第8話「分岐点」
8話「分岐点」
2回目に訪れた祈月の店では、スタッフさんとも会話を楽しみながら、和気あいあいとした雰囲気で過ごした。
2人きりにならなかった事にほっとしつつも、おしゃれなバーで働いている人達がみんなキラキラしていて、かっこよく、可愛く見えた。
見た目で判断してはいけないと思いつつも、自分も少しは綺麗にしないといけないなと反省してしまった。
忙しいのはみんな一緒で、ルールの中でおしゃれをしたり綺麗にしたりしているのだ。自分にも出来るはず、と彩華は1人でやる気になっていた。
「ねーねー。彩華さんは、祈夜さんの事どう思ってるの?」
「え………?」
スタッフの一人の男の人にそう声を掛けられらる。彩華よりも年上で髭をはやしたかっこいい大人の男の人だ。祈夜は常連のお客さんに呼ばれて今は違うところで話しをしていた。
「どうって………優しいなと思います。その、口は悪いけど」
「ははは!確かにそうだな。けど、彩華さんの言う通りあいつは優しいんだ。見た目によらず………だから、まぁ……仲良くしてやってくれ。あんな性格だから友達も少ないし、恋人も作ろうとしない。だから、彩華さんを連れてきたって聞いた時は驚いたんだ」
「………そうなんですね………」
祈夜の意外な話に、彩華は驚いてしまった。
優しくて気さくは彼はスタッフにもお客さんにも愛されているのがわかった。それなのに、友達も少ないというのは思いもしなかったのだ。
「付き合うにしても、付き合わないにしても、ずっと関係は続けてあげてほしいんだ。あいつはいい奴だよ。………ただ、少し変わってるぐらいで、ね」
「変わってる………?」
彩華がそう聞き返した時だった。
「何が変わってるって………?」
「っっ………祈夜くんっ!」
「じゃ、俺はキッチンに戻るから」
祈夜が戻ってきたのを見て、アドバイスをしてくれたスタッフは逃げるように裏のキッチンへと戻ってしまった。
祈夜はムッとした様子で、彩華の隣に座り「何話してた?」と聞いてくる。
彩華は「私の仕事の事だよ……」と、誤魔化したけれど、祈夜は「へー」と彩華をジロジロと見て疑っている様子だった。
「もう少しで終電の時間だぞ」
「え、嘘……もうそんな時間なの?」
「帰りたくないなら別にまだここに居てもいいけど?」
「………帰ります」
彩華はそういうとお会計を済ませ、挨拶をしてから急いで店を出た。
当然のように、祈夜も店を出る。また、駅まで送ってくれるようだ。
「サービスしてもらったみたいで、ごめんね。ありがとう」
「いいんだよ。今日も別にお金なんて払わなくて良かったんだけど」
「それはダメ。この間もご馳走になったんだから。」
「………なぁ………。」
「ん?」
「まだ帰るなよ………俺、まだおまえと居たい」
祈夜はジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま彩華を見つめてそう言った。
そういういえば、今日は彼と手を繋いでないなと思ってしまう。彼は遠慮しているのだろう。
祈夜の真剣な表情に彩華はドキッとしてしまう。
けれど、彩華はまだ自分の考えがまとまっていなかった。
祈夜の優しさに助けられて、彼の手の温かさに包まれたい、彼のあの笑顔をまた見たい。そう思いながらも、頭の中では葵羽の事もよぎってしまう。
2人が気になると言ってしまったら、きっと嫌な女だと思われるだろう。
けれど、彩華の中でゆらりゆらりと気持ちが揺れてしまうのが本音なのだ。
彩華は、祈夜の方を見てゆっくりと言葉を紡いだ。
「祈夜くんの事、本当に優しいと思うし、すごく助けられて………年下なのに頼りたいって思った。手を繋ぎたいなって今でも思ったりもするんだ。………でも、まだ気持ちの整理がつかなくて、自分の気持ちがわからないの。…………だから、まだそのお誘いには答えることが出来ません」
「……………そうか」
祈夜は怒るだろうか。呆れるだろうか。「もういい」と言って、彩華の前からいなくなってしまうだろうか。
そう思って彼の言葉の続きを聞くのが怖くて仕方がなかった。
けれど、彼は何故が嬉しそうにニッコリと笑い、こちらに手を伸ばしたのだ。
「今日はそれ聞けただけでも嬉しい。俺の事少しは考えてくれてるなら。それに、俺もおまえと手繋ぎたかったし」
「………ごめんなさい」
「いいんだ。答えを急ぎすぎた。ほら、いくぞ!終電に間に合わないっ!」
彩華は祈夜の手を取って走り出した。
2人のシューズで走る音が街に響く。
カツカツという女らしいヒールの音じゃない。タイトスカートで走れない、可愛らしい女の子じゃないかもしれない。
けれど、こうやって彼の並んで走る時間も悪くない。
そう思って思わず笑ってしまう。
すると、祈夜も隣で笑ってくれる。
そんな時間が彩華にはとても幸せに感じられたのだった。
好きだな。
そう思える人と過ごす時間は特別で。
それが、両想いになって、恋人になった後はどうなってしまうのだろうか。幸せすぎて、泣いてしまうのではないかと彩華は思ってしまう。
けれど、1人になれば冷静になれる。
自分で選ばなければならないという事を。
ずっと気になっていた葵羽にしっかりと告白するのか。
それとも返事を待っていてくれている祈夜を選ぶのか。
どちらも選ばないのか。
そんな事を悩んでは、ため息と共に自分は恋愛に向いていないなと思ってしまう。
けれど、1度甘い時間を過ごしてしまうと、もっと近づきたい、一緒に笑っていたい。そんな風に思ってしまうのは贅沢なのだろうか。
自分には無理だと思っていた街を歩く恋人たちの幸せな姿。自分にもそんな事が出来るのだろうかと思ってしまう。
けれど、焦れば焦るほどに考えはまとまらずに終わってしまうのだった。
そんな時間にも終わりが来る。
事態が急展開したのだ。
それは最後に葵羽に会ってから1週間が経った頃だった。
いつものように仕事が終わり保育園を出て駅への道を歩いている時だった。
暗い夜道に誰かが立っているのがわかった。
始めは知らない人だろうと思ったけれど、近づくにつれてそれが誰なのかすぐにわかった。
街灯に照らされる金色とも銀色とも思える髪。背が高く細身の体。葵羽だった。
灰色のタートルネックのニットに黒のジャケット、ズボンという姿だ。葵羽に会う時はいつも神社の和装のため、彩華は驚いてしまった。モデルのように服を着こなし、暗闇に立つ姿はとてもかっこよかった。
「彩華先生」
「あ、葵羽さん………」
葵羽は彩華を見つけると、こちらに駆けてきた。そして、ニッコリと「こんばんは。御仕事お疲れ様です」と挨拶をしてくれる。いつもと違う姿に彩華はドキドキとしてしまい、顔が赤くなってしまうのを感じた。今が夜でよかったと思った。
「彩華先生を待っていました」
「え………」
「もしお時間がありましたら、私の少し時間をくれませんか?」
いつものように穏やかに微笑む葵羽。
彼の話は何だろうか。この前、話が途中になったことだろうか。
彩華は、それがずっと気になっていたので、葵羽の問いかけに小さく頷いた。
「はい。前にお話しできなかったので、ぜひお話ししたいと思っていました」
「ありがとうございます。………よかったです。車を用意していますので、少し落ち着ける場所へ移動しましょうか」
彼の提案に頷き、彩華は近くに泊めてあった彼の車に乗った。白の大きな車は一目で高級車だとわかった。中は、ブラウンで統一されている。助手席のドアを開けててもらい中に入ると、彼の香水なのだろうか。ウッド系のいい香りがした。皮の椅子もとても座り心地がよかった。
「では、少しだけ移動しますね」
葵羽は、ゆっくりと車を発車させる。
彼らしい、相手を気遣う運転だった。
「突然すみませんでした。待ち伏せなんてしてしまって」
「いえ………葵羽さん、寒くなかったですか?」
「大丈夫ですよ。そんなに待っていませんから」
そう言っていたけれど、彼の指先が真っ白なのを彩華は気づいていた。
長い時間待っていてくれたのだろう。そう思うと、彩華は申し訳なかった。それと同時に彼がそこまでして自分に話したい事は何だろうかと気になってしまった。
「この間、彩華先生は軽率だったと言いましたが。それは、私がしている指輪を見て言ってくれたのですよね」
「……………はい。そうです」
突然、彩華が気になっていた話が始まる、ドキッとしてしまう。
葵羽はまっすぐに前を見て運転をしながら、「やはり、そうでしたか」と、苦笑した。
「………指輪をしているというのは大切な人がいるのだろうって事なのに、お食事に誘うなんて………すみませんでした」
「彩華先生はそんな事まで気にしてくれていたのですね。………ありがとうございます。確かにこの指輪は大切な人のものです」
「…………」
あぁ、やはり彼には大切な人がいるのだ。
それなのに、こうやって彩華が気にしていた事に気づきて声を掛けてくれた。
彼の優しさに感謝しながらも、もう葵羽の事は諦めなければならない。そう思った。
彼の優しさに惹かれ、子どもたちと共に遊ぶ少年のような笑顔、そして舞を披露した神秘的な姿、紳士的な言葉の数々に彩華は恋に落ちたのだ。
けれど、彼には特別な人がいる。それは自分ではない。
それがわかり、彩華は涙が出そうになるのをグッと堪えた。
けれど、葵羽は言葉の続きを発し続けた。
「この指輪は僕の大切な人、兄の物なのですよ」
「…………え」
「私の両親は離婚して、父親が私たちを育ててくれました。けれど、父はとても忙しい人でしたから、兄が父親であり母親の代わりをしてくれました。私は兄が大好きだった。………ですが、兄は亡くなってしまって。……兄の遺品であるこの指輪を私が貰ったのです」
「お兄様の指輪………」
「ええ。この指輪がぴったりなのがこの指なので。………勘違いをしてしまいますよね。………すみません」
「…………じゃあ、恋人や結婚相手がいるんじゃ………」
「いませんよ。居ないからこそ、あなたをこうやって誘っているのです。」
その言葉と同時に車は止まった。
ハッとして前を見ると、そこには綺麗な街の明かりが一望出来る夜景があった。そのまで高くない場所。だからこそ、夜景がとても近くに見える。とても美しい場所だった。
その光りに魅了されていると、彩華はシートベルトを外した彼の体に覆われてしまう。
力強く抱き締められる。葵羽からは車に香っていた香水の香りがして頭がくらくらしそうになる。甘い香りではないのに、彼に酔ってしまいそうだ。
「あ、あの………葵羽さん………」
「彩華先生。私はあなたが好きです。子どもが何よりも好きで、仕事を頑張る姿がすごくかっこいい女性だと思いました。それに、微笑んだ顔は子どものように可愛い。1年間あなたを見てきて、会えない日が続くといつあなたが神社に来てくれるのだろうかと心待ちにしていました。そして、あなたに恋していると気づいたのは、あの秋祭りの日です」
「………秋祭り……?」
「えぇ。あなたはあの原っぱの中を歩いていてそのトンボがひらひらとあなたの回りを飛んでいた。それが、何故かあなたも飛んでいってしまいそうに儚く見えました。そして、私を見て微笑んだとき、心が揺れました。今でも覚えてしまう。………綺麗だな、と。」
「そんな事………私が綺麗だなんて………」
彼の声が耳元で聞こえる。
それがとても心地よくもくすぐったい。けれど、もっと聞いていたい。恥ずかしい。
そんな葛藤があった。
葵羽は強く強く彩華を抱きしめており、逃げることなど出来ない。甘い声から彩華は逃げられないのだ。
「…………だからこそ、あなたが違う男と手を繋いでない歩いているのを見て、すごくショックを受けました。…………あの人はあなたの恋人ですか?」
葵羽の言葉を聞いて驚いた。彼は祈夜と歩いているの姿を見ていたのだ。
彩華は動揺したものの、彼には話さなければと思っていた。
………気持ちを教えてくれたからこそ、自分の話をしなければ、と。
「………私も葵羽さんにずっと惹かれていました。初めて好きだと思える人が出来た。それは葵羽さんでした………ですが、少し前に彼と出会ったのです。彼とは恋人ではないですが、その………気になっていると好意を伝えてくれた相手です。」
「では………あなたは彼ともう………」
「………自分の事なのにわからないのです。2人の人が気になるなんて、小説や漫画だけだと思っていました。恋愛とは縁がない私だったのに、どうして急にそんな風になるかわからないんです。………ごめんなさい」
「そうでしたか。でも、あなたが私の事を好きでいてくれたなんて、嬉しいです」
「葵羽さん…………」
葵羽はそう言うと、彩華の髪を優しく撫でた。
「彩華先生の気持ちが落ち着くまで待ちたいと思います。ですけど、こうやって腕の中に愛しい人がいると我慢出来なくなりそうですね。早く自分の物にしたくなってしまう」
「…………葵羽さん!?」
「あぁ……ごめんなさい。好きになると気持ちを押さえられのですね………。早く自分だけを見て欲しいと思ってしまう」
葵羽の手が彩華の頬に触れられる。
ひんやりとした手が、火照った体には丁度よく気持ちいいと感じられた。
そして、彼の親指が唇に触れられて、思わず体をビクッとさせてしまう。
「………彩華先生が好きです。私を選んで欲しいです」
彩華が見つめる葵羽の瞳はほんのり潤んでいた。そんな彼はにっこりと微笑んだ後にもう一度彩華を抱き締めた。
彩華は彼の体温を感じながら、心では1つの感情が沸き上がってきたのだった。
☆ここから先は分岐点になります。
あなたは葵羽を選びますか?
それとも祈夜を選びますか?
葵羽の方は「葵羽ルート1話」へ
祈夜の方は「祈夜ルート1話」へ
…………始めは葵羽ルートから更新します。祈夜ルート希望の方はしばらくお待ちいただくか、葵羽ルートからお楽しみください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます