葵羽ルート 2話「先生ではなく」






   葵羽ルート 2話「先生ではなく」






 祈夜と別れた後。

 彩華は少しだけ泣きそうになった。


 それは同情なのだろうか。彩華はそうではないと思った。会ってまだ少ししか経ってないのに、ここまで彩華を大切にしてくれて、愛してくれた。その気持ちへの嬉しさだろう。そう思った。


 彼の会った後はいつも手を繋いで駅まで帰っていた。けれど、今日は1人きり。

 それが先ほどの出来事の意味を表しているようだった。



 「寒いな…………」



 彩華は独り呟きながらジャケットのポケットに手を入れてながら、家までの道をゆっくりと歩いた。

 はぁーと息を吐くと、少しだけ白い息の形が見えたような気がして、明日子ども達に教えよう。そんな風に思ったのだった。





 それから、数日後。

 交換していた葵羽の連絡先からメッセージが届いた。


 『以前食事に誘っていただき、その際はお断りしてしまったので、今度は私から誘わせてください。今度のお休みの日に私とお食事に行きませんか?』



 と、葵羽らしい丁寧なメッセージが届いたのだ。彩華から連絡していいものなのか迷っていたので、彼からメッセージが来たので彩華は安心した。



 「ぜひご一緒させてください。葵羽さんにお話ししたい事がありましたので、その時にお時間ください。楽しみにしています」



 どんな文章にすればいいか悩みながら、そんなメッセージを送ると、すぐに既読になり『ありがとうございます。楽しみにしています。時間は後程連絡しますね』と返ってきた。


 やはり年上の男性は落ち着いているなと関心しながら、彩華はまだまだ先の予定にすでに緊張してしまっていた。





 

 葵羽に告白された日。

 彩華は返事を待って欲しいとお願いした。

 彼は普段の落ち着いた雰囲気とは異なり、熱烈にアピールしてくれたのだ。彩華は彼の男らしい1面を見てしまい、思い出すだけで体が熱くなってしまいそうだった。


 彩華の気持ちを伝えた、葵羽は喜んでくれるだろうか?

 返事を待っていてくれているのだから、不安などないはずなのに、彩華は自分への自信のなさから少しだけ怖くなってしまっていたのだった。



 葵羽はその後もこまめに連絡をくれて、食事の場所も決めてくれた。嫌いなものなどはないか聞かれ、彩華が気兼ねなく来れるようにと配慮してくれたのか、ディナーではなく休日のランチを予約してくれた。

 葵羽は紳士的なイメージがあったのでデートに誘ってくれる時は夜景の見えるレストランや料亭などではないかと思っていた。

 行くレストランの場所の情報も添付してくれており、彩華が不安にならないようにしてくれているのが伝わってきて、その気持ちが嬉しかった。



 そして、彩華の最寄り駅周辺のレストランだったため、現地で待ち合わせる事にした。

 今回はカジュアルにニットのワンピースにローヒールの靴、ジャケットという服装でデートに行く事にした。気軽に来て欲しいと言う葵羽の気持ちを聞いて、その服装にしたのだ。


 少し早めに店に到着したけれど、すでに葵羽は店の前で待っていてくれた。

 黒ニットに、カジュアルな黒マウンテンジャケット、そして白のパンツという、今回もモノトーンな服装だった。白のストレートのズボンを着こなせる彼はやはりモデルのように素敵だなと、遠くから見ても惚れ惚れしてしまう。



 「彩華先生っ」



 彩華に気づいた葵羽はこちらに駆けてきてくれる。彩華も彼に向かって小走りで向かう。



 「すみません………お待たせしてしまって」

 「時間前ですし、気にしないでください。私も来たところです」

 「……………」

 「彩華先生?」



 ポカンとしている彩華を見て、葵羽は顔をジッと見つめた。彼の視線を感じ、彩華はようやく自分が考え事をしてしまっていた事に気づいた。



 「す、すみません!………本当にこういう会話をするんだなーと思ってしまって……」

 「会話、ですか?」

 「はい。………「待った?」「今来たところ」という会話です。物語だけなのかと……あ、でも友達同士ではしますよね………」



 自分で話しをしながらも、動揺してしまっているのがわかる。

 男の人と待ち合わせをしてデートというのが初めての経験の彩華にとって、全てが新鮮だった。

 葵羽にとって、こんな挨拶は当たり前の事なのだろうと思いつつも、彩華にとっては嬉しいと感じてしまうのだった。


 すると、葵羽はとても賑やかに微笑んだ。



 「友達のそれと、恋人同士のそれでは雰囲気は全く違うものになりますよね」

 「え………」

 「さぁ、少し早いですがお店に入りしょうか。もう大丈夫か、聞いてきますね」

 「あ、はい………」



 さりげなく「恋人」と言ってしまうところが、大人の余裕なのだろうか。そんな風に思ってしまうだった。





 彼が予約してくれたお店はハンバーグが有名なお店で、お店に入った瞬間にとても美味しそうな匂いが迎えてくれた。

 お店の一番奥に案内され、葵羽と彩華が通されたのは小さな個室の部屋だった。



 「個室があるんですね」

 「えぇ。たまたま空いていたので、ゆっくりしたいなと思って予約しました。ここのチーズケーキも美味しいらしいので、それもいただきたいなと思いまして」

 「楽しみです」



 葵羽が個室を用意してくれたのは、彩華が話があると言ったからだろう。言葉にしてくても、彩華の事を気遣ってくれる。やはり、葵羽は素敵な人だなと彩華は感じていた。



  葵羽のおすすめのハンバーグを2つ頼んだ後は、葵羽は子ども達の事を聞いてきた。「今はどんな事をやっているのですか?」や「発表会に行ってみたいですね」など、まるで子どもを預けている保護者のように楽しそうだった。



 「葵羽さんは、本当に子どもが好きなんですね」

 「えぇ。すごく愛らしいと思います。育てたことがないので、きっと大変だろうな、とは思ってますが。だから、彩華先生はすごいなと思っていますよ」

 「いえ………やはり、集団という場ですし、先生という立場だから子ども達は話を聞いてくれたり、やってくれる部分もあると思うので。子育てをしたら、私も苦戦しそうです」

 「………子どもが大好きな彩華先生に育てられたらその子どもは嬉しいでしょうね。もちろん、その旦那さんも」

 「…………あ、ありがとうございます」



 葵羽の言葉に顔を赤くさせていると、タイミングよく料理が運ばれてきた。

 熱々とした鉄板に乗せられた、とても美味しそうな楕円形のハンバーグ。パチパチと細かく跳ねる油の音が響いている。


 彩華が一口サイズに切ったハンバーグをフォークで口に運ぶと、とてもジューシーでおいしい肉の味が舌に広がった。



 「わー、美味しいです!」

 「喜んでもらえてよかったです。私もここのハンバーグ大好きでよく来るんです」

 「そうなんですねー!なんか、和食とかのイメージでした」

 「それはよく言われますね。神社で奉仕しているからですかね。本来は、ハンバーグとか、オムライスとかラーメンとか大好きな子どもみたいなんですけどね」


 

 そう言って葵羽は笑った。

 その後も和やかに食事は進み、しばらくするとコーヒーとチーズケーキが運ばれてくる。

 甘いものが大好きな彩華は目を輝かせた。けれど、内心では少しずつ緊張してきてしまった。

 目の前の彼に、告白をしなおすようなものなのだ。美味しそうなチーズケーキを目の前にしても、何故だか食べたいとは思えなかった。

 そんな様子を見て、葵羽はにっこりと笑い優しく問いかけてくれる。



 「彩華先生のお話、聞かせていただけますか?」

 「はい………。」



 葵羽がせっかく作ってくれた機会だ。

 彩華は小さく息を吐いてから言葉を紡いだ。



 「………葵羽さんの事、ずっと考えていました。それで思ったんです。葵羽さんは初めて会ったときから、とても優しくて、紳士的で、それでいて何だか不思議な雰囲気だなって」

 「不思議、ですか?」



 彩華の言葉に驚いた様子でそう問いかけてきた葵羽にゆっくりと頷いてまた話を続ける。



 「上手く話せるかわからないんですけど。舞を見てから何だか神様というか、妖精のように見えたり、もちろんこうやって話すと私より大人な大人の人で。でも、子どもと話すときは少年のようで………。不思議と感じるのは、もしかして私があなたを知らないからかなって思ったんです」

 「………彩華さん……」

 「前にお話した気になる人も私の中ではとても大切になっていました。……けれど、1年前からずっと、気になっていたのは葵羽さんで、今も考えてしまうのは………葵羽さんなんです。もっと葵羽さんを知りたいし、一緒にいたいし……初めての恋人として、いろいろ幸せなことを一緒にしたい。そう思ったときに思い浮かぶのは、葵羽さんなのです」



 彩華は自分の気持ちを確かめつつ、彼に自分の想いが少しでも沢山伝わるようにと、丁寧に言葉を伝えたつもりだった。

 彼の目を見て話しているつもりだったけれど、恥ずかしさから少し俯いてしまっていたようだった。

 彩華は彼の表情を伺うと、葵羽はとても真剣な顔をしていた。けれど、もしかしたら彩華が不安そうにしていたのかもしれない。目が合うとまた、いつもの柔和な笑みで見てくれたのだ。



 「………沢山、考えてくれてありがとうございます。彩華先生の言葉、とても嬉しいです」

 「………葵羽さん。この前の話しのお返事をさせてください。………葵羽さんの事が、好きです………」



 表情が高くなっているのはわかった。けれど、彼に笑顔で伝えたい。そう思って、彩華はぎこちないけれど微笑みながらそう言った。顔は赤くなり、体は少し震えていたかもしれない。


 けれど、葵羽はそんな彩華の姿を見ても笑うことなどなく、とても嬉しそうに微笑んでくれた。それは、彩華が見たなかで1番華やかな物だった。




 「ありがとうございます。とても嬉しいです………これからは、彩華先生ではなく、彩華さんって呼べますね」

 「………はい」


 

 葵羽はそう言うと、また小さく「彩華さん」と確かめるように名前を呼んだ。

 葵羽の少し低い声がとても心地よくて、彩華は自分の名前なのにそれが違う言葉のように感じてしまった。



 「私も彩華さんが好きです。………2人でいろいろな幸せな事、しましょうね」




 葵羽の言葉が耳に入ると、彩華の瞳にはうっすらと涙が浮かんだのだった。




 

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