第4話「手を繋ぎ、スタートする恋」






   4話「手を繋ぎ、スタートする恋」




 彩華は石段を下りながら、ハァーっと大きなため息をついた。

 夕方、この神社に来る時は、心は弾んでいたのに、今は全く逆の気持ちになっている。心まで下り坂だった。


 自分の迂闊な言動に、今さらながら反省してしまっていた。

 何故、少し褒められたからと言って、あんな事を言えたのだろうか。葵羽のお世辞だとわかっていたはずなのに、調子がいいのも程があるなと、彩華は自分の行動を反省していた。

 

 1年間気づかないふりをしてきたのに、先程の彼の神秘的な舞で、我慢という全ての壁は崩れ落ちてしまったのだろうか。


 葵羽の左手の薬指にはシンプルなシルバーリングがはめられている。

 それが意味するものがわからないはずもない。彼には大切な人がいるという証拠だ。恋人かもしれないし、もしかしたら結婚相手かもしれない。

 

 それがわかっていて声をかけたのだ。

 しかも、彩華はいつもよりおしゃれをして気合いを入れている。

 葵羽がもしも鈍感だとしても、そんな女性から食事に誘われたら、自分に好意があるのではないかと気づくだろう。

 誘った後の彼の複雑な表情は、やはり食事の誘いは迷惑だったのだろうと彩華は感じていた。


 既婚者であったり、恋人がいるかもしれないもわかるようにしているのに、声を掛けてくる女性がいるとしたら、彼はきっと幻滅するのではないか。

 大切な相手がいる人を誘惑するなんて、軽い女だと思われたかもしれない。



 「………最低だな………私」



 しかし、それに気づいていたのに声を掛けたのは彩華自身なのだ。

 彩華自身も、自分がそんなに勝手な人間だったのかと、ショックを受けてしまっていた。好きな人が出来ると、こんなにも夢中になってしまうものなのかと知った。


 だが、何よりも彼を傷つけてしまったかもしれない事が彩華には気がかりであった。


 自分が嫌われるのはイヤだけれど、彼自身が「そんなに軽い男に見えるのか」と思っていないかが心配でもあった。

 自分の気持ちを押さえられなかった事を恥ながらも、もし葵羽とまだ話す機会があるのであれば謝罪しなければと思っていた。



 ………だが、今は彼に会うのが怖かった。



 次に葵羽に会ったときに、どんな顔をされるのか。彩華は怖かった。


 

 俯きながら歩き、何度目かの大きなため息をついて、フッと顔を上げる。

 すると、いつの間にか神社の最寄り駅の前に着いていた。

 すると、目の前に沢山の人がごった返しており、これから先は全く前に進めない状況だった。

 何かのスポーツ観戦かライブでもあったのだろうか。首からタオルをかけたり、薄着の人が目立っていた。そして、熱気が凄かった。周りの人と歌いながら踊っていたり、お酒を飲んで話をしているのだ。

 彩華は早く駅に入ろうと、人の間を縫うように歩こうとするが、なかなか上手く行かない。


 その時だった。彩華の体が何者かに引き寄せられ、そのままよろけてしまう。



 「あっ…………えっ………」

 「おねぇーさん!1人で参加してたの?これから一緒にご飯食べに行こう」

 「いいねー!もちろん俺らがおごるからさ。楽しもうよー」


 すでに顔が赤くなりお酒が入ってように見える男2人に声を掛けられてしまったのだ。

 普段ナンパのような事をされるのは、ほとんどにったので、彩華は驚ろきつつどうしていいかわからずに、「あの………違うんです……」と言う事しか出来なかった。

 それでも彩華の肩を掴んだ腕の力は強く彩華はあっという間によろよろと駅とは反対方向へと連れていかれてしまった。



 「あのっ!離していただけませんか?………私、行きたくないのでっ!」



 先ほどより大きな声でそう言うけれど、周りは騒がしく聞こえていないのか、男たちは「え、何?まー、いいからいいから。行けば楽しいよ」と言って手を話してくれない。



 「………やめて………っっ…………」



 更に大きな声を上げようとする前に、今度はナンパをしてきて男達とは違う方向へと体を引かれた。

 彩華は誰かに手を繋がれたのがわかった。とても温かい手だった。



 「何やってんだ………行くぞ」

 「え…………」



 そちらを向くと、彩華の少し高い身長と同じぐらいの背の高さで、黒髪で少し目付きが悪い男が彩華をジットリと睨み付けてそう言った。


 彩華も先にナンパをしきた男も唖然として、彼を見ていた。

 


 「おいおい、少年。このお姉さんは俺たちが先に…………」

 「俺の連れだ。勝手に連れてこうとしてんじゃねーよ。………いくぞ」



 そう言い放つと、その黒髪の男はさっさと彩華の手を引いてどんどんと歩いてしまう。

 人混みをずんずん歩いていく。

 その彼を後ろから見ていると、猫っ毛なのかふわふわと黒髪が揺れていた。

 どうして彼が自分の手を握っているのか。

 それはわからないけれど、先ほどの男の人とは違った雰囲気を感じ、彩華はその手を離す事が出来なかった。



 駅の反対方向へと向かい、人混みがなくなったのは、商店街を抜けて少し静かな道になった所だった。



 「よし………ここでいいか」

 「あ、あの…………」

 「あの駅、構内の停電で動いてないんだよ。だから、ライブ終わった客とかが溜まってんの」

 「え………あ、そうなんですね………」

 「あんた、どこに行くつもりだった?」

 「家に帰えるつもりで…………」



 彼に自分の向かう駅の名前を伝えると、その男は「じゃあ、あそこの電車じゃなきゃ帰れないな」と、呟いた。


 そこで、まだその彼と手を繋いでいた事に気がついた。

 ジッとその手を見つめてしまうと、黒髪の男もその視線に気づいたのか、パッと手を離してしまった。

  先ほどまで包んでいた温かい手の感触が突然消えて、彩華は名残惜しい気持ちになってしまい、空いた手を見つめた。

 


 「駅からここまで来れば安心だろけど………お前どうすんの?タクシーで家帰るのか?」

 「え、あ…………どうしよう」

 「………電車待つならこの先に俺の店あるから行くか?飯でも出す」


 

 そう言ってまた彩華の返事を聞かず、黒髪の男は仏頂面のまま彩華の手を掴んだ。



 「あ、あのっ………」

 「………なんだよ。行きたくないのか?」

 「いえ………先ほどは助けていただき、ありがとうございました」



 彩華は年下であろう目の前の男に小さく頭を下げて、そうお礼を言った。

 酔っぱらいの男達から、自分を助けてくれたのは事実なので、彩華はお礼を言わなければならないと思ったのだ。

 

 そんな彩華を見て、黒髪の男は目を大きくした後呆れた顔でひきつったように笑った。



 「なんでそうなんだよ………俺だって同じようなもんかもしれないだろ?ただの店のキャッチかもしれないとか…………」

 「そ、そうか………」



 彩華は言われてから、確かにそうだなと思っていて、今度は自分が驚いた顔をしてしまった。

 確かに彩華は助けを求めていたわけではないし、見ず知らずの男性に手を握られるのは、そういう目的もあるのだろう。

 けれど、目の前の彼が手を握って勝手に自分を連れ回しても、彩華は不思議と嫌な気持ちにならなかったのだった。


 そんな呆けた表情を見て、黒髪の男は大きくため息をついた。

 そして、「まぁ、いいわ。………行くんだろ?」と再度問い掛けられたので、彩華は頷くと、彼は彩華の腕を引いたままドンドン歩いていく。


 彩華は不思議な縁を感じながら、ゆっくりと歩く彼の背中を見つめながら歩いていった。



 


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