葵羽ルート 6話「不安な夜」






   葵羽ルート 6話「不安な夜」





 初めて葵羽が彩華の部屋に遊びに来た日。

 葵羽は約束の1曲を弾いたあと、帰っていった。

 彼は自分の事を大切にしてくれている。初めての恋人だから、きっと急がずゆっくりと、と思ってくれている。

 それは理解しているけれど、彩華はどこか落ち着かなかった。


 葵羽は紳士的で優しい。そして、少し強引なところもあるけれど、それでも彩華は甘えてくれているようで嬉しかった。

 けれど、少しずつ「あれ?」と気になってしまう事が多かった。些細なことかもしれない。せれど、保育士をしているせいか、人の些細な変化を察知しやすい彩華はそれがどうも気になってしまうのだ。


 料理を作ると言った時の反応もそうだ。

 彼は困った顔をしていた。それはどうしてなのだろうか?

 始めは手料理を食べるのが嫌だったり、野菜嫌いなのかなとも思った。けれど、彩華の部屋に来た彼は、美味しそうにご飯を食べてくれていた。

 ならば、何をされるのが困ってしまってしまうのか。

 彩華は考えたけれど、よくわからなかった。



 それに、彩華の事を心配してくれるのは嬉しいけれど、少し過保護になりすぎているのも気になる部分だった。

 優しくしてくれるのは嬉しいし、これが恋人というものなのかもしれないけれど、葵羽は彩華にとても尽くしすぎているように感じられた。

 それに、甘えてもくれる。キスもしてくれるし、抱きしめてくれる。それはとても嬉しい事だけど、彼はそれ以上は求めてこない。言葉では、そのように言っているけれども、キスだけで、触れる事はほとんどしてこないのだ。

 葵羽と彩華はいい大人だ。

 そのような関係になるのは早いのかなと思っていただけに、彼が慎重になっているように感じられた。


 けれど、自分が彼を求めすぎているだけなのか?初めての恋人なのにはしたないのかもしれない。そんな風に思っては、彼に話をすることは出来ないでいた。





 そんな心配事がありながらも、少しずつ寒さも深まり、落ち葉もすっかり木々から落ちてしまい、少し寂しい季節になっていた。

 けれど、それと同時に街はカラフルに彩られている。12月はクリスマス。赤やゴール、緑などの色、そしてイルミネーションで街はきらびやかに飾られ始めていた。 



 その日も彼とのデートで少し離れた街へと行く事になっていた。

 仕事が早番だったのだが、葵羽から「仕事で遅れそうなので、1度家に帰ってもらってもいいですか?自宅へ迎えにいきます」とメッセージが入っていたのだ。

 師走に入り忙しいのだろなと思い、彩華は彼に返信をしてから自宅に帰宅した。


 

 しかし、外食の予定の時間に間に合わないという事で、外食はキャンセルになった。そのため彩華は、自宅で夕食を作り葵羽を待っていた。


 すると、待ち合わせの予定から1時間以上遅れて彼が彩華の家に到着したのだ。

 車でこちらに来た後、走ってきてくれたのか、コートも手にもって顔には少し汗をかいている。



 「すみません………せっかくのデートだというのに遅れてしまって」

 「いえ………忙しい時に時間をつくってもらっていたので。それに、急いで来てくれたんですよね。ありがとうございます」



 そう言っても、彼は申し訳なさそうに「すみません」と何度を言っていた。

 しかし、彩華は葵羽を見て驚いてしまった。葵羽はいつもの私服とは違い真っ黒なスーツを着ていたのだ。

 細身のシルエットのシャドーストライプが入った黒スーツに白のワイシャツ、チェックのネクタイという格好だった。いつもとは違う雰囲気を感じるた。大人の男性というのがとてもよく感じられ、色っぽく見えてしまうのは彩華だけではないはずだ。


 彩華は、いつもとは違う雰囲気の彼を直視出来ずにいると、葵羽は心配そうに彩華の顔を覗き込んだ。



 「彩華さん?………やはり怒ってますか?」

 「いえ………そうではなく。その…………」

 「あ、もしかして体調が悪いんですか?」

 「違うんです………そのスーツを着ているの、珍しいな、と思いまして…………」

 「あぁ………」



 彩華はまた葵羽が一瞬、戸惑い表情が固まったのがわかった。

 彼が何か話したくない事なのだろうとわかった。けれど、葵羽は視線を少し逸らしながら、その問いかけには答えてくれた。



 「神主以外にも仕事をしていまして、今日はそちらだったので」

 「お仕事ですか?……それは何の………?」

 「それは秘密です」

 「え………」

 「彩華さんの手作りの料理がまた食べられるなんて嬉しいです。作っていただき、ありがとうございます」

 「あ、いえ………温め直してくるので、待っていていてください」



 彩華は動揺を隠すために小走りでキッチンに逃げ込んだ。

 コンロの火を付けて、鍋の料理を温める。グツグツと気泡が出てくるのを、彩華は呆然と見つめた。



 他の仕事?秘密?


 どうして話してくれなかったのか?

 何故答えてくれないのか?

 ………自分は彼の恋人ではなかったのか?


 恋人とは、一体何なのか。

 彩華はしばらくの間、ただただ疑問に思いキッチンで1人考えてしまった。










 『で、電話してきたのね』

 「こんな夜中にすみません」



 葵羽が帰った後、彩華は自分で考えていても答えがでないとわかり、彩華はすぐに茉莉に相談の電話をした。彼女が帰国していてくれた事を感謝するしかなかった。


 長々とした説明をする間、彼女は相槌を返しながら、しっかりと話を聞いてくれた。

 そしてすべてを聞いた後、「んー」と唸り声を上げた後に茉莉の考えを教えてくれた。



 『葵羽さんの仕事を教えてくれないし、何か違和感があるような気がするか。………葵羽さん、結婚してるんじゃないの?』

 「え………えぇーー!!?」

 『っっ!大きい声出さないの』

 「ご、ごめん」



 彩華は彼女の言葉に驚き、思わず大きな声を出してしまった。あまりにも彼女が問題発言をするからだ。



 「そ、それって私が不倫相手って事?」

 『だって左手に指輪してるんでしょ?元から怪しいじゃない』

 「確かに指輪はしてるけど、でも………」

 『それに野菜を貰う話で思ったんだけど、葵羽さん、自分の部屋に彩華を呼びたくないんじゃないの?手を出してこないのは、少し後ろめたさがあるとか………』

 「……………」



 茉莉の考えを聞いて、彩華はドキッとした。それだと辻褄が合うと思ってしまったのだ。それと同時に動悸も早くなってくる。


 彼が嘘をついている。

 それはない。あんなにも優しくて紳士的な彼が自分に嘘を言っている。

 それがどうしても信じられない。


 けれど、もしそうだったら?

 疑いたくない。

 けれど、そう思ってしまう自分がいる事が悲しかった。


 電話口で黙ってしまった彩華を茉莉は心配して言葉を紡いだ。



 『ごめん……私も言い過ぎたわ。私の意見はすべて憶測だから。彩華は葵羽さんに聞いてみた方がいいと思うの、ね?』

 「うん。………そうだね」



 茉莉と話して、不安なら我慢しないで聞いてみた方がいい。そう改めて考える事が出来た。

 少し厳しいけれど優しい友人に感謝をしながら、2人の夜は更けていった。







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