第9話 ゴブリン退治 後半
前衛の俺は松明を掲げ、行先を照らす。
中間にいるアーサーも光源を失う危険を避けるため、ライトの魔法によって杖を松明代わりにしている。
洞窟は入り口の大きさが20メートルほど続き広場になっている。まるでエントランスのようだが、そこには小動物の死骸や骨が散乱していて、生活の場として機能していたことを物語っている。
広場も奥まで来ると、正面と右側とに分かれて通路があった。右側は松明をかざすと奥行きは知れるが、正面は松明の灯が照らす範囲のさらに奥へと続く。
先ずは、右側の探索。警戒のためアーサーと後衛を広場に残す。
ロブザフと俺は、右側の通路を慎重に進む。通路は幅2メートルほどで、3メートルくらいの長さしかない。その先は、人が10人くらい入れる広さになっている。
部屋の用途は不明だが、壁面には中型の動物のものと思われる、なめし皮が所狭しと吊るされていた。
少し時間はかかったが、なめし皮を全て捲り、伏兵の存在を確かめた。その用心は杞憂に終わったので、俺とロブザフは元の広場に引き返した。
次は正面の通路だが、先ほどの通路より若干幅は狭く、武器を大きく振り回すのが難しいようだ。
振り回す攻撃では、武器の効果を制限させてしまう。通路内で戦闘があった場合、剣ならば刺傷を狙った方が良いだろうと、俺はマッジ、ニパと確認し合う。
まあロブザフは好きに、ぶん回してくれれば良い。
俺とマッジの剣は割と長く、特に注意する必要があった。
----
正面の通路は一列にしか進めない、何処まで続いているかは松明やライトでは測れない。ニパはクレアボヤンスの魔法を発動して通路を探索する。
通路は少し下り坂で、5メートルほど進むと左側にカーブが始まる。カーブは3メートルほど弧を描きながら、再び真っ直ぐな道が10メートル続く。その先は人が40人ほど入れる広場になる。
その広場には7匹の武装したゴブリンが出入り口で待ち構えていた。
他に小柄で華奢な身体つきからメスと思われるゴブリン15匹、そして人の腰よりも低いゴブリンの子ども10匹が、奥で身を寄せ合っている。
弱いながらも、子を守るためメスも死兵が如き働きをするだろう。数では圧倒的に、こちらは不利だが壁や通路を背に布陣できれば、包囲されることはないだろう。数の不利はカバーできる。
また頭数がそろったとはいえ、実際戦闘で注意しなくていけないのは、武装ゴブリン7匹のみだ。
隊列は一例に組み直した、ロブザフが先頭で俺が続く。俺の後はマッジ、アーサー、殿はニパという布陣で通路を進む。
ニパの偵察では、ゴブリンはこちらの侵入に気づいているようだ。
入り口が広いため、洞窟内からでも外の様子は伺える。洞窟内にいた見張りが、外見張りが倒されたのを報告したとも考えられる。
となると、敵にはドワーフを見て狂騒状態にならない強力なゴブリンがいる可能性もあるが、それほど強力なリーダーが見張り役をするだろうか?
ニパの話では、広場にいた7匹は取り分け強いゴブリンには見えなかったそうだ。とはいえ通路や別の部屋にゴブリンが隠れている形跡もない。
単に洞窟内の見張り役が物音に驚いて敵襲の報告に行ってしまいドワーフを認識できなかった可能性が高い。
クレアボヤンスや洞窟内の探索で発見できなかったのだから、無駄に強力なゴブリンを想定して『自らが作り出した影』に怯えることも無い。
----
正面の通路を進む隊列は、カーブを越えて直線に入った。10メートルほどで敵と遭遇する予定だ。移動によって集中が切れているため、ニパはもうクレアボヤンスは使えない。
先頭のロブザフは俺に目配せをした、そろそろ通路が終わる合図だ。狭い通路で足止めされる前に広場に出て橋頭堡を確保したい。
ウォーハンマーを握りしめ駆け出すロブザフに続き、俺は松明とバスタードソードを構えて走り出した。
それと同時に、俺の背後から男の叫び声が聞こえる、たぶんアーサーの声だ。
俺は一瞬迷うが、後衛の2人を信じて今はロブザフと共に広場のゴブリンに対峙することが最善だと考えた。
恐らくロブザフも同じ思いなのだろう、かのドワーフの耳にもあの声は届いたはずだ。それでもロブザフは微塵の迷いなく広場に向かう。
----
ニパは、突然空中から刃が現れたのを見た。エルフは人のそれを凌駕する月日を生きている。
その月日を過ごした経験は、突然の出来事に対しても冷静に思考できる土台になっている。
恐らくインヴィジビリティで不可視となっていた敵が、攻撃を開始した事で可視化したのだろう。
刃はショートソード、それを持つ者の姿も現れる。人並みの身長、ローブで全身を覆っていた。
ニパもショートソードを構えるが、敵の刃が狙うアーサーを助けることは間に合わない。
敵は最初からマジックユーザーを狙っていたのだ、先に進む武装した3人を見過ごして、杖で灯りを放つ男が前に来るまで待っていた。
ショートソードを使うならマジックユーザーではない。
ニパは一瞬、北方に住む死のエルフの姿が頭を過る。
しかし、敵のショートソードが突き刺さりアーサーが叫び声を上げた時、ローブのフードが捲れた。
露わになったのは、醜くいゴブリンの顔だった。
マジック アイテムに、姿を消す魔法『インヴィジビリティ』と同じ効果を発動するローブがあるのは聞いていた。
しかし何故そのような希少なアイテムをゴブリンが保有しているのか?このゴブリンの集団の裏には、強力なマジックユーザーがいるのでは?
現れたゴブリンは今までのゴブリンに比べて体躯は頑強だ。この個体ならドワーフを見ても狂騒状態に陥いらない。つまりゴブリンリーダーだ、それが奇襲の役割を担っているのも不可解だ。
しかし今、敵にマジックユーザーがいる事を想定したところで、情けないが何ら対処はできない。つまり打つ手はない。
ならば今はこのゴブリン リーダーを倒す事に集中するべきだ。
アーサーは刺された刃が引き抜かれると、力なく倒れこむ。
杖は灯りを保ったまま倒れたアーサーと共に地に落ちた。
マジックユーザーの生命力は、ゴブリンリーダーの一撃に耐えられなかった、絶命。
----マッジは突然の背後の叫び声に反射的に振り返った。顔に生暖かい液体が当たる、倒れるアーサーの脇には突如現れた大柄なゴブリン。
倒れたマジックユーザーの杖の灯りが、地表からゴブリンを照らす。一瞬、ゴブリンが笑った様な気がした刹那、剣撃の音。
ゴブリンは素早く振り返り、ニパと剣先を交える。
(出遅れた)内心呟き、マッジは舌打ちをしてロングソードを構える。
刺撃を狙い、腰を落とす。一呼吸置いて、動揺を払拭する。
(落ちつけ、よく見るんだマキリカ)自分に言い聞かせる。
タイミングを誤れば、ニパに被害を加えてしまう。冷静なニパならマッジの狙いは織り込み済みなはず。慌てて動けば続く被害者を出す恐れだってある。
ニパとゴブリンは剣撃を交え、一進一退の攻防を繰り返していた。ニパなら態と隙を作るのでは?マッジの頭に、その発想が過る瞬間、ニパがバランスを崩す。
ゴブリンリーダーはここぞとばかりに、力を腕に漲らせ強張り刺撃を狙う。
(今だ)そう思うより早くマッジは動いていた。
ロブザフと俺の行動は結果となり、対ゴブリンの橋頭堡を広場に確保できた。
もちろん無傷ではないが戦いは有利に進み、後衛が合流した時には、敵主力7匹の内、3匹を討ち取っていた。
灯るアーサーの杖を持ってきたニパの姿が、仲間の死を告げていた。
----
数では優っていたゴブリンだったが、それは俺たち4人に対して到底戦力と呼べるようなものではなかった。如何にか俺たちと戦える4匹のゴブリンが討ち取られると戦線は崩壊した。
ドワーフによる狂騒状態なのか、それとも死を覚悟した恐慌状態なのか、残ったメスや子どもが形振り構わず俺たちに襲いかかってくる。
それは凡そ戦闘と呼べるものではなく、俺たちによる一方的な虐殺だった。
他のメンバーにその自覚があったかは分からないが、俺は自分の行為に割り切れない暗い影を感じていた。
----
霧雨の中の狼。
俺が思い描く冒険者たちの光は、かつて俺が所属していた部隊が行った冒険者たちへの非道が元になっていた。
王都の帰路、我が部隊は霧雨の中の行軍で遭遇した冒険者4人を殺害した。
冒険者たちは医療品や食料品を分けて欲しいと接触してきたのだか、上官は冒険者たちの金品に目が眩み、騙し討ちをしたのだ。
当時下っ端の俺は嫌々ながらも命令に従う。
多勢にも怯まず勇猛果敢に戦う冒険者の姿に俺は崇高の念を抱いた。そして同時に自分の卑屈さを呪った。
つまるところ俺が冒険者に抱いていた理想は、兵士という自分に向けた憎悪から目を背けるための幻想なのだ。
枠の中に居ようと、外に居ようと、そこから人の営みが消え去ることはない。
冒険者たちも、生きるために狡猾になり卑怯に立ち回ることもある。卑劣で残忍な決断を下すこともあるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます