葵羽ルート 9話「アドバイス」






   葵羽ルート 9話「アドバイス」




 葵羽の車から逃げてしまった日から、1週間が経った。

 葵羽からは何回も連絡が来ていたが、彩華はまだ気持ちの整理がつかなく、彼に何も返事をしていなかった。メッセージの返事も電話も無視してしまっていた。

 葵羽は何回か職場の近くで待っていたようだが、わざと残業をして彼が帰るのを待っているようにしていた。



 友人の茉莉には「逃げてるだけじゃだめだよ」と言われてしまったけれど、どうすればいいのかわからなかったのだ。




 彼の別の仕事をしているのは教えてくれたものの、何故何をしているのか伝えてくれないのか。何か言えない理由があるのだろうか。それとも、彩華には教えたくないのか。


 彼に信用してもらえてないのだろうか。

 そんな風に思ってしまう。


 まだ、恋人として認められてないから、部屋にも招待されない。彼の仕事を教えて貰えない。深い関係にして貰えない。


 そう考えてしまうと、すべてがしっくりきてしまう。


 葵羽は自分の事を本当の恋人だと思っていない。そう思えてしまい、彩華は彼の事を考えるとため息ばかりが漏れてしまうのだった。



 先日買った葵羽へのクリスマスプレゼントを眺めると、とても切ない気持ちになる。

 葵羽にとって彩華はどんな存在なのだろうか。恋愛ごっこの対象なのだろう。

 そんな風に考えてしまうのがイヤで仕方がなかった。






 

 「はぁー………何とかしないとなー」



 彩華は今日何回目かになるため息と共に言葉を漏らした。仕事から帰りながらも考える事は彼の事ばかり。



 そんな時だった。



 「おいっ、彩華っ」

 「え………」



 街中で偶然出会った人がいた。

 真っ黒な髪と瞳の彼。祈夜だった。

 彩華は久しぶりに会う彼を見て、そして声を掛けられた事に驚いた。

 祈夜に最後に会ったのは、告白を断ったあの日以来だ。初めて男の人から告白された。手を握ってくれた。そんな彼を彩華は振ってしまった。それは、葵羽を選んだから。



 彩華は少し気まずくなり、「久しぶりだね」と返事をしながらも、表情が固くなってしまったのが自分でもわかった。

 すると、祈夜は不機嫌そうな顔をしながら、また彩華の手を取った。

 出会ったときと同じ様に。



 「え………なに……」

 「おまえ、何その顔……死んでるけど」

 「し、死んでる?」

 「意気消沈って感じ」

 「それは………」



 何も言えずに彩華は困っていると、祈夜は勝手にズカズカと歩き始めてしまう。もちろん、彩華の手は繋いだままだ。

 


 「ど、どこに行くの?」

 「決まってんだろ。店だよ」

 「離して。行かないわ」

 「離すわけねーだろ」

 「祈夜くん!離してよーっ!」


 

 彩華が嫌がっても祈夜が離してくれるはずもなく、ずるずると引っ張られるように祈夜の店と行く事になってしまったのだった。



 

 お店に入ると、顔馴染みのスタッフと他に知らない人がいた。背が高く、肌が黒く短い髭をはやした人だった。彩華よりは年上のように見えたが、まだ若いのがわかった。



 「おかえり…………って、祈夜が女の子連れてきたぞ!もしかして、あの子が……」

 「そうですよ。祈夜の初恋相手でしかもフッた女の人です」

 「なるほどねー。それで、また諦められなくて拉致してきたのか」

 「うるせーよ!兄貴っ!」



 スタッフと盛り上がる髭の男性に向かって、祈夜は怒鳴り声を上げた。彩華は祈夜の言葉で彼が誰なのかようやくわかったのだ。



 「祈夜のお兄さん……」

 「そ、買い付け終わって帰ってきた」

 「祈夜の兄です。諦め悪い弟でごめんね」

 「そんなんじゃねーよ!」



 祈夜はブツブツと文句を言いながら、彩華をカウンターに座らせて、祈夜も彩華の席に座った。



 「ディナープレートとホットウーロン2つずつ。兄貴の奢りで」

 「何でだよ。普通女の子の前なら自分で奢るだろ。しかも酒じゃないか?」

 「いいんだよ。それにこいつ酒弱いから」

 「弱くないよ!」

 「酔っぱらってウトウトしてただろ」

 「あれはいろいろあって…………」



 そんなやり取りを見ながら祈夜の兄は楽しそうに微笑み、そして「待っててね」と料理を作り始めてくれた。

 


 「で、何があった?そんな浮かない顔して」

 「………そんなに顔に出てた?」

 「あぁ。この世の終わりってぐらいに考え込んでた」

 「………そっか」



 祈夜が心配してくれた事に感謝しつつも、年上なのに顔に出てしまうなんて、ダメだなーと反省してしまう。

 それに、祈夜の気持ちに答えられなかったのに、彼はとても優しくしてくれる。今は恋人がいるのに、祈夜は気遣ってくれるのだ。

 彼に甘えていいのか。

 そんな風に考え込んで黙り込んでしまうと、祈夜は頭をかきながら「あのさ………」と話をし始めた。



 「確かに俺はあんたにフラれたし、今は別の男と付き合ってるのかもしれない。けど、それで俺たちの縁が切れたわけじゃないだろ?……まぁ、2人で会うとかはもう出来ないと思うけど、こうやって店で話しするぐらいはいいと思うんだけど。他のスタッフや俺の兄貴もいるし。俺は気にしてないけど………やっぱりダメか?」

 「…………ううん。そんな事ないよ。本当は結構悩んでたから男の人に意見を聞いてほしかった所なの。………ありがとう、祈夜くん」

 「………いいんだ」



 彼もそしてこの店もとても温かい。

 偶然の出会いで、彼とは結ばれる事はなかったけれど、でもこうやって話をできるのはとても嬉しい事だと思えた。

 それも、祈夜が店に来てと言ってくれた、その優しさのお陰だと彩華は思った。



 彩華は祈夜に感謝しながら、少しだけ状況を説明した。

 彼が別の仕事を教えてくれない事、家に呼んでくれない事。

 自分に好意を持ってくれていた人にこんな事を話していいのか?と悩んでいると、祈夜は「いいから」と言って話を最後まで聞いてくれた。

 おいしそうなプレートが運ばれてきた。「大人のお子さまランチみたいでしょ?ゆっくり食べてね」と、祈夜の兄も気を使ってくれたようで、少し離れた場所で作業をしてくれていた。



 「って、感じなんだけど…………男の人としてはやっぱり話したくない事もある?」



 ご飯を食べながら話し終わると、祈夜は少し顔をしかめた。そして、「んー………」と唸り声を上げた。そして、少し考えた後、祈夜は口を開いた。



 「まぁ、ぶっちゃけ俺も話しにくい理由があるから、わからなくもない。けど、話をしなきゃいけないとは思うよ。恋人として付き合っているんだ。遊びじゃない。………それなら、話した方がいいって思う」

 「………話したくない理由はわかるんだ」

 「俺とその男が同じ理由かどうかはわからない。けど、話したくない事の1つや2つはあると思う。けど………好きな人を悩ませたり悲しませたりするなら、話したほうがいいと思う。それで終わってしまうようならば、きっと話さなくてもいつかは終わってしまうと思う」

 「そうだね……」



 解決策ではない。

 けれど、1人の男の人の意見として、彼の話しを聞けたのは彩華にとってとても大きかった。


 確かに話しにくい事は誰でもある事なのかもしれない。秘密を持っていない人間などいないのだから。

 それをわかった上で、自分の気持ちを伝えて葵羽に聞いてみよう。そう思えたことで、彩華は肩の力が抜けたのを感じた。



 「………祈夜くん、ありがとう。話しを聞いてもらえて、すごく安心したわ。」

 「………彼氏の事、好きなんだな」

 「うん。大切だし、大好きだよ」

 「なら、大丈夫だろ」



 祈夜の問い掛けに、彩華は素直な気持ちを口にした。葵羽の事を考えるだけで自然と笑顔になれるし、会いたいと願ってしまう。

 今は少しぎくしゃくとしたかんけいになってしまっているけれど、それでも彼と仲直りをしてまた、抱きしめて欲しいと願っている。

 そして、葵羽も同じ気持ちでいて欲しいと、思っていた。

 


 「まぁ、食べて元気になれよ」

 「うん。ありがとう」



 少し冷えてしまったハンバーグはそれでも美味しくて、彩華は笑みがこぼれた。

 祈夜ともこうやって普通に話せた事が嬉しかったし、これからは友達として仲良くなれればいいな、と思った。



 「ねぇ、祈夜くんは………」



 そう彼に話しを掛けようとした時だった。

 店の扉が強く押されたのか、勢いよく開いた。それに驚いて、スタッフも客、そして彩華と祈夜もその入り口のドアの方を向いた。



 「彩華さん……」

 「………葵羽さんっ!」



 そこに居たのは、彩華の恋人である葵羽だった。

 その顔は、無表情で冷たい目。

 葵羽の整った顔が怒りの表情を見せていると、とても迫力があり背筋がぞくりとしてしまう。


 彩華は、彼の事を見つめてその場から動けなくなってしまった。

 





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