祈夜ルート 8話「和やかな店」






   祈夜ルート 8話「和やかな店」






   ★★★




 祈夜のスマホに珍しい人から連絡が来た。

 月夜の店のスタッフからだった。兄が帰ってきた時、店についての電話は、月夜に行くはずだった。急にスタッフが休みになったりメニューの変更についての連絡だ。今居るスタッフは勤務歴が長いので、そんな電話がかかってくる事自体稀だった。

 不思議に思いながらも通話ボタンを押す。



 『祈夜さん!大変ですー!』



 その途端に耳元で叫び声が聞こえた。

 祈夜は驚き顔をしかめた。けれど、スタッフの中でも1番若い男性は焦っているようで、なかなか内容が伝わってこない。



 「どうしたんだ?ゆっくり説明してくれ」

 『あの……店で暴れてて……あああ………』

 「ん?誰か客が暴れてるのか?」

 『お客さんも暴れていましたが、月夜さんもというか………』

 「あー………なるほど」



 月夜が暴れているというのを聞いて、祈夜は何故かすぐに店の状況がわかってしまった。きっと、月夜の『あれ』が出てしまったのだろう。久しぶりだな、と思いながらも「はぁー」と溜め息をついた。誰がその相手になったのか多少気の毒に思ってしまうが、祈夜は仕事を中断させて店に行かなければなからないなと、立ち上がろうとした。



 「今から行く」

 『本当ですか!?よかった………彩華ちゃんも巻き込まれて怪我してるので』

 「彩華がっ!?おまえ、それ早く言えよっ!」



 相手のスタッフが『す、すみませんー!』と言っていたようだが、すぐに通話を終わらせてコートを羽織って家の鍵とバイクの鍵を持って家を飛び出した。

 家から店まではすぐの距離だったけれど、少しでも早く店に行きたかった。

 何故、店に彩華が居て、そして怪我までしているのか。どんな状態なのか聞いておきたかったが、その時間に店に向かった方が早いと祈夜は判断したのだ。



 「彩華………」



 祈夜はバイクに跨がり、急いで店まで向かった。緊張のせいでバイクに乗っていてもあまり寒さは感じないのが不思議だ。

 考えるのは、彩華が倒れている姿。祈夜は短い時間で到着するはずなのに、何故かとても長い距離を走っているような気さえした。






 「彩華っ!!」



 飛び込むようにしてドアを開けて店に入る。すると、カウンター席に座る彩華に月夜が寄り添い、その周りにスタッフと常連客の夫婦が立っていた。突然走ってきた祈夜を見て、驚いた様子でこちらを見ていた。



 「祈夜くん!どうしたの?」

 「どうしたはこっちだ。怪我したって聞いた」

 「あ、僕が連絡しました。………心配だったので」

 「そうだったのか。祈夜、心配かけたね。俺が我慢出来なくて、その………またやってしまったんだ。それに、彩華ちゃんを巻き込んでしまったんだ」

 「そんな事………私が先に我慢出来なかっただけです」



 そんな風に彩華と月夜はお互いを庇い合っている。すると、常連客の老夫婦がニコニコしながら口を開いた。



 「このお2人は祈夜くんをバカにされて怒ったんだよ。本当にかっこよったんだ。君にも見せたかったよ」

 「あ、それは………」

 「幹さん、それは言わなくても」



 彩華と月夜は祈夜をちらりも見て、視線が合うと恥ずかしそうに苦笑した。



 「そうよ!とっても素敵だったのよ。私たちが月夜くんがやんちゃだった頃を知っているから、怒った姿を見ても何だか懐かしくなったわー。でも、最近店の雰囲気が気になってたから……月夜くんにあぁやって怒って貰えてすっきりしたわ」

 


 幹夫婦の奥さんが笑顔でそう言ってくれる。この夫婦は祈夜が生まれる前からの常連客で、祈夜の両親の古いお客だった。この夫婦も店の事を心配していたのだろう。安心した様子でそう語ったのを見て、兄が何がしたのかが想像出来てしまった。



 「月夜さん、やんちゃだったんですか?」

 「あー……それは………」

 「昔コンビニの前とかに溜まってる不良少年だったんだろ?学校の鏡割ったり、バイク乗り回したり、金髪にしたり………」

 「祈夜、それ以上は止めてくれ。恥ずかしすぎる」



 そう言って片手で顔を覆う月夜を驚きの表情で見ているのは彩華だけだった。

 祈夜はともかく昔からの常連客やスタッフは、その事を知っているのだ。昔は散々迷惑をかけられたのだ、こうやって恥ずかしい思いをするぐらいはしてもらわないと、と月夜は何かある毎にこの話をして月夜を困らせていた。



 月夜は昔、優秀だったけれど何故か高校の頃から荒れ始めて大学もいかずにふらふらとしていた。社会人になる年にも全く働こうとしなかった頃に、両親はそろそろ店を辞めたいと話されたのだ。それまで遊んでいた月夜だったが、両親や店の事を考えるようになり、ホストをして店の改装資金を貯めて、しっかりと働くようになったのだ。勤めた店も悪くない所だったようで、しっかりとした接客の仕方を教えて貰ったようで、少しずつ月夜は変わっていったのだ。

 そこからは、今の月夜になった。もともと整っていた顔に清楚感が加わり、月夜は人気になった。怒りやすいところもなくなり、口調も優しく穏やかになっており、両親も祈夜も安心したのだった。

 けれど、時々我慢が出来ないぐらいに怒ってしまうと、昔の癖で口調が悪くなってしまうのだ。

 きっと、それが出てしまったのだろう。



 祈夜は、彩華を見て元気そうに笑っていたので、ホッとした。けれど、よくよく彼女を見ると手には氷水が入った袋を持っており、髪で隠れていた目の脇が赤く腫れているのにようやく気づいたのだ。



 「おいっ………彩華、その傷……」

 「あ………これは、大丈夫だよ。冷やしてれば治るから」

 「いいから見せろ」



 祈夜は彩華に近づき、彼女の顔を覗き込んだ。すると、目のすぐ脇がみみず腫になり、真っ赤に腫れて居た。そして、そちらの片目は少しだけ充血してるようにも見えた。



 「………酷いな………何されたんだよ」

 「ホスト時代の女の子が振り回したバックのチェーンが彩華ちゃんの顔に当たったんだ。………守れなかった俺のせいだ。ごめん、彩華ちゃん、祈夜」



 そう言った後、祈夜が居ない時に何があったのかを詳しく教えて貰った。

 彩華が店の事を心配してくれていた事、自分を悪く言った奴に怒ってくれた事。それは月夜も嬉しかった。

 けれど、無茶はして欲しくないというのが、本音だった。彼女が怪我してしまったり、傷つけられるのが何よりも辛いのだ。


 

 「………彩華、ありがと」



 だが、口から出た言葉は、それとは全く違うものだった。

 彩華が自分のために、してくれたのだ。まずは嬉しかった気持ちを伝えたかった。彼女が自分を思ってくれたのが幸せだと思った事を。



 「ううん………来てくれてありがとう」



 傷つきながらも、嬉しそうに笑ってくれる。それが嬉しかったけれど、やはり視線は紅く腫れた部分に言ってしまう。



 「………けど、やりすぎだ。怪我するなんて」

 「………それはごめんなさい。………でも」

 「でも、じゃない!」

 「祈夜くんの意地悪」

 「意地悪じゃないだろ。子どもじゃないんだから………」



 彩華とそこまで話したところで、周りの視線に気づき、ハッとした。

 今までのやり取りを兄やスタッフ、そして常連客に見守られていたのだ。



 「お兄ちゃんは嬉しいよ。祈夜が幸せそうで」

 「っっ!!」



 月夜の言葉で、彩華と祈夜が真っ赤になったのは言うまでもなかった。



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