葵羽ルート 10話「溢れる涙と言葉」






   葵羽ルート 10話「溢れる涙と言葉」




 葵羽はずかずかと店内に入り、彩華の目の前に立った。彩華はすぐに立ち上がり、彼を見上げる。けれど、葵羽は無言のままをこちらを見るだけだった。



 「こいつが恋人?」


 

 祈夜がそう言うと、葵羽はジロリと祈夜を見た。2人の視線が合う。よく漫画などで火花がバチバチッとなる状況は、まさに今なのだろうと彩華は感じ、おろおろとしてしまう。

 そんな状況を見て、祈夜の兄が声を掛けてくれる。



 「お客さん。まぁ、まず座ったら?」

 「………すぐ帰ります。彩華ちゃん、行くよ」

 「え、…………うん」

 


 葵羽に手を差し伸べられて、思わず手を繋ごうとすると、「待てよ」と祈夜は止めた。



 「祈夜くん………」

 「おまえ、大丈夫なの?」



 心配そうに彩華に視線を送る祈夜に、彩華はにっこりと微笑み返した。



 「うん。葵羽さんが来てくれたから………帰るね」

 「わかった」

 「ごめんなさい。……葵羽さん、いきましょう」

 「………」



 彩華はそう言い、財布からお金を出してカウンターの上に置いた。「ご馳走さまでした」と祈夜の兄に挨拶をしてから、彼の手を取った。彼の手はとても冷たく冷えきっていた。


 いつものように彩華の歩調に合わせてくれる事はなく、ずんずんと歩いていく葵羽の後ろを必死に着いていく。けれど、それもすぐだった。

 近くの路地裏に連れ込まれ、そのまま壁際まで追い込まれる。夜の路地裏はまさしく真っ暗闇だった。



 「彩華ちゃん………あの人は誰?」

 「……前に話した人だよ。私を街で助けてくれた人。今は、大切な友達」

 「あいつは君が好きだったんだよね?」

 「そう、だけど…………」

 「君は男に甘えて慰めてもらうような人なの?」

 「違う………そうじゃなくて………」

 「違わないよね?」



 葵羽は彩華に近づくと、そのまま手を壁について彩華を捕らえるように腕で彩華の事を囲った。



 「浮気してたんでしょ?」



 軽蔑するような冷ややかな目を彩華に向けた。


 彩華はそれを見た瞬間に目に涙が浮かんできた。それは悲しみなのかもしれない。けれど、1番に感じたのは怒りだった。


 どうして、そんな事を言うのか。

 自分がどんなに悩んでいたか。

 何も教えてくれない、自分の事を信じてくれていなかったのは、あなたなのに。


 その次に感じたのは悲しみだった。

 自分が愛しているのは、あなただけなのに。

 そんな事を言われてしまうのが、とても辛かったのだ。


 葵羽が、彩華の頬に触れた時。彩華は葵羽は彼の体を両手で力いっぱい押した。

 彼の体はほとんど動かなかったけれど、彼は腕をほどいたので、彼の拘束からは逃げる事が出来た。


 彩華はキッと彼を強く睨みつけた。



 「浮気なんてするはずないです!私は、葵羽さんが好きなのにどうして信じてくれないんですか?………信じてくれないから………私が沢山たくさん悩んでるの、葵羽さんは全くわかってないですっ!」

 「彩華さん………?」



 急に大きな声を出して怒り始めた葵羽は少し驚いた様子だったけれど、すぐに先ほどの冷静に怒っている表情に戻った。



 「自分の事を好きだと伝えた男の元に行って、信じてくれなんて、それは都合がいいんじゃないかな?」

 「葵羽さんは私を信じられませんか?…………では、葵羽さんの神主さん以外の仕事を教えてくれないのは何故ですか?どうして、葵羽さんのお家に連れてってくれないのですか?」

 「…………それは…………」

 「私をあなたのものにしてくれないのは何でですか?」

 「………」



 彼にずっと疑問に思っていた事を伝えながら、彩華は涙を次々に流していた。

 けれど、そんな彩華を前にしても、彼は何も言ってはくれなかった。

 ただ、気まずそうに顔を背けるばかりで、彩華の涙にも触れることはなく、ただ黙っていた。



 「もういいです………」



 彩華は手で涙を乱暴に拭き、持っていたバックからある物を取り出した。

 葵羽が喜んでくれるだろう。そう思って考えて悩んで見つけたもの。それを見るだけで、その日を楽しみにしていた。

 けれど、きっとクリスマスのデートは今のままでは楽しめるはずもない。

 

 綺麗にラッピングされた、クリスマスプレゼント。

 彩華は何故かそれを手元に置いておきたくていつも鞄の中に大事に入れていた。

 それぐらいに葵羽とのクリスマスを楽しみにしていた。そして、その日にならば本当の彼を知れると密かに期待していた。


 自分勝手な願いだったかもしれない。

 けれど、恋人としてそう願ってしまうのは仕方がない事ではないか。


 そんな彩華にとって楽しみにしていたクリスマスもきっと彼はいつもと同じように優しく微笑みながらも、本当の事は教えてくれない。

 それがわかってしまった。


 彩華は、小さなプレゼントの袋を葵羽に押してた。葵羽は戸惑いながらもそれを受け取り、そして「これは………」と小さな声で包装されたものが入る袋を見つめた。



 「今の葵羽さんは………私に見せてくれる姿は葵羽さんなんですかっっ?」



 彩華の声は震え、自分ではないように思えないような悲痛な響きが口から出た。

 我慢していたもの、ずっと気にしないようにしていたもの。それらが言葉と涙になってあふれ出てしまった。


 こんな惨めで情けない姿を見せたくない。何も言ってくれない葵羽の姿を見たくない。

 そんな思いで、彩華は彼に背を向けて走り出した。

 後ろから自分を呼ぶ声も、こちらに向かってくる足音も聞こえてこない。


 また、涙が溢れそうになった時。フッと視界に人影が飛び込んできた。こんな近くに人が居たのだと思い、ハッとしてしまう。近づくと、それがどんな人物なのかわかった。祈夜だ。



 「………っ………」



 彼がそこに居た事の意味をすぐ理解したけれど、彩華は彼からも逃げるように走り去った。

 祈夜の表情は、暗がりでよくわからなかったけれど、見たことがないような、先ほどの葵羽と同じようか温度のない表情に、彩華は思えた。

 



 葵羽は、もうきっと自分には会いに来ない。

 もう終わってしまっただろう。

 

 そう思いつつも、彼は話してくれる。そう信じている自分も居た。



 彩華は、葵羽から逃げてきた事を後悔しつつも、今はしばらく会いたくないと思ってしまう。


 頭の中をぐるぐると矛盾した考えが回り、彩華は涙を拭きながら、ゆっくりと夜の道を歩き始めた。




 

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