葵羽ルート 11話「白息」






   葵羽ルート 11話「白息」






   ★★★




 彼女が悩んでいる理由も、求めている事もわかっていた。

 それなのに、それを無視続けていたのだ。

 けれど、彩華にそれを伝えるつもりも、彼女の要望を叶えるつもりも葵羽にはなかった。


 だけれど、いつも温厚で優しく笑顔を見るだけで癒される。

 そんな彼女が泣きながら怒った。

 

 そんな風にさせてしまうまで、彼女を追い詰めていたのは自分なのだ。

 目の前でそんな彩華を見ると、さすがに心が締め付けられる思いだった。

 

 もう彼女に伝えてしまおうか。

 そう思って口を開きそうになったけれど、それを葵羽は躊躇ってしまった。


 話して彼女が納得してくれるというのだろうか。そして、理解してもらえるのか。そんな事を考えると、どうしても言葉には出来なかった。



 彼女の事は、とても大切で愛おしいかった。

 会えば自然と笑顔になれるし、大切にしたいと思った。もちろん、彼女との未来を考えないわけではなかった。

 けれど、不安になってしまう。

 原因はもちろん自分にあるのだ。


 …………彼女を巻き込んでしまっていいのか、と。



 そう悩んでいる内に彩華は自分の前から走り去ってしまった。

 咄嗟に手を伸ばしたものの、追いかける事など出来るはずもなかった。


 たまたま店内で楽しそうに話をする彼女を見かけた。その相手が知らない男だった事にカッとなり頭に血が上ってしまったのだ。

 話を聞きたいだけなのに、冷静にもなれずに彼女の心を疑ってしまった。


 明らかに自分が悪いのに、それを認めようとも出来なかった。



 「…………私は彼女を泣かせてばかりだな………」



 葵羽は彼女に渡された袋を手に持ち、それを見つめながらそう独り呟いた。

 

 そう、独り言のつもりだった。

 けれど、その言葉に返事が返ってきた。



 「そう思ってんなら泣かせるなよ」



 ハッとして声がした方を見る。

 先ほど、彩華が走り去った方向から一人の男が歩いてきた。背は彩華より少し高いぐらいで、見た目からして若い。少し幼さが残る顔だったが、その男は葵羽を睨み付けていた。まるで、野犬のように警戒し、そして噛みついてくるかのようだった。



 「…………あなたは、先ほど店で彩華さんと一緒に居た………。つけてきたんですか」

 「あんな状態の2人を放っておけるほど、悪い人間じゃないんでね」

 「彩華さんが心配だったのでしょう?本当に彼女が好きなんですね」

 「………あぁ、好きだよ。悪いかよ」



 その男の一言で葵羽は「この男は自分より強いな」とわかった。

 自分の気持ちをはっきりと言える。それが自分の弱い部分だとしても、堂々と言葉に出せているのだ。

 自分よりはるかに優れている。そう思えた。


 こんな男からの告白を断って、彩華は自分の元へと来たのだ。彼女は男の見る目がないな、なんて思えて笑えてきてしまう。



 何も答えない葵羽を見て、その男は言葉を紡ぎ続けた。



 「けど、彩華はおまえを選んだ。それなのに、何泣かせてんだよ。ふさげんな」

 「………それは私たちの問題です。あなたには関係ないことかと」

 「あぁ……そうだな。でも、俺は彩華が好きなんだ。あいつが泣くなら何とかしたいと思うし、おまえではあいつを幸せに出来ないなら、彩華が嫌がってもお前から奪い取りたいんだよ」

 「………自分勝手な………」



 そう言葉にしつつも、そうやって彼女をまっすぐと思えることがとても男らしいと思った。

 自分には出来ない事だったからだ。


 けれど、彼女を渡したくはない。

 彼女は自分を選んでくれた。彩華は、自分のものだ。

 その意地と、彼女への思いから葵羽はそう言葉を返した。



 「自分勝手は自分だろう。何故、あいつを信じない………。あいつは一言でもお前を「信じられない」と言ったか?」

 「それ、は………」

 「俺だって、彩華に言えてないことはある。だから、それを教えてくれと言われたら、正直迷う。………けど、それは俺の都合だ。それに、彩華ならきっとどんな俺でも受け入れてくれる。そう思えるんだ」

 「…………それは、いざその場に立ってみたいわからないのでは?」

 「なら、彩華を俺にくれよ。その場に立って俺がどうするか見ていればいいだろ!」

 「………それは、出来ませんね」



 葵羽は、その男の言葉に弱々しく返事をする。すると、年下と思われる男は「はぁー」と、大きく溜め息をもらした。



 「彩華は、おまえを信じてる。………おまえしか愛してないんだ。信じてやれよ」

 「………」

 「それと、今日は彩華は自分であの店に来たわけじゃない。思い悩んだ顔をしてたから、俺が無理矢理引っ張ってきたんだ。それだけは教えとく………あと」



 葵羽に背を向けて歩き始めていたその男は、その言葉と共に歩みも止めた。

 そして、そのまままっすぐ前を向いたまま、最後に葵羽に言葉を残した。



 「彩華がこんどあの店に一人で来て、泣いていたら、その場で彩華を貰う」



 それはその男にとって、葵羽への忠告だったのだろう。

 先ほどまでのどの言葉よりも強く意思の固さを物語る、そんな声音だった。





 男の話しを頭の中で反芻する。

 ハッとさせられた事は沢山あった。

 「彩華はおまえを信じている」その言葉は、わかっていた事だけれど、声にされると胸に刺さるものだった。


 彩華は信じてくれていた。

 それなのに、自分はどうだ?


 それを考えると今までの行動、そして、先ほどの言動。1番愛しい人である彩華を全く信用してないものだった。


 それを葵羽から突きつけられた彼女はどんなにショックを受けた事か。

 もし、彩華に同じように言われていたら。………その方が葵羽はショックを受けなかったかもしれない。自分は愛していると伝えながらも、彼女を信じずに言葉だけで「愛している」と伝える。それがどんなに不安で、切ないことなのか。


 彩華ならば、どんな自分でも愛してくれるなずだと思っていたのかもしれない。それはその通りだ。けれど、彼女の気持ちは、想いはどうなるのか。




 葵羽は、ハーッと深く息を吐いた。

 すると、いつの間に冷えていたのか、口から白息(しらいき)が出た。


 何気なく彼女から渡された紙袋を見て、中身を取り出した。緑と赤のクリスマスカラーのリボンでラッピングされたものが出てきた。

 彩華からのクリスマスプレゼント。

 彼女はもう準備してくれていたのだ。クリスマスのデートを楽しみにしていてくれたのだろうか。それを思うと、切ない気持ちになる。

 ガサガサと袋から箱を取り出す。すると、そこにはメッセージカードがあった。

 葵羽は、そのカードを裏返すと、彼女の一言のメッセージが添えられていた。



 『初めての恋人になってくれたのが葵羽さんでよかったです。大好きです』



 そのメッセージを見た途端に、目頭が熱くなり、鼻がツンッとした。

 あぁ、やはり彩華は自分を愛してくれている。

 それが全てではないか。



 箱の中からは、シンプルや革製のキーケースが出てきた。だが、中を見るとそこには鍵盤が描かれた生地がプリントされていた。

 彼女はよく自分を見ていてくれた。


 葵羽はそのプレゼントを大切にしまい、裏路地を歩き始めた。




 怖がる必要はない。

 そう心に決めた葵羽の向かう場所は1つしかなかった。

 



 

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