祈夜ルート 4話「嫉妬心」






   祈夜ルート 4話「嫉妬心」




 事後のまどろんだ時間。


 彩華は恥ずかしさから彼から離れて布団に潜ってしまったけれど、祈夜はそれを許してはくれずすぐに後ろから抱きしめられてしまった。



 「………恥ずかしかった……」

 「そうなのか?俺は嬉しかったし、気持ちよかった」

 「そ、それは良かったです………」



 彩華は彼の言葉を聞いて言葉を詰まらせながらそう言うと、祈夜は「なんで敬語になるんだよ」と、笑った。


 ぶっきらぼうで少し強気な祈夜だが、初めて体を合わせた時はとても優しかった。これが、恋人とする肌と肌を触れ合わせるという事なんだと知ると、気恥ずかしくも少しだけやっと大人になれたのだ、と思った。

 異性に裸を見られた事もなかったし、知識だけではわからなかった感触や彼の視線や表情など、恥ずかしさは想像以上だった。

 けれど、祈夜は「大丈夫だから」「可愛い」など、彩華が安心出来る言葉を言ってくれた。




 「彩華はどうだった?初めだったんだろ………痛かった?」

 「ううん………大丈夫だよ」

 「じゃあ、気持ちよかった?」



 耳元でそう囁かれると、また体が熱くなりそうで、彩華は俯きながら小さく頷く。すると、祈夜は「よかった」と小さく息をついた。



 「というか、こっち向け」

 「恥ずかしいんだってば」

 「俺だって裸だろ?」

 「そう言う問題じゃなくて………」

 「じゃあ、俺の話は止めてもう寝るか……」

 「うー………意地悪」



 彩華は小さく文句を言い、渋々彼の方に体を向けた。顔を真っ赤にしながら彼を見上げると、彼の頬も少し火照っているもわかり、安心してしまう。



 「本当に彩華が俺の部屋に居て、俺に抱かれてるとか夢みたいだな」

 「………それは私も同じだよ」

 「そっか………。これからよろしくな、彩華」

 「こちらこそ、よろしくね。祈夜くん」



 彩華は自分から彼の手を取り握りしめながらそう言うと、祈夜は嬉しそうに微笑み、彩華をまた強く抱きしめた。







 お風呂を借りて、祈夜のパジャマも着た。温まった体でベットに横になっていると、緊張していたはずなのに、ウトウトとしてしまう。

 彼がお風呂から上がってくる頃には、瞼は半分以上閉じていて、祈夜には「寝ててよかったのに。寝顔みたかった」と言われてしまった。


 それでも彼との時間をまだ楽しみたくて、2人でベットに横になった。

 お互いの事を話していくうちに、彼の事が知れて彩華は嬉しかった。



 「彩華はずっと保育士かー。今度、仕事してるところこっそり見てみたいな」

 「ダメだよ。恥ずかしい………。祈夜くんはどんな仕事をしてるの?」

 「んー、創作系?まぁ、絵を描いたりしてる」

 「そうなんだ………デザインとか?」

 「またちょっと違うけど………」

 「どんなのか見てみたいな」

 「そのうちなー」



 少し恥ずかしそうに返事をする祈夜を見つめながら、彩華は妙に納得してしまった。

 彼はスーツなどを着ている事はなく、いつも私服だった。それに、連絡が来る時間も決まっていなかったので、サラリーマンではないだろうなとは思っていた。それに、自分をしっかり持っている所は職人気質のような気がしていたのだ。


 どうやら彼は自分のやっている事を見せるのが恥ずかしいらしい。彩華自身も仕事をしている所を見られるのは恥ずかしいと思っていたのでお互い様だなと思う。

 いつか、彼の作品を見れたらいいなと彩華は思った。


 その後も話をしていると、彩華はまたウトウトしてしまう。それに気づいた祈夜は、リモコンを使い寝室の照明を暗くした。



 「ん………もう寝ちゃうの?」

 「彩華が眠そうだから」

 「もう少しだけ……」

 「明日は早く起きて1回家に帰ってから出勤だろ?早く寝た方がいい」

 「そうだけど」

 「俺たちは付き合い始めたばかりなんだ。これからたくさん時間はあるだろ」

 「………うん」



 祈夜にそう言われ布団を肩までかけられ、そして布団の中では彼に抱きしめられる。

 彼の体温のせいか、布団の中はすぐに温かくなった。



 「おやすみ」

 「おやすみなさい、祈夜くん」



 祈夜は彩華の頬にキスをしてくれた。

 その顔が少し赤くなったのに気づいたけれど、彩華は笑顔のまま目を閉じた。


 初めて出来た恋人。

 そんな特別な彼と過ごす時間は、経験したこともないぐらいに幸せで、どれも胸が高鳴り苦しくなってしまうほどだった。


 好きな人と同じ時間を過ごすという事がこんなにも幸せだと、彩華は感じることが出来た。


 彼よりも早く起きて、祈夜の寝顔を見たいな。

 そんな事を思いながら、彩華はすぐに眠りについたのだった。



 







 その日から、彩華は祈夜とよく会うようになっていた。職場から彼の家や店が近い事もあり、彼が仕事終わりの彩華に会いに来てくれるようになったのだった。


 祈夜は年下とは思えないぐらいに、とても頼れる存在で、とてもしっかりとしていた。

 初めてのデートは「俺が考えるから。とりあえず、動きやい格好で来て欲しい」と言われた。当日、彼はコンパクトカーで彩華を迎えに来た。小さい車かもしれないが、それが高級車だというのは彩華にはわかった。

 車に乗ると、まずは膝掛けを貸してくれ、そして「ホットコーヒーあるから飲んで」と、カフェで買ってきたのだろう蓋付きの紙コップを渡してくれる。至れり尽くせりの対応に、彩華は申し訳なく思ってしまう。



 そして、連れてきてくれたのは大型のテーマパークだった。

 彼は人混みなど嫌いなのかと思っていたが、「彼女が出来たらクリスマスシーズンにここに来てみたかったんだ」と、目を輝かせて言った。祈夜の意外なロマンティックな性格を知り、彩華は嬉しくなりながら彼とパーク内を歩き回った。


 至る所にクリスマスツリーやサンタの装飾があった。大きなツリーで写真を撮る人や、赤い帽子を被ったスタッフが風船を配ったりと、パーク内はとても賑やかになっていた。


 彩華と祈夜は手を繋いで、パーク内の乗り物に乗ったり、買い食いをしながら歩いたりと恋人になってから初めてのデートを楽しんでいた。



 「彩華、寒くない?夕食はどこかに入ろうか?」

 「夜は寒くなりそうだし、中の方が嬉しいかも。じゃあ、レストランを予約しておくよ」

 「ありがとう」



 2人でレストランに向かい、無事に予約を済ませる、今度はショーを見に行こうとした。

 祈夜は朝から興奮した様子で、とても楽しそうな姿を見せてくれていた。そんな彼を見ていると、やはり年下なのだーと年相応な彼にホッとしてしまう。


 彩華が年上だからと、彼は頑張っているのではないか?そう思っていたのだ。

 いい大人の男性を目指してくれているのは嬉しかった。彩華を楽しませ、安心させてくれようとしているのだろう。

 けれど、彩華は祈夜は祈夜らしさを大切にしてくれればいいと思っていた。


 彼の好きな事をもっと知りたい。

 どんなところへデートしたいのか、どんな事をしたいのか。どんな食べ物が好きなのか。

 それを誰よりも知っていたいと思った。



 「………祈夜くん、楽しそうだね」

 「………そんなに顔に出ていたか?」

 「うん。ずっと笑っててくれるから、私も嬉しい」

 「俺もおまえが笑顔だから嬉しい」



 繋いでいた手を祈夜がギュッと強く握りしめてくれる。彩華も負けじと強く握り返す。

 そして、顔を見合わせて笑い合う。


 そんな、何て事はない出来事でも彼と一緒ならば幸せなのだ。それを実感した。




 「祈夜くん!?」

 「あ………美保子さん。どうも」

 「こんな所で会うなんて、嬉しいー!」



 突然、若い女性が祈夜の事を見つけて話しかけてきた。祈夜はその女性を名前で呼び、笑顔で話をしている。同じ年代だから、同級生だろうか?



 「あ、美保子さんは兄貴の店のお客さん。この人は俺の恋人」

 「初めまして、彩華です」

 「え、祈夜くん彼女さんいたのー!?」

 「まぁ、最近……」



 彼がお客に恋人だと紹介してくれるのはとても嬉しかった。彩華は年上だというのに、顔が赤くなっている事を自覚した。

 けれど、美保子と呼ばれたお客は、大きな声を上げて驚いた様子だった。



 「お客さん達知ったら驚くよ!………わぁー、嬉しいけど何だか悲しい……」

 「何言ってんだか……兄貴ももう少しで帰ってくるから会いに行ってあげて」

 「そうなの?わかった!」



 美保子は手をブンブンッと振って、一緒に来ていただろう女友達の元へと戻っていった。

 彩華は小さく頭を下げて彼女を見送った。



 「悪い。兄貴の客だから………」

 「でも悲しいって………祈夜くん、人気あるんだ」

 「そんなわけない」



 自分がどんな表情をしてしまっているのか彩華にはわからなかった。けれど、祈夜は困った表情で慰めようとしているのを見ると、きっと寂しそうだったり、むくれているのだろう。

 これが、嫉妬という感情なのだろう。


 祈夜は彩華の頭をポンポンと撫でる。



 「あの人はお客で、彩華は恋人。俺にとってお前は特別」

 「………特別」

 「顔ニヤけてるぞ」

 「………そんな事ないよ」

 「嬉しいときは嬉しいって言った方がいいぞ」

 「……もう!……祈夜くんは余裕なんだから。年下とは思えないわ」

 「ははは」

 「否定しないだね」



 さっきまでの嫉妬心はどこに行ったのだろうか。

 彼の一言でその時の不安はなくなってしまった。祈夜ならば大丈夫。

 そう思った。



 そう、その時、は…………。





 

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