葵羽ルート 15話「残り香」
葵羽ルート 15話「残り香」
葵羽が連れていってくれたのは豪邸が建ち並ぶ住宅街だった。
その中にある5階建ての建物だった。それを見て、一戸建てではないのだとホッとしつつも、綺麗な建物を見てソワソワしてまった。
「ここの最上階になります」
「あ、はい」
「緊張しなくていいですよ。それに、彩華さん、ここに来たかったんですよね?」
「………葵羽さん、少し意地悪になりました……」
「そうですか?」
「はい」
恥ずかしい事を言われ、唇を尖らせて文句を言うと、葵羽はクスクスと笑った。
そして、「……ですが」と言葉を続ける。
「これが、本来の自分なのかもしれませんね」
そう言って、葵羽は指をパネルの当てる。指紋認証なのか、ドアは自動に開いた。
エレベーターが来ると、葵羽は5階のボタンを押す。
「ここはとても静かなんですよ。周りも住宅街ですし、坊音がしっかりしてあるので」
「あ、そうですよね」
葵羽はピアノの演奏者だ。ピアノの練習をする時に時間を気にせずに出来るのは大きいのだろう。彼がこの家を選んだのは、そう言ったわけがあったのかもしれない。
「え………あれ?」
エレベーターを降りた彩華は驚いて声をあげてしまった。
5階に降りると、そこには短い廊下しかなく、1つの扉があるだけだった。
「あぁ、この建物は1フロアに1部屋ずつしかないんですよ」
「え………じゃあ、この最上階は………」
「はい。私の部屋だけです」
そう言うと、葵羽は鍵を取り出して部屋の扉を開けてくれた。「どうぞ」と、部屋に招かれゆっくりと入室しながらも、葵羽はやはりすごい人なのだと彩華は再確認した。
葵羽の部屋はとても綺麗だった。
柔らかいフローリングの床に、木の温もりが感じられる家具が置いてあった。
リビングには真っ白のソファが置いてあり、窓はとても大きかった。今はカーテンが閉められているけれど、景色はとても良いのだろうなと彩華は思った。
「珈琲出しますね。インスタントしかありませんが………」
「あ、ありがとうございます。私も手伝います」
「いいんですよ。お客さんなんですから、ゆっくりしててくださいね」
「………はい」
葵羽にそう言われ、彩華は緊張しながら白いソファに座った。
目の前には大きなテレビが置かれ、その隣には沢山の本やDVD、CDなどが並んでいる棚があった。すべて音楽に関係するものばかりで、彼がどんなに音楽が好きで、学んでいるのかがわかるものだった。
テーブルの上には、沢山の書き込みがされた楽譜も置いてあった。
「すみません、散らかっていて」
温かい珈琲を入れたカップを持って来た葵羽はテーブルの上の楽譜をしまい、テーブルの上に珈琲を置いた。
「いえ、ありがとうございます」
彩華は、一口珈琲を飲むと冷えた体の中が温まるのを感じた。それだけで顔の緊張がほぐれてていくようだった。
そんな彩華を見て、葵羽は少し安心したように微笑んだ。
「彩華さん、僕の話しを聞いてくれますか。………楽しい話しではないですし、たぶん不快な思いをさせてしまうかもしれません」
「…………聞かせてください。葵羽さん。私、葵羽さんの事、たくさん知っていきたいんです」
彩華はソファに置かれた彼の手に、自分の手を重ねる。葵羽は優しく微笑んだ後、「ありがとうございます」と微笑んだ。
葵羽は彩華と手を繋いだまま話しを始めた。
彼の昔と、今の気持ち。
それを彩華はやっと知ることが出来るのだった。
★★★
葵羽は大きな神社の神主である父と、優しい母、そして兄と弟の5人家族だった。
しかし、母親は昔から体が弱く、葵羽が小学生の頃に亡くなった。そのため、父は1人で3人の子ども発ちを育ててくれた。
けれど、父は忙しい人だったため、葵羽と弟の日和の面倒を見てくれたのは、5つ年上だった光矢だった。
光矢はとても優しく、2人の弟の面倒を見てくれた。成績も優秀で、勉強も教えて貰ったし、神社の仕事をよくしていた。父は大きな神社の神主をしながらも、葵羽と彩華が出会ったあの小さな神社の管理も任されていた。そのため、3人はよくその神社の掃除を手伝っていたのだ。
そんな光矢の事が葵羽は大好きで、とても慕っていた。
光矢のようになりたい。そうずっと願っていた。そんな時にピアノに触れる機会が訪れた。それは、音楽の合唱の時間。伴奏者が誰もいないと言われ、教えてもらった通りに楽譜を読み練習したところ、あっという間に弾けるようになったのだ。そんな葵羽を褒めてくれたのは兄の光矢で「すごい!葵羽にはピアノの才能があるんじゃないか?」と、褒めて貰ったのがきっかけだった。もっと褒めてもらいたい。兄を笑顔にさせたい。それだけの想いで、葵羽はピアノの練習を続けてきたのだ。
そのうちに、父も葵羽の腕を見込んでピアノ教室に通わせてくれるようになり、あっという間に、賞をとるまでになった。
そんな順風満帆な日々を送っていた葵羽だったが、高校3年生の時に父が亡くなった。兄の光矢が、神職に就くために大学に通い勉強してやっと神社で働けるようになった頃だった。
葵羽は音大に行く予定だったけれど、父か亡くなった事から諦めようとも思った。それを光矢が止めてくれて。「おまえは才能があるんだ。お金は父さんが残してくれたものもあるし、俺が何とかする」と言ってくれたのだ。
光矢に感謝してもしきれない葵羽は、ピアノの練習だけではなく、学生の頃から作曲もするようになった。動画を投稿していくうちに、楽曲を提供してほしいと言われるようにまでなった。葵羽は音楽界で少しずつ有名になっていき、有名アーティストの作曲もするようになっていた。
これで兄にもお礼が出来ると思っていた。
葵羽は、それを目標にやってきたのだ。あの思い出の小さな神社を綺麗にするのもいいな、などいろいろと考えていた矢先に、光矢が恋人が出来た。とても綺麗で華やかな女性だった。光矢は彼女に惚れ込んでいるようで、とても幸せそうにしていた。
結婚をするという話しも出ており、兄が幸せになるならと、葵羽も弟の日和も賛成をしていた。そして、結婚の費用は大学のお金を出してくれた兄に代わり、少しだけでも出させて欲しいと葵羽は言うと、2人は迷いながらも、その申し出を受けてくれた。婚約者である光矢の彼女が「そんな大金……お仕事は?」と聞かれた。音楽関係しか言っていなかったので、「楽曲提供などをしているんです。」と、有名アーティストやアイドルの名前を出した途端、その彼女の表情が一瞬固まったのだ。すぐに「すごいわねー!」と言ってくれたが、葵羽には妙な違和感を感じたのだ。
その葵羽の勘は当たってしまった。
それも、最悪な方に………。
ある日、光矢の婚約者から電話が来たのだ。大切な話があるから、と。
2人で話しがしたいと言われ、実家に顔を出すと本当に婚約者の女だけが待っていた。光矢は仕事に行ってしまったらしい。
「大切な話しとはなんですか?」
いくら家族の婚約者だと言っても、2人切りになる状況は避けたかった。それに、葵羽は嫌な予感がしていたのだ。早くこの場から離れないと。そう思って話しを切り出した。
その途端に、その女は葵羽に抱きついてきたのだ。
「あなたが好きになってしまったの」
そう耳元で囁かれた瞬間、葵羽はぞくりと体が震えた。その女は色っぽく言ったつもりだったのかもしれない。けれど、それは悪魔の囁きのように妖しく、とても怖い声に葵羽な聞こえた。
葵羽はすぐにわかった。
自分の事が好きなのではない。地位や金しか目がいっていないのであろう。有名人と繋がっている、大金をすぐに出せるぐらいの財力がある。
だから、葵羽に目をつけて。
好きだというのも、本当かもしれない。けれど、それは葵羽が好きなのではなく、葵羽についてくるモノが好きなのだろう。
葵羽は彼女の感触がとても気持ち悪く思えて、すぐに彼女の体を引き剥がした。
「………葵羽くん?」
「そういうの気持ち悪いので止めてください
。私はあなたが好きではいですし、今の瞬間から嫌いになりました」
「なっ………」
葵羽の冷たい態度に、その女は顔を歪めた。そして、キッと鋭い視線で葵羽を睨み付けた。
「綺麗な顔して女も作らずに、音楽ばかりやってる変人の癖に!私みたいな女がいれば、格も上がるじゃないの!」
「…………下がるの間違いでは?………今後一切、私に近寄らないでください。もちろん、兄にも」
「当たり前よ!神職の妻なんて、お金もそんなに貰えないのにだっさい事やってられないわ!」
そう言うと、もう1度葵羽を睨み付けた後、その女はキツイ香水の香りだけを残して家を出ていった。
「…………臭いな………」
抱きつかれたからか、服からも香水の香りが漂い、葵羽はため息をつきながら、そう声のもらした。
その日からその女は光矢の前に現れなくなった。
それから光矢は少しずつ変わってしまった。
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