祈夜ルート 6話「嵐の前の静けさ」
祈夜ルート 6話「嵐の前の静けさ」
あの日から、祈夜は兄である月夜の店に誘う事はなくなった。
きっと気を遣ってくれたのだろうのだろうとは彩華もわかっていた。けれど、それで本当に良いのだろうか、と彩華は悩んでいた。
お客を大切にするのもわかる。月夜さんはお金を貯めてやっと両親から譲り受けたのだ。そして、両親のためにもお店を継続させたいとも願っている。そのためには、きっといざこざを起こしなくないはずだ。
ホストの頃のお客さんだって、ただ月夜との時間を過ごしたいだけなのだろう。好きな人に会いたいという気持ちは彩華にだってわかる。
けれど、周りのお客さんはどうだろう。
居ずらい雰囲気のままでは、きっと店に来たくないと思う人もいるはずだ。
「はぁー………」
と、大きなため息をつきながら、彩華は自宅のベットにごろんと横になった。
この日は仕事が休みだった。残念ながら、祈夜は用事があるらしく会えないのだ。
そのため、ごろごろとベットに横になりながら月夜の店の事を考えていたのだ。
そして、最後に思うのは美保子という女性と、祈夜の事を恋をしているキラキラとした瞳で見ていた女性達の事だった。
彼女達はきっと好きな人に、会いに行くために綺麗にしていたのだろう。とても可愛くて、綺麗だった。
祈夜は自分を選んでくれたし、自分との時間を大切にするために、美保子にもしっかりと伝えてくれた。
それなのに、嫉妬するのはおかしいとわかっている。けれど、自分と出会う前もあんな風に女の子達に囲まれていたのかと思うと、何だか切なくなってしまうのだ。
嫉妬は醜いというのはわかっている。
だが、初めての恋人という事もあり彩華は自分の気持ちを上手くコントロールする事が出来なかった。
「………月夜さんのお料理食べに行こう」
彩華は、そんな風に自分に言い訳をしながら店に向かうことを決めた。
いつもより、しっかりお化粧をしたり、自分が持っている一番華やかな服を着てドレスアップしようとも思ったが、それはやめた。自分らしい格好でいい。自分の好きな服装でいいのだ。
彩華はシンプルなワンピースにショートブーツ、そしてロングコートに身を包み、月夜の店に向かった。
目的はお料理………ではなく、月夜と話をする事だった。
オープン前の時間を狙って店に到着する。
彩華が店の窓から店内を覗くと、開店の準備をしている月夜がこちらに気づき、笑顔で手招きしてくれた。
「……こんばんは。開店前にすみません……」
「いいんだよ、いらっしゃい。今日は、祈夜と一緒じゃないんだね」
「はい。祈夜くんは仕事があって……お腹が空いてしまって、お兄さんのご飯食べたくなって来ました」
「それは嬉しいね。どうぞ」
カウンター席に招いてくれる月夜は、席を引いて案内してくれる。女性のエスコートがとてもスマートだ。
「今日はいい牛肉が入ったんだ。ステーキにしてもいい?数量限定だよ」
「月夜さん、商売上手ですね。ステーキお願いします」
「今日は僕の奢り。この間、迷惑かけちゃったからさ」
そう言うと、キッチンにいたスタッフに料理をお願いして、月夜はワインを開けて彩華に渡す。
「この間………」
「そう。お客さんたちが彩華ちゃんと祈夜に迷惑掛けちゃったからさ」
「………私は大丈夫ですよ。……それに、実はその事で月夜さんに話があって来ました」
「え………」
彩華は彼からワイングラスを受け取りそのままカウンターに置いた。大切な話をしようと思っているのだ。お酒の力は借りたくはなかった。
「祈夜くんも悩んでいるみたいでした。私は少ししか話を聞いていないし、口を挟むのもよくないと思ったんですけど………このままだと昔のお客さんが来れなくなって、ご両親も悲しむかなって。もちろん、お客さんが来ないと経営が出来ないのもわかります。………みんなが同じ空間を楽しむためには、やっぱり思いやりがないとダメだと思うんです。だから、お客さんに少し考えてもらえるようにするのがいいかなって………」
「………彩華ちゃん。……君はいい子だね。祈夜の恋人になって貰えて僕も嬉しいよ」
月夜はにっこりと笑って微笑んでくれる。その笑顔は祈夜とそっくりで、さすが兄弟だと思わせるものだった。
最近付き合い始めたばかりの弟の恋人。そんな人に家族や、自分の店の事を言われるのは迷惑ではないか。そう思った。月夜の性格からして、拒絶したり怒ったりはしないだろうと思っていたが、嫌な顔はされると思っていた。けれど、月夜はとても優しい表情を見せてくれた。
それが、彩華には安心しつつも、申し訳ない気持ちになってしまうのだ。
「いい子なんかじゃないですよ」
「うん?」
「……本当は祈夜くんが好きな子が、また店に来た時に彼と一緒に話をして……もしかして意気投合して、祈夜くんが気になり始めたらどうしようとか、一緒の時間を取られたらどうしようとか……そんな嫉妬心もあるんです。………だから、私はそこまでいい子じゃないです」
「そっか………そうだよね」
月夜は切ない表情を見せた後、カウンター越しに彩華の頭をポンポンと撫でてくれる。彩華は驚いて顔を上げると、月夜は「ありがとう話してくれて」とお礼まで言ってくれた。
「僕も何かしなければいけないと思っていたんだ。けど、ホスト時代を支えてくれた女の子も多いし、お店を改装したりして売り上げを上げたかったのもあって。お客さんが増えるならって多少は目を瞑ってところもあってね。けど、彼女達の行動は日に日にエスカレートしてる。………この間、常連のお客様に言われてしまったよ。「随分、居心地が悪くなったな」ってね」
「そんな………」
月夜は悲しげな顔をしながら、誰もいない店内を見つめる。
そして、懐かしい事を思い出しているのか、目を細めた。
「僕は両親がお客さんと話をしたり、ちょっとした相談をされたり、記念日にこの店を使ってお祝いしてくれたり、そんな温かな店が好きだったよ。きっと、祈夜も同じなんだろうね。無表情で出不精な弟だけど、この店には遊びに来ていたし。だから、変わってしまった事が嫌だったのだろうね」
「………月夜さん……」
「ずっとずっと考えていた事だ。そろそろ動き出さなきゃいせないとは思っていたけど、お客さんが楽しそうにしているのを見ると言えなかった。けど、お怒りの言葉をくれたお客さん、そして彩華ちゃんの言葉を聞いて、今やらなきゃ本当にダメになっちゃうって思ったよ。………だから、今度女の子達に話してみる。すぐにわかってもらえるとは思ってないけど、伝えていくよ」
「………月夜さんのお客さんならわかってくれると思います。月夜さんのお店も大切にしてくれているはずだから」
「……うん、そうだね。さっきの話だけど、男としてはあれぐらいの嫉妬は嬉しいものだよ。だから、気にしないで」
安心した様子で微笑みながらそう言ってくれる月夜を見て、彩華もつい笑顔になる。すると、月夜は「よしっ!じゃあ、これをどうぞ」と、月夜は彩華にお酒を渡す。そして、丁度いい具合に料理も運ばれてきた。
「ありがとう、彩華ちゃん」
「こちらこそ、です」
月夜は自分用にワインを少し注ぐと、彩華の持っていたワイングラスに乾杯をしてくれた。
その後は穏やかな時間が流れる。
きっと、優しい月夜なら大丈夫だろう。そう思っていた。
カランカランッと店のドアが開き、冷たい風が店内に入ってくる。まだ開店前の時間だ。
彩華は不思議に思い、後ろを向く。
すると、そこには以前この店に来ていた、月夜のお客さんである若い女性が数人、険しい表情で立っていた。
突然の来客に、穏やかな時間と美味しいディナーは一時中断となってしまったのだった。
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