少しでもいいから祈夜くんの事、違う目線で見て欲しいって思ったんだ」




 人に怒るのはとても怖いし、体力も使う。

 違う意見を言う相手に「違うよ」と伝えるのも緊張する。

 今までは逃げてきた方かもしれない。

 けれど、あの時は逃げようなんて思わなかったのだ。

 自分の事なら我慢出来たし、何て思われてもいい。

 けれど、祈夜の事は違うと思ったのだ。



 その時の鋭い視線や店内のピリピリとした雰囲気を思い出しては、目に涙が浮かびそうになる。目の脇もヒリヒリ痛む。

 けれど、彩華は祈夜に向かってにっこりと微笑みかけた。


 あなたとあなたの大切な守れて良かったという気持ちを込めて。



 すると、祈夜は目を見開いたけれどすぐに優しく彩華を見つめる。それは少し前に兄である月夜について語っていた時と同じ、キラキラとした瞳に見えた。



 「彩華はすごい………な。おまえと会えてよかった」

 「え……なんで………」

 「俺の前では素直になって。受け止める、から」



 「ありがとう」と言う彼への言葉は祈夜の小さなキスに食べられてしまう。

 触れるだけの少し焦れったいキスだった。けれど、それが彩華を安心させたのだ。



 「なぁ……今日泊まっていいか?……何にもしないから」

 「何にもしないの?」

 「………キスぐらいはするけど……今日なんかそういう感じじゃない」

 「……私も一緒にくっついて寝たいな」

 「じゃあ、泊まる」 



 鼻同士が当たるほど近づきながら、彩華と祈夜はクスクスと微笑み合う。

 祈夜はもう一度キスをするが、今度は唇ではなく、彩華の目の脇。怪我をしてガーゼで覆われた場所だった。



 「ありがとう。兄貴と両親の分も含めて俺からお礼するから」

 「……いいのに」

 「俺の事いらないのかよ」

 「いるけど」

 「じゃあ、貰っとけ」



 そう言うと祈夜にまた強く抱きしめられる。

 彼の香りと体温を感じながら彩華は瞳を閉じた。


 このまま、眠ってしまったらどんなに幸せなのだろうか。

 それもいいかもしれないな。



 そんな風に、彩華は思って祈夜の胸に自分の顔をうずめた。











 それから、月夜の店には平穏が訪れた。

 ホスト時代の月夜のお客の姿は疎らだったが、毎日賑わってはいたのだ。

 月夜がキレたという噂は客達の間であっという間に広がった。怖がるものや、怒ってもうこなくなった客も多かった。もちろん、彩華に怪我をさせたあの女性も月夜の前に姿を表す事はなかった。

 今でも、月夜の店に通っている女性は月夜に今までのマナー違反を詫びてそれでも来たいと話をした女性達だった。

 月夜はそんな彼女達の事をもちろん許し、店へと招いた。


 そこからは、何処にでもあるお洒落で落ち着いたレストランに戻ったのだった。

 


 彩華はあんな事があり、その店に行くのが申し訳なかったけれど、月夜からどうしてもと呼ばれて行くと、月夜やスタッフから最大に歓迎された。豪華な食事を頂き、「これからはいつでも遊びに来てね。彩華はいつでも僕が奢るから。あ、来ないと怒るからね」と、月夜に言われてしまったのだった。彼に怒られるのは、あれを見てからは怖いと思いつつ、時々顔を見せることを約束した。





 そんな騒動が終息に向かい、彩華はまた彼との穏やかな時間を過ごせると思っていた。それに、世間ではクリスマスムード一色。

 初めて出来た恋人。そして、恋人と過ごすクリスマス。それを楽しみにしない女性はいないだろう。もちろん、彩華もそんな女性の一人だった。


 どこかのお店でお洒落に過ごすのか、それともどちらかの家でまったりとクリスマスツリーを眺めながら過ごすのか。クリスマス一色の街を2人で歩き、イルミネーションを見るのもいいな。

 最近は、そんな事ばかり想像してしまう。 




 「ねぇ、祈夜くん!クリスマスどうしようか?」



 クリスマスが今月になった12月の頭。彩華は電話越しに彼にそう質問した。

 男の人はクリスマスに興味がないのだろうか。祈夜は全くそんな話を出してこなかったのだ。痺れを切らした彩華が自分から話を振ったのだ。


 すると、祈夜は電話口で少しの間の後に、小さく返事を返した。



 『………悪い。今、忙しくてクリスマスは会えない』

 「え………」

 『年末には会えるように時間作るから』

 「そ、そっか………大変だね」



 どうにか冷静を装って返事をしたけれど、心の中では「えぇーー!?」と叫びたいぐらいだった。


 その電話を最後に、彩華はしばらくの間彼と会うこと出来なくなった。




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