葵羽ルート 1話「手を繋ぐ温かさ」






   葵羽ルート 1話「手を繋ぐ温かさ」





 「なるほどねー………しばらく会ってないうちにそんな事があったなんて………」

 


 目の前でニヤニヤと笑っているのは、彩華の幼馴染みである茉莉(まり)だ。幼稚園から高校まで一緒だった茉莉だったが、大学は留学をすると言ってアメリカに行ってしまった。そして、英語を学び今では通訳や翻訳の仕事をするエリートウーマンになっていた。しかも、長身でスタイルもよく、美人な彼女は彼氏がいないことがほとんどない女性だった。



 そんな彼女は「久々に明日の夜帰国するから会おう!」と連絡がきたので、会うことになったのだ。それが、葵羽に告白された次の日だからタイミングがいいのか、悪いのか。彩華は苦笑してしまった。


 けれど、恋愛の経験がない彩華は1人で悩み不安になっていたので、茉莉と会えて良かったと思っていた。相談できる相手がいるのは彩華にとって嬉しいことだった。



 「恋愛したことがない彩華が2人同時に好きな人が出来るなんて!……少し離れた時期に出会えればどっちとも付き合えたのにねー」

 「もう、そういう事言わないでよ」

 「はいはい。真面目な彩華はそんな事考えないよね」



 大きな声を出して笑う茉莉は、砂肝を食べながビールをグイグイと飲んでいる。美人なのに気取らないところが、男性にも女性にも人気な理由のようだった。茉莉は会うときはいつも居酒屋に来ていた。美味しい料理を出してくれるのでお気に入りなのだった。


 ガヤガヤとした雰囲気だからこそ、気軽にはなせる。周りは自分達の事で盛り上がっているので、2人もどんな話を出来ると思っている。そんな空間は不思議と落ち着いてしまうものだ。



 「話を聞く限りだと、どっちもいい人そうだよね。神主さんは大人の魅力ありそうだし、落ち着いてる感じがいいよね。バーテンダーの彼も年下だけど頼れる感じあるし、ぐいぐいくる感じはかっこいいよね」

 「うん……………そうだよね」

 


 どちらの男性も自分には勿体ないぐらいにいい人だ。どちらか選ぶなんて、そんな事をしてもいいのかと罪悪感を感じてしまうほどに。

 けれど、彩華はあの日から頭に浮かぶことがあった。

 それは葵羽の事だった。


 葵羽と恋人になったら、どんなに幸せだろうか。車でまたあの高台に行って2人で夜景を見たい。彼の事をもっと知りたい。

 お兄さんの話をした時に泣きそうな顔になったぐらいに悲しいことがあったのだろうか。

 そんな彼を笑顔にしてあげたい。

 葵羽と過ごしてみたい。


 そう強く思うようになっていた。

 

 

 「彩華。………あなた、もう結論は出てるんじゃない?」

 「え…………」

 「頭の中に浮かんでいるのは誰の顔?誰との未来を想像している?」

 「それは…………」

 「もう1人を断るのが申し訳ないと思っているならダメだよ。彩華に幸せになる権利がある。それに、彩華でなくても相手は他の誰かと幸せに生きる事だってある。どんな運命になるかはわからない。けど、まずは自分が幸せだと思うような選択をして。きっと、2人とも彩華の気持ちを受け入れてくれるわ。だって、どっちも彩華を愛してくれてるんだから………ね」

 「…………うん。そうだよね……ありがとう」



 茉莉の言う通り、祈夜を選ばないだからと言って、彼の心配をするなど失礼な話なのかもしれない。彼の気持ちはとても嬉しい。けれど、彩華は祈夜ではない人を選ぼうとしている。それをしっかりと伝えて、祈夜の幸せを願う。それが彩華のする事なのだ。


 祈夜はどう思うかわからない。

 けれど、彼とは恋人になれないからと言って縁を切りたくないなと思っていた。それはお見せのスタッフに言われたからではなかった。


 彼に助けられ、背中を押された。

 飾らない自分でいいのだと言ってくれた。それが彩華にとって勇気になっていたのだから。



 「………今度、祈夜くんに会って、しっかりごめんなさいって話してくる。もちろん、感謝してることも」

 「うん。それがいいと思うよ。きっと、これからもいいお友達でいてくれるよ」



 茉莉がニッコリと笑ってそう背中を押してくれる。

 自分の決めた事をしっかりと彼に伝えよう。

 祈夜なら彩華が決めた事を受け入れてくれるはずだと信じていた。



 「じゃあ、葵羽さんっていう人が彩華の初めての恋人になるのかー。年上だししっかりシードしてくれるんじゃない?イケメンで高級車乗ってるなんて、絶対モテるだろうから経験豊富そうだし」

 「………それなのに、私なんかのどこがよかったんのかなって不思議だよ」

 「いや、不思議なのは今まで彼氏がいなかった事よ。こんなに純粋で可愛いのに」

 「そんな事………」

 「彩華からどんな惚気話が聞けるか楽しみだなぁー。しばらく日本にいる予定だから、しっかり話聞かせてもらうからね」




 久しぶりに再会して親友との楽しい時間はまだまだ続くのだった。











 それからすぐに彩華は祈夜に連絡をした。

 話したい事あるとメッセージを送るとすぐに返信がきた。「いつでも時間作れる。彩華が時間決めて」との事だったので、その日の夜に彼と会うことにした。


 祈夜の店で話すことではないと思っていたので、待ち合わせ場所を駅の近くの喫茶店にした。彩華がその場所に行くと祈夜はもうすでに店におり彩華を待っていてくれて。


 お互いにコーヒーを注文し、他愛ない話をした後、少しの沈黙が訪れた。



 「あの………連絡した話の事なんだけど………」

 「あぁ。もう決まった?彩華の気持ち」

 「うん………あのね………私、葵羽さんの事が忘れられないの。初めての片思いだったから………その、好きって気持ちが抑えられなかった。だから、その祈夜の気持ちに答えられない。………ごめんなさい………」

 


 彩華は気まずい気持ちもあったけれど、自分の気持ちを伝えるのだからと、彼の目をしっかりと見ながら彼に本当に気持ちを伝えた。

 彼は無表情のまま彩華を見た後にボソッと言葉をもらした。



 「片思いだったって、上手くいきそうなのかよ」

 「…………うん」

 「…………まじかー!!もう少し早く出会ってればよかったのかよ。………悔しいな」

 


 祈夜は少し大きめな声を出したけれど、最後の言葉は独り言のように小さかった。



 「あ、あのね………私、男の人と手を繋いだのなんて、きっと子どもの頃以来だったと思う。だから……祈夜くんが手を繋いで助けてくれたり、手を繋いでない夜の街を歩いたりしたのがとても嬉しかった。こんなに手を繋ぐってドキドキして幸せだなって思てるんだってわかったの………恋人たちが手を繋いでない歩く理由を教えてくれたのは、祈夜くんなんだよ。手を繋いでから始まった出会いだから………きっと、手を繋げばあなたの事を思い出すと思う」


 

 彩華の言葉をジッと聞いていたい祈夜は、少しだけ微笑んでくれた。



 「やっぱ、おまえ変なやつだな」

 「変ってそんな事ないよ………」

 「変だよ。………俺が夢中になっちゃうぐらいに変なやつだよ。彩華は………」

 「…………ありがとう、祈夜くん。私と出会ってくれて」

 「………店に飯食いに来いよ。」



 祈夜の言葉の彩華は目を大きくして驚いた。

 お店に来てもいいという事は、この出会いを終わりにするわけではないという事だ。

 これからも、祈夜と会えるのだ。

 大切な友達として。



 「行ってもいいの!?嬉しいっ!」

 「………あ、でも彼氏は絶対連れてくんな」

 「ふふふ、わかった。」

 「………フラれたら慰めてやるよ」

 「付き合う前からそんな不吉なこと言わないでよ」



 そう言って2人は向かい合って笑い合った。



 好きな人にフラれた後、その相手との新しい恋をすぐに応援出来るものなのだろうか。

 きっとなかなかできるものではないはずだ。それなのに、祈夜は微笑んでくれている。彼の優しさが伝わってきて、彩華は胸がチクリと痛んだ。



 内心ではどう思っているのか、彩華にはわからない。悲しんでいるのか、怒っているのか。

 けれど、そんな気持ちを癒せるのは彩華ではではない。彩華は、彼の幸せを願うことしか出来ないのだ。


 今はそっと彼から離れて、しばらくしたらまた彼の店にお邪魔しようと心に決めた。


 

 「好き」と言われる嬉しさと、手を繋ぐ幸せをくれた男の子。

 祈夜は大切な友人になる。

 そう、彩華は予感していたのだった。






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