祈夜ルート 5話「悩み事」
祈夜ルート 5話「悩み事」
彩華が嫉妬を感じる日は、またすぐに訪れた。
それは彼の兄が帰国して、店に戻って来てからだった。
彼とは少し違った瞳はたれ目で、でもニコニコと笑顔がたえない、優しそうな男性だった。旅をしているだけあって、肌は日に焼け、そしており、何だかミステリアスな雰囲気を持っていた。
「月夜です。うちの弟をよろしくね、彩華ちゃん」
そう言って差し出された手はとてもゴツゴツしており、男らしさを感じさせられた。そんな彩華と兄の月夜を見て「握手までしなくていいのに」と、祈夜はむつけていた。
月夜さんとの和やかな時間は、開店前のわずかな時間だけだった。
開店すると、次々にお客さんが入ってきたのだ。そして、その大半が若い女性客だった。
「月夜さん、おかえりなさいー!」
「月夜さんがいない間寂しかったです」
「会えて嬉しー!」
と、カウンターの席はすぐに埋まり、テーブル席もほぼ満席となったのだ。カウンターで仕事をしている月夜の周りに集まる女性達を見て、彩華は唖然としてしまった。まるで、何かのアイドルの追っかけやホストクラブのようだと思ってしまった。
そんな月夜を見て、祈夜は「また始まった……」と、ため息をもらした。
「またって、いつもこうなの?」
「兄貴が帰ってくるといつもこうだ。兄貴は少しだけホストクラブで働いてたんだ。この店を続けるために資金を稼いでた。だけど、すぐにその目標金額を達成するぐらいに人気になってしまったみたいで。けどすぐに辞めてこの店で働き始めたら………」
「ホストクラブのお客さんが来るようになったのね」
「あぁ……まぁ、ある意味大盛況で、経営も上手く行ってるけどな」
「………お兄さん、すごいね」
「………尊敬してるよ。本当に」
苦笑しながらそういう祈夜だったが、その眼差しはまっすぐ兄に向けられていた。表情や声のトーンで彼が月夜を大切にしているのは、伝わってきたので、彩華は心が温かくなった。
「そこまでこの店を始めたかったんだね、お兄さん」
「親父とお袋が作った店だからな。2人とももうそろそろ引退するって店を売ろうとしたんだけど、それを兄貴が止めたんだ。「自分が跡を継ぐ」ってな」
「かっこいいね、お兄さん」
「あぁ」
お客さんに囲まれ、いろいろな話しをしている月夜。仕事が捗らないだろうが、月夜はとても嬉しそうだった。
こうやって、両親が作った店を続けられるのが嬉しいのだろうな。そんな風に彩華は感じて、祈夜と一緒に笑顔で接客をする月夜をニコニコと眺めていた。
「祈夜くーん!この間ぶりだね」
「………あぁ……どーも」
肩の出たニットワンピースを着た女性が、祈夜の肩をトントンと叩き、顔を覗き込んできた。そこに居たのは、先日大型テーマパークで会ったお客の美保子だった。
彩華も会釈をすると、「あ、彼女さんも!こんばんはー」と、手を振った。その言葉が店内に響き渡った瞬間、女性達の視線を一斉に浴びた気がした。彩華は驚き、思わず肩が上がってしまった。「え、今、彼女って言った?」「月夜くん、あの子だれー?」「祈夜くんの彼女ねー」と、コソコソと話をする声が耳に入り、彩華は思わずうつ向いてしまう。
月夜のお客さんは皆華やかで、とても綺麗だった。自分が似合う着飾り方を知っているのか、キラキラして自信に溢れているようだった。
他の人と自分を比べるのは良くないとはわかっている。けれどもやはり目の前に綺麗な人が居たら、悲しくなってしまうのも事実だった。
「今、彼女とデート中だから。話しかけないで」
「………え、でも、私も祈夜くんと話したい」
「いや、ここホストクラブとかじゃないし、俺は今ここの客で働いてないから」
「そんな事言わないでよー!祈夜くんは相変わらず意地悪なんだから」
祈夜は美保子にしっかりと断りを入れたけれど、彼女は諦めきれないようで、何度も誘ってくる。祈夜の表情が雲ってくるのも気にしていないのか、気づいていないのか。
彩華の方がハラハラとしてしまう。
すると、祈夜は大きくため息をついた後に、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「………じゃあいいよ。俺たちが出てくから」
「え………」
祈夜はズカズカとカウンターに立っている月夜の元に行き、「これ会計分」とお金を渡すと、彩華の元に戻り「家に行こう」と帰るよう促した。「う、うん………」と、返事をしながら
帰る準備をする。彩華は恐る恐る美保子を見ると、目がつり上がり怒りを隠しきれない表情をしていた。
「………祈夜くん!」
「じゃあ、ごゆっくり」
祈夜の名前を呼んで引き留めた美保子に軽い視線を送った後、祈夜はそう吐き捨てるように美保子に言うと、祈夜は彩華の手を取って店を出た。
彩華が1度後ろを振り替えると女性客は唖然とし、月夜は苦笑しながら手を振っていたのだった。
足早く歩く祈夜の後ろを早足て歩く。
何かを考えているのか、祈夜は全く彩華の方を向いてくれなかった。
「祈夜くんっ!」
しばらく歩いた後、彩華が彼を呼ぶとハッとした様子で後ろを振り向いた。
「悪い……歩くの早かったな。イライラしてて早く家に帰りたかった」
「うん………大丈夫?」
「せっかく店に来てくれたのに悪いな」
「ううん………大丈夫だよ。祈夜くんが私の事紹介してくれて、嬉しかった」
「…………本当はイヤなんだ………。あのホストだった頃の客がいるせいで、おやじ達の常連客がいきにくくなってる。もちろん、俺だって………」
「…………祈夜くん」
祈夜は、今の店の現状を悩んでいるようだった。お客が来てくれなければ店は潰れてしまう。しかし、月夜が目的で会いに来る女性のマナーの問題で他の客が迷惑している。
難しい問題だなと思ってしまう。
「お兄さんは何て言ってるの?」
「………迷ってる。だけど、お客さんが来てくれるのは嬉しいらしい」
「そっか………」
彩華は何と言えばいいのかわからずに、彼の手を優しく握りしめる。すると、「悪い。変な話したな」と、祈夜は彩華に謝罪した。
その後、彩華の家に行き2人の時間だけの穏やかな時間を過ごした。
けれど、彩華には月祈と祈夜の表情が忘れられずに居たのだった。
それに、月祈が好きな客は確かに多かったけれど、祈夜に向けられている視線も確かにあった。祈夜の彼女だと美保子が店内で言った瞬間、悲しむ人や彩華を睨み付ける女性が居たのに彩華は気づいていた。
「やっぱり祈夜くんだってモテるじゃない………あんな事があったのに、嫉妬しているなんて………醜いな」
彼の寝顔を見つめながら、彩華はそう呟いたのだった。
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