葵羽ルート 18話「早起きのおしゃべり」






   葵羽ルート 18話「早起きのおしゃべり」






 朝早くに目が覚める。

 それは、いつもの事。保育士の朝は早い。夜空のままの明けの明星を眺め、白い息を吐きながら出ていく。布団から出るのも億劫になってしまう朝の寒さ。




 けれど、今日は寒さは感じない。

 それは隣りで小さな寝息を立ててぐっすりと寝ている葵羽のお陰だろう。それとも少しの気恥ずかしさのせいか。

 間接照明のお陰で彼の寝顔が見える。安心しきった、よく職場で見る子ども達の寝顔と同じように見えて、彩華は微笑んでしまう。

 朝起きて、隣り愛しい人がいる。

 それがどんなに幸せな事か、初めて知った。


 別の事で、布団から出るのが億劫になるな、と思った。


 彩華は、もぞもぞと布団の中で、気だるい体を動かす。その感覚も嬉しくなる。

 今、何時なのか。彩華は起きて時間を見ようとする。すると、「ん………」と言う、彼の声が聞こえる。彩華が振り返ると葵羽が目を擦りながら細い目でこちらを見ていた。



 「………彩華さん?………まだ、外は真っ暗ですよ」

 「あ、あの………起こしてしまってすみません……今、何時かなと思いまして」

 「えっと………まだ4時半ですよ」



 そう言って葵羽は彩華の腕を引いて、自分の元へと戻そうとする。彩華はそれが嬉しくて、微睡みの中の彼の胸にまた抱きついた。



 「何時からお仕事ですか?職場まで送りますので、それまでゆっくりしててください」

 「……葵羽さんは寝ていてもらっても…………」

 「私がギリギリまで一緒に居たいのです。ダメですか?」

 「………ありがとうございます」



 彩華の返事を聞くと、満足そうに笑みを浮かべながらまた目蓋を閉じた。

 彩華はその彼の寝顔をジッと見つめる。髪と同じ色の長い睫毛がとても綺麗で、寝ている姿を綺麗だなと思ってしまう。そんな彼が自分の恋人になったのだと思うと不思議な気持ちだった。


 すると、葵羽はゆっくりと目蓋を開き、彩華を見て苦笑する。



 「そんなに見つめられては寝れませんよ」

 「え、あ、ごめんなさい」

 「眠れませんか?」

 「………はい」

 「そうですか、では………」



 そう言うと、裸の体の彩華を強く抱きしめて、朝1番とは思えないような深いキスを落とした。その甘い刺激で、昨晩の熱が体に戻ってくる。また、体が疼くように甘い感覚が走るのだ。

 彩華はそんな自分が恥ずかしくて、彼の体を優しく押す。すると、葵羽は唇を離して心配そうにこちらを見た。



 「もしかして、体痛むとか?」

 「そんな事はないです。大丈夫なんですが………」

 「あぁ………また、気持ちよくなった?」



 葵羽は彩華の気持ちを察知したのか、クスクスと笑いながら彩華の耳元でそう甘く呟いた。

 低い声が彩華に響く。

 昨日の事情を思い出し、体が反応してしまう。

 彩華が顔を赤くして、言葉を詰まらせると、葵羽はまたクスクスと笑った。



 「ごめんね。困らせてしまったね……でも、1つになれて、彩華さんを感じられて、そして一緒に肌を触れ合わせながら朝を迎えるのがとても嬉しいんだよ」

 「…………葵羽さん、言葉が戻ってませんね」



 恥ずかしさのお返しとばかりに、彩華が指摘すると、葵羽はきょとんとした後に「あぁ………そうですね」と、声を上げて笑った。



 「秘密を打ち上げても、彩華さんは彩華さんのままだったから、もう素の自分を見せてしまってるのかな。………敬語で話さないのは、今は弟と数人の友人だけだから。何だか嬉しいですね」

 「私も嬉しいです」

 「お互いにゆっくりと本当の自分を見せ合っていきましょう。……私も敬語と普通の言葉が混ざったり、俺とか私とか言ってしまうけど、直します」

 


 困ったように笑う葵羽を見て、彩華は少しホッとした。

 昨日の話しで、彼の傷は大きいと知ったし、話した事で昔の事を思い出して辛い思いをさせてはいないかと心配になっていたのだ。

 けれど、こうやって先を見据えた話しをしてくれる。そして、そこには自分も居るのだと思えて、彩華は嬉しかった。



 「あの、1つ気になったんですけど、どうしてエリックという名前なんですか?」

 「顔で私だとバレるのも避けたかったので仮面をつけることにしたんです。ですから、オペラ座の怪人の名前にしたんです。ミステリアスの雰囲気もいいかなと思いまして」

 「なるほど。そういう意味の名前だったんですね」

 「今は神主の仕事もしているので、音楽活動に集中出来てないのですが、あと3ヶ月だけなので………」

 「え、神主さん辞めてしまうのですか?」



 驚いた声をあげると葵羽は「えぇ」と少し残念そうな返事をした。



 「兄が居なくなって、弟の日和も神主の仕事に興味を持つようになったみたいです。それに、私の仕事が忙しいのも見ていてくれたので、父や兄の後継をやりたいの言ってくれました。神主になるための大学に入り直して、今年度卒業なのです」

 「そうだったんですね。期間限定の神主さん………その間に葵羽さんに会えてよかった」

 「私もです」




 出会った神社、そして神主である彼。

 その場所にもう彼はいなくなってしまうのだと思うと、寂しくなる。けれど、彼は大好きな音楽で生きていきたいのだと言うのはとてもよく伝わってくる。それならば、彩華は応援するだけだった。

 それにあの素晴らしいピアノの音色を他の人にも伝えたいと強く思った。





 それからしばらくの間、2人で朝早くのおしゃれべりの時間を楽しんだ。

 話をして少しの沈黙からキスをして抱きしめて合って、またどちらかが話す。

 そんな幸せな時間を過ごしているうちに、少しずつ部屋が明るくなってくる。



 「そろそろ……起きなきゃ……」

 「彩華さん………今度、クリスマスの買い物に行きませんか?」



 葵羽は、彩華の髪をとかしながらそんな事を突然言い出した。

 確かに彼とクリスマスを過ごす予定ではあったけれど、買い出しとはどういう事だろうか?そう思って、彼の顔を見つめると、少し恥ずかしそうに笑う。



 「この部屋で何かを祝ったり、イベントを楽しんだりした事がないので、クリスマスツリーも何もないんです。だから、一緒にクリスマスツリーやグッツを買いに行きませんか?あ、もちろん、彩華さんが保育園でやってる手作りのものでもいいので………この部屋でクリスマスを彩華さんと過ごしたいです」

 「それは楽しそうですね!お買い物して、装飾も一緒にやるなんて……とっても楽しみです」



 彩華は子どものようにはしゃいで彼の提案に賛成すると、葵羽は嬉しそうに「決まりですね」と言った。


 朝早くに起きたにも関わらず、2人の時間は足りなかった。お互いに仕事に行くのが億劫になりながらも、ベットから出たのはギリギリの時間になってからだった。


 

 不安だった未来と、真実を聞くのが怖かった昨日。

 それが、今日にはこれからは楽しみな事ばかりが予定に入っていく。


 それはすべて葵羽が共に居てくれる時間。





 初めての恋人は優しくてかっこいい年上の男の人。そして、本当はピアノが上手で、ちょっぴり意地悪な紳士様。



 そんな彼を知っているのは自分だけ。

 それが何より特別に感じ、そして彩華にとって最初で最後の恋人になる。




 そんな予感がしていたのだった。








 

 

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