葵羽ルート 8話「冷たい声」






   葵羽ルート 8話「冷たい声」




 葵羽の体はとても温かかった。

 バスローブを羽織っていても彼の体温を感じ、彩華は鼓動が激しくなる。

 

 お互いにお風呂に入った後、2人でベットに入って横になる。電気を消した後も窓から見える夜景を眺めたり、会話を交わしているうちに、彩華はうとうととしてきてしまう。

 葵羽はそれがわかったのか、自分の体に抱き寄せ、そのまま彩華の頭を優しく撫でてくれた。彼の体からはボディソープの香りがした。ローズ系の華やかな香り。彼と同じ香りを自分も身に纏っているのかと思うと、嬉しくもある。

 すでに酔ってはいないものの、普段飲まないお酒のせいか、すぐに眠気は襲ってきた。緊張で寝れないと思っていたのに、彩華の方が先に瞼を閉じてしまう。



 「まだ………もう少し待って欲しいです」



 そんな彼の言葉を聞いたのは、彩華が夢の世界へと意識を移した時だった。






 彩華がゆっくりと目を開けると、目の前に葵羽の寝顔が飛び込んできたので、驚いて声を上げそうになってしまう。

 ぐっすりと寝てしまったため、寝ぼけて自分の家のように目を覚ましてしまった。

 葵羽の寝顔はとても綺麗で、彩華はまじまじと見つめてしまった。長い睫毛は髪の毛と同じ様に銀色でつやつやとしていた。綺麗な瞳はみえないけれど、肌は陶器のようにくすみがなく、女性である彩華が嫉妬してしまうぐらいに美しかった。すやすやと眠る彼はとても穏やかな表情で起こしてしまうのが申し訳なく思ってしまった。

 部屋の時計を見ると、起きるのには少し早い時間だった。けれど、今日は仕事がある日だ。早めに準備していた方がいいと思い、彩華は彼を起こさないようにベットから降りようと体を動かした。



 「ん…………彩華さん?どこに行くんですか?」

 「あ、葵羽さん………起こしてしまいましたね」


 しかし、少し体を動かしただけで葵羽は起きてしまい、彼の腕が彩華の体を抱き寄せ、彼の胸の中に戻されてしまう。



 「おはようございます。早起きですね」


 葵羽はそういうと、彩華の唇にキスを落としてくれる。彩華は少し照れながら「おはようございます」と挨拶を返した。



 「まだ早いですよ。ゆっくりしていてください」

 「今日も仕事なので早めに準備しておこうと思って………」

 「そうですか。では、あと5分だけ。こうさせてください」



 葵羽は後ろから彩華を抱きしめてくれる。

 自分の肩に彼の頭が乗り、ふわりといい香りが漂ってくる。



 「昨日話せなかった事なんですけど。クリスマスは空いてますか?」

 「………昼間は仕事ですけれど、夜なら」

 「では、クリスマスに会ってくれませんか?」

 「はい。もちろんです」



 彩華は彼の誘いにすぐに承諾の答えを出す。

 恋人と過ごすクリスマスなど初めての事で、考えるだけでも夢のようだった。

 どんな日になるのか。

 そう期待しつつも、また彼は自分を見せてくれないのでは。そんな思いも過ってしまう。



 「エスコートは任せてください」

 「………はい。楽しみにしています」



 そんな彼の優しい言葉に、素直に喜べなくなってしまい、彩華は彼の腕に隠れるようにしたうつ向いて返事をしたのだった。





 けれど、彼とのクリスマスデートを楽しみではないはずもない。

 彼の秘密が気になりつつも、クリスマスに何か教えてくれるのかもしれない。そんな淡い期待もあった。


 彩華はクリスマスまでは考えないようにしようと決め、その日は素直に楽しもうと思ったのだ。

 ある休日。彼とは休みが合わなかったので、その日は葵羽へのクリスマスプレゼントを選びに街まで出てきていた。

 彩華はどんなものが彼が喜んでくれるのかを考え、きっと葵羽は音楽が好きなのだろうと、音楽関係のものにしようと思ったのだ。

 けれど、専門的なものはわからないので、どんな物がいいのか全く検討がつかずに街をフラフラと歩いていた。

 そんな時に見つけた物に一目惚れしてしまい、それを購入した。綺麗にラッピングしてもらい、そのプレゼントを受けとると、彩華は自然と笑みがこぼれた。



 「葵羽さん、喜んでくれるかな………」



 紙袋の中のプレゼントを見つめながら、彩華はそんな風に呟いてしまう。

 きっと葵羽は笑顔で受け取ってくれるはずだろう。それを想像するだけで、思わずニヤけてしまう。それを我慢しながら、クリスマス一色の街を軽い足取りで歩いていた。


 夜になり寒くなってきたので、彩華は自宅へ帰ろうとした時だった。

 とある店先から、見慣れた人が颯爽と出てきたのだ。背が高い、銀に近い茶色の髪の毛の彼、葵羽だった。彼が出てきたのは有名な大手楽器店だった。何か用事があったのだろう。大きな荷物を持って出てきた。


 偶然にも彼に会えたことが嬉しく、彩華は彼に駆け寄った。



 「葵羽さんっ!」

 「あ…………彩華さん………」



 彩華が彼の名前を呼ぶと、葵羽は驚いた顔を見せた後、少し気まずそうな表情を見せた。

 あぁ、まただ………。

 悲しくなってしまう気持ちを必死に隠しながら、彩華は笑顔のまま彼に話しかけた。



 「偶然ですね。お買い物ですか?」

 「えぇ……用事がありまして。彩華さんは今から帰りですか?」

 「あ、はい。私も用事を済ませていたので」



 彩華はさりげなく持っていた紙袋を後ろに隠しながらそう話すと、彼は「そうでしたか」と、いつも通りの微笑みを見せてくれた。

 それを見て、彩華はホッとした。



 「もしよかったら、家まで送ります。今から向かうところが同じ方向なので」

 「そんな………お仕事ですよね?一人で帰れます……」

 「私が彩華さんと少しでも一緒に居たいんです」

 「それは私も同じですけど……」

 「では、決まりです」



 そういうと、葵羽はにっこりと笑って彩華の手を取ってくれた。

 やはり優しい。


 彼の笑顔を見ると安心してしまう。

 体温を感じると、もっと一緒に居たくなる。

 葵羽が大好きなんだ。


 そう思えて、偶然の出会いに感謝しながら2人でキラキラと輝く街中を歩いた。


 



 彼が車を停めていたのは、裏路地にある小さな駐車場だった。「休日でなかなか駐車場が空いてなくて困りました」と苦情しながら教えてくれた。


 後部座席に彼が買った荷物を置いたのを見て、彩華は頭に浮かんだ事を葵羽に質問をした。

 彩華はいつものように助手席に乗り、葵羽は運転席に乗り込んだ時だった。



 「お買い物していたの、楽器店でしたよね。………もしかして、葵羽さんのお仕事って、音楽関係なんですか?」



 何気ない話題だったはずだ。

 それなのに、その言葉を口にした途端、周りの空気が変わったように感じた。それは彼の表情が固まり、そして無になったからかもしれない。

 彩華は、何かいけない事でも聞いてしまったのかと後悔したけれど、それは後の祭りだった。


 葵羽はチラッと彩華を見た。

 口元は微笑んでいるのに、目は笑っていない。彩華は「怖い」と思ってしまった。



 「それを知ってどうするんですか?」

 

 

 葵羽が放った言葉はとても冷たく、彩華を拒むような声だった。



 「………それは………」

 「………その話はやめましょう」


 

 そう言ってから、彼は車のエンジンをかけて暖房を入れてくれる。

 葵羽が「彩華さん。シートベルトをしてくれませんか?」と言っているのが聞こえたけれど、頭の中では「なぜ?」「どうして?」と、疑問がぐるぐると巡っていた。



 恋人として、彼の仕事を知りたいと思うことはダメなのだろうか?

 とうして教えてくれないのか?

 何故、そんなにも怒るのか。


 優しくしてくれるのに、彼は自分の事を教えてくれない。

 秘密ばかり。



 私たちは本当に恋人なの?



 「彩華さん?」


 葵羽の手が自分の向けて伸ばされたのを見て、彩華は咄嗟に自分の手で彼を拒んだ。

 弾くように彼を手を払うと、葵羽は驚いたように彩華を見ていた。



 「ごめんなさい………今日は1人で帰ります」



 彩華は車のドアを開けて、飛び出した。

 後ろから「彩華さん!待ってくださいっ」と追いかけてくる声がしたので、彩華はくるりと彼の方を見て、大きな声を出した。



 「追いかけてこないでっ!!………今日は1人にしてください………」



 そう言葉を残し、彩華は葵羽から逃げるように走り去った。



 「葵羽さんのバカっ………」



 彩華は走りながらそう呟く。


 これが、彩華の精一杯の抵抗の手段だった。




 


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