祈夜ルート 1話「初恋」






   祈夜ルート 1話「初恋」





 彩華は自分自身の感情がよくわからなかった。

 目の前の彼は、初めて恋をした憧れの相手。

 そんな彼から、告白をされている。

 とても幸せなことのはずだ。

 

 それなのに、彩華は迷ってしまった。



 それが全ての答えだった。



 好きだと思っていた人の告白に迷う。

 その理由は明白だった。目の前の彼ではない、祈夜の存在だ。

 彩華は、祈夜に惹かれ始めていたのだ。


 飾り気のないまっすぐな言葉と、ぶっきらぼうだけど優しい行動。年下なのに、強きな言葉を発しながらも、少し照れ屋なところ。

 まだ、会って間もないのに、こんなにも彼を想っていた。

 それに気づいたのは、葵羽に告白されてからだ。自分の鈍感さを、彩華はうらみたい気持ちになった。



 彩華は自分の気持ちに気づき、焦ってしまった。それが彼にも伝わったようで、彼は苦い表情を見せた。



 「………告白するのが遅かったようですね」

 「え………」

 「私の勘違いや自惚れでなかったのならば、彩華先生は私の事を好きでいてくれると思っていました。少し前までは、それに応えられる自信がなかったんです。けれど、今はあなたと一緒に居たいと思ったんです。……けれど、今のあなたの顔は、とても困っています、ね?」

 「………葵羽さん、ごめんなさい」



 葵羽の指摘は彩華の気持ちを理解している、的を射た答えだった。

 葵羽に抱きしめられていた彩華は、ゆっくりと後ろに下がる。すると、彼の腕が離れ、そして温かい体温を感じられなくなる。それが、少し寂しく感じた。



 彩華は深く頭を下げた後、葵羽の瞳を見つめた。彼の表情は変わらずに真剣なままだ。



 「葵羽さんが言ったように、私は葵羽さんが好きで、そして憧れていました。今でもそうだと思ったのです。………けれど、告白してもらってから1番初めに出た感情は迷いでした。だから、困惑してしまい……そして、今の自分の気持ちは違うのだと気づきました」

 「…………それは、手を繋いで歩いていた男性、ですか?」

 「まだ、わからないのですが……でも、頭の中に過る事が多いです」

 「そう、ですか。……人の出会いは不思議ですね。その一瞬で人の心を変えてしまう出会いになるのだから」



 そう言った葵羽の表情は泣きそうなぐらいに悲しげなものだった。その理由を彩華が知ることはなかった。

 そして、葵羽の言葉の意味を彩華もよくわかる。葵羽は初めて恋をした男性なのだ。葵羽に会わなければ、憧れの人と会うときの高揚や緊張感、愛しいという気持ち、その人との未来を想像してしまう事。

 そんな淡くてドキドキとした時間を過ごせたのは葵羽と出会ったお陰だと思っていた。


 何を言っても彼の気持ちに答える事はない。彩華はそう決めていた。

 けれど、彩華はどうしてもその気持ちを伝えておきたかった。



 「………私、ずっと誰かを好きになることがなくて、ずっと恋愛をせずに一人で生きていくんだと思っていました。けれど、葵羽さんと出会った時に、「あぁ、これが恋なんだな」って、思ったんです。よく恋をすると毎日の何気ない景色が鮮やかになるといいますが、あれはその通りだと感じたぐらいに、葵羽に会えた日はとても幸せな気持ちになれて。ドキドキしたり、緊張したり………葵羽さんに恋をして、人を好きになる苦しさや愛おしさ、幸せさを感じられました。………葵羽さん、私と出会って、そして話しをかけてくれてありがとうございます。私の初恋の人は、葵羽さんです」



 私が泣くのはおかしい。

 けれど、話をしているうちに瞳に涙が浮かんできた。それを誤魔化すために、彩華は必死に笑顔を浮かべた。

 けれど、それは葵羽にはすべてわかっていたようだった。


 葵羽は優しく手を伸ばし、彩華の目蓋をなぞった。すると、彩華の瞳からポロリと涙がながれた。



 「………ぁ………」



 慌てた彩華の口から小さな声が漏れた。

 けれど、葵羽は気にせずに指でその滴を掬い上げると、哀愁が漂う表情で微笑んだ。



 「ありがとうございます。彩華さんの初めての相手になれて光栄です。………彩華さん、また神社に遊びに来てくださいね」

 「………はい」

 「いつまでお幸せに」



 葵羽はそう言うと、彩華の頭に小さく口づけを落とした。彩華は驚き目を大きくして彼を見つめた。けれど、彼はにっこりと微笑んだ後に、背を向けて夜道を歩いて行く。


 彼の告白を断ったのは彩華自身だ。

 だけれど、また涙が頬をつたって落ちる。


 もう、涙を拭いてくれる彼はいなくなってしまった後。涙の滴はあっという間に冷たくなった。




 




 その日は葵羽の事を考えながら眠った。

 

 彼と出会った秋の日。

 そして、子ども達と楽しそうに話をする葵羽。そして秋祭りの彼の舞。


 どれも素敵な思い出で、彩華こそ「ありがとう」と言いたかった。

 けれど、もう彼とはその話しはしない事はわかっていた。


 きっと会えば仲良く話して、いつもの優しい笑顔を向けてくれる。

 けれど、そこには昨日までとは違った関係が待っている。



 松ぼっくりを見る度に、彼を思い出すのだろう。

 愛しいという気持ちを教えてくれた初恋の相手を。



 「葵羽さん」



 その好きは、少し前とは違う名前に聞こえた。

 けれど、とてもとても温かい気持ちになる。


 自室で一人彼の名前を呼んだ。

 少しだけ、出会った日の秋の風を感じた。そんな気がした。





 

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