葵羽ルート 16話「大きな1歩」
葵羽ルート 16話「大きな1歩」
光矢はとても綺麗な顔をしており、葵羽より身長は低かったけれど、男らしいがっしりとした体格をしていた。それは運動が好きだったのもあるし、光矢の婚約者がそういう男性がタイプだったためだ。
光矢は優しくて顔も整っており、運動神経もいい。そして、有名な神社の神主だ。とてもモテていたはずだが、何故か婚約者の女性のみをとても愛していた。それはいい事であるし、大切な女性なのもわかった。
だからこそ、突然連絡がとれなくなった婚約者との別れにとてもショックを受けていた。必死になって探していたし、会いにも行っていた、けれども酷い対応をされたようで、光矢はどんどんと弱っていったのだ。
葵羽はどうしても自分の元に婚約者が訪れた事を言い出せなかった。自分のせいで光矢が彼女と別れてしまったのではないかと思っていたからだ。
もちろん、あんな風に地位と金しか目がない女性と結婚しなくて良かったとも思っていた。
が、あまりに憔悴している兄を見ると、そんな女性でも、一緒に居た方が光矢にとっては幸せだったのではないかと思えたのだ。
けれど、葵羽はどうする事も出来ずに兄を見守るしかなかった。
光矢は仕事にはしっかりと行っていたが、やる気を失い、帰宅してはずっと部屋に籠っていた。
そんな日が半年続いたある日だった。
その日は大雨の日だった。
兄が帰ってこないと、弟の日和から連絡が来たので、独り暮らしを始めていた葵羽は急いで実家に戻った。神社にももちろん居ないので、心配して待っていた時に、ガラッと玄関の扉が開く音が聞こえた。その時間はもう深夜になっていた。
葵羽と日和は慌てて玄関に向かうと、光矢がずぶ濡れになって玄関に立っていた。
「兄さん!」
2人は駆け寄り、光矢に触れる。体は冷えきっており、目は虚ろだった。そして、兄の腕を掴んだ葵羽はハッとした。女性のように兄は痩せ細っていたのだ。
「………日和、タオルを持ってきてくれ」
「う、うん!」
日和はパタパタと部屋の奥に走っていく。
葵羽は「兄さん……」と話しかけると、光矢は瞳だけ葵羽に向けた。光のない真っ黒な目だった。
「………あいつは、おまえと結婚したかったんだな。………そう言ってた」
「え………」
「おまえは、俺の大切なものを取ったのか?」
「………そんな違うよ、兄さん!俺は………」
「もう、おまえの顔を見たくない」
とても低い声だった。
怒りはなく、ただ何にも興味がない無気力な声。けれど、葵羽を拒絶し、軽蔑しているのがわかった。
ペタペタッと濡れた体のまま廊下を歩き、葵羽の隣を通り過ぎていく。
「光にい!そのまま入っちゃだめだよ!風邪ひくよ」
「………」
日和がタオルを持ってきて、光矢の体を拭いている。それでも光矢はゆっくりと歩き続け2人は光矢の部屋に入ってしまった。
葵羽はその場から動けなくなった。
大好きで尊敬していた光矢の希望を奪ってしまった。憧れていた兄に軽蔑され、嫌われた。
兄のおかげで、成長できた。兄のために、立派になろう。そう思っていた。
そんな思いが、ガラガラと音をたてて崩れ落ちる。
自分は兄の1番大切なモノを奪ってしまったのだ。
その後、自分が何をしたのか覚えていなかった。日和に聞くと、気づくと客間に寝ていたと言っていたので、ショックのあまり死んだように寝ていたのかもしれない。
その後、光矢は2人の前から忽然と消えたのだ。
☆☆☆
葵羽は遠い目をしながら、昔の事をゆっくりと思い出しながら話してくれた。話しはとても辛いはずなのに、彼は穏やかに話してくれた。
まるで他人事のようにも感じてしまう。
けれど、それが彼が自分を守る方法なのだとも彩華はわかっていた。
「兄はその後姿を消しました。2人探しても見つからず、警察に届けていますが……まだ見つかっていません。……ですが、海が真下に見える崖沿いに兄の車が残っているのを見つけてくれました。それと、兄の自室から『2人ともごめんな。愛しているよ。』と言う手紙が置いてありました。………きっと私と話をした次の日の朝早くに兄は自ら命を絶ったのだと思います」
葵羽は目を伏せて、そんな悲しい話しをしてくれた。大切な兄が辛い経験から命を落としてしまう。だからこそ、葵羽は兄を忘れないために指輪をしていたのだろう。
それが皮肉にも兄が命を落とす原因となった女性とお揃いにする予定だった、結婚指輪だった。
葵羽の左薬指に光る指輪を見つめると、葵羽は少し苦笑をした。
「そんな事があったのですね………」
「楽しい話じゃなくてごめんなさい。………兄は大切な人だったし、兄が選んだ人を大切にしたいと思ったんです。だからこそ、そんな女性が許せなかったし、そんな風にする事が信じられなかったんです。………だから、それから女性と言うだけで苦手意識を持ってしまいました。だからこそ、話し方もこんな風に他人行儀になってしまったり、信じられなかったりしてしまって」
「だから、仕事の事を話せなかったり、自宅を、教えられなかったのですね」
「そうですね………私は怖いのです。兄のように傷つくのが怖かったですし、あんな思いをしたくなかったのです」
葵羽の手がギュッと強く握りしめられるのがわかった。彩華は変わらずに彼の手に優しく触れる。けれど、葵羽の体には力が入ったままだった。
「………では、どうして私の恋人になってくれたのですか?」
女の人が怖いはずならば、恋人など作ろうとは思わなかったはずだ。
彩華の気持ちに気づいていたとしても、それを無視するか気づかないフリを続けていればいいのだろう。
けれど、こうやって彼は彩華の恋人になってくれた。
その心の変化があった事が、彩華は知りたかった。
すると、やっとの事で葵羽は彩華の方を見てくれた。そこには、遠い目も寂しそうな雰囲気も消えていた。
「彩華さんに会ってから、雰囲気がとても柔らかくて素敵な人だと思いました。けれど、彩華さんの言う通り、恋人になりたいとは全く考えられませんでした。こんなイイ人でも何を考えているかわからない。………私の正体を知っていて、ここに来ているだけかもしれない。そんな風に思いました。…………はじめは」
「え…………」
彼の言葉はとても悲しくて、今は違うとわかっていても目を閉じて耳を塞ぎたくなってしまった。けれど、葵羽の最後の言葉を聞いて、目を大きくすると、葵羽はにっこりと微笑んだ。
「そう思っていました。けれど………あなたと会って日々過ごしていくうちに、この方ならば信じられるのではないか、と思ってしまったんです。子ども達と純粋に外を走り回り、汚れる事と疲れる事も気にせずに子どもたちとの時間を楽しむ。そんなあなたの子どものような笑顔と、優しい眼差しに惹かれました。この人は違う。そう思えたんです。………それに、私は寂しかったのでしょうね。大切な家族を3人も亡くした。そして、夢にも自信がなくなっていたんです。自分を見てくれている人は、近寄ってくる人はみんな地位やお金目的にしか見えなくなっていたんです。だから、弟の日和しか信じられる人がいなかったのです」
「……………」
「だから、あなたに少しずつ惹かれていたのに気づきました。けれど、怖くて前に進めなかった。…………けれど、あの場面を見た瞬間に私はあなたが目の前からいなくなると思ったら、動いてしまったんです」
「………祈夜くんと会っていたのを見た時ですね」
彩華の言葉に葵羽は頷き、「そうです」と答えてくれた。
「彩華さんが知らない男と手を繋いで歩いている所を見た瞬間、焦りと悲しみに襲われました。彼女には恋人がいたのだろうか?いや、そうは見えない。では、彩華さんに惹かれている男が自分の他にもいるのだ。そうわかったんです。………誰かに取られてしまう。それは嫌だ。そう思って、彩華に次に会った時に想いを告げてしまったのです」
「………私は、嬉しかったです。好きだった葵羽さんが、自分と同じ気持ちだったとわかって。………とても嬉しかったんです………」
「それがわかって安心しました。少し期待はしていたのです。彩華さんは自分に好意を持ってくれているのかな、と……。それでも、踏み込めなかったのは自分の弱さのせいです。悔しいですが、その祈夜という男性に感謝しなければいけないですね」
「………それを言ったら彼は怒りそうですね」
「それは、間違いないですね」
彩華がクスクスと笑うと、葵羽もつられて笑顔を見せた。
その後、彩華は葵羽の顔を見つめた。
「話してくれて、ありがとうございます。葵羽さんにとって、辛いことのはずで言葉にするのは嫌だったのかなってわかりました。それなのに、私に話そうと思ってくれた気持ちが、嬉しいです」
「………遅くなってしまいましたが………」
「お兄様の婚約者さんの言えない思いは、葵羽さんやお兄様を傷つけてしまう、酷いものだったと思います。………けど、本心は伝えずらいですよね」
「………それは、そうだね……」
「私も、葵羽さんに言えなかった想いがあります。裏の顔があると思います」
「え…………」
彩華の言葉に、葵羽は動揺を見せた。当たり前の事だ。今まで苦しめられてきた女性の裏の顔。それが彩華にもあると言われたのだ。葵羽は驚いた様子で彩華を見つめた。
彩華は微笑むと、葵羽に抱きついた。
葵羽は更に驚いたようだが、彩華は残念ながらその表情は見られない。
恥ずかしさを隠すように彼の胸に自分の顔をうずめたからだ。
「もっと葵羽さんを知りたいです。触れて欲しいし、キスして欲しいし、抱きしめて欲しいです。………恋愛経験のない私がこんな事を言うのはとても恥ずかしいんですけど………これが、私の言えなかった事です。………そんな女性は嫌ですか?」
何とはしたないと思われるだろうか。
貪欲な女だと思われるだろうか。
葵羽が話してくれたのだから、自分も彼に伝えたいと思ったのだ。
今思えば、真面目な話しをしていたのに不謹慎だっただろうか。そんな風にも思えて、後悔してしまう。
彩華は不安になりながら、彼の事おずおずと見上げる。
すると、葵羽の表情は想像とは違い、とても恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。彼が頬を染めて恥ずかしそうに目を細めている。見たこともない彼の表情にドキッとしながらも、しっかり見ておきたくて彩華は彼を見つめる。すると、彼は質問の返事を待っているのかと思ったようで、ニッコリと口に笑みを浮かべた。
「もちろん、大歓迎です」
嬉しそうな口調と共に彼に優しく抱きしめられ、そして前回とは違う、優しいキスを葵羽から貰ったのだった。
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