第8話 ゴブリン退治 前半

寝ぐら反撃についてパーティーの方針が決まる頃、東の空が白み始める。

話し合いの結果、明朝出発で今日は準備という手筈になった。

住処は分かったのだから慌てる必要はない。とりあえず夜警を終えて、今から休むことになった。

俺たちは用意された宿舎に戻ると、間仕切りで隔てたスペースで、それぞれ休息する。俺は眠気に勝てず、何の警戒もせずに寝てしまった。仲間がいることで安心したのだろうが、兵隊時代の自分が嘘のような豹変だ。


睡魔で薄れゆく意識の中

(俺は意外に甘ちゃんなんだな、こうも簡単に他人を信じるなんて)という言葉が過ぎるのを最後に、俺は眠りに落ちた。


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鉛色の世界に雨が降っている。

霧雨は、執念く身体に纏わり付き、徐々に俺から熱を奪っていく。足場は泥濘み思うように歩けないが、行軍は容赦なく進む。

列を崩した兵士に、上官は槍を打ちつけ罵倒を浴びせる。何処に行き、何をするのかも知らされず俺たちは進む。


何故こんな事になってしまったのか。畑を耕し、狩りをして、共に暮らした家族はもういない。

生きるためには、山賊になるか兵士になるしかなかった。山賊が嫌なら、行軍するしかない。兵士だって山賊と変わらない、派遣された先で掠奪をするのだから。

それでも建前は領民救済だ。比べ山賊は建前なく本音で生きている、それは弱き者から奪うこと。

野犬として生きるか、猟犬として生きるか、問われれば鎖に繋がれても、人として生きたい。


ふと横道に目を向けると、先には小高い丘があり4匹の狼がいた。

こんなに霧雨で視界が悪いのに何故か狼ははっきりと見える。


嗚呼これは夢だ。本当はあの時、丘にいたのは狼ではなくて...


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目覚めると誰よりも寝ていたようだ。昼飯の時間も大分過ぎていた。

ロブザフに「寝坊助、寝首をかかれるぞ」と笑われたが、「ドワーフなら戦う前に、起こしてくれるだろ?」と返す。

ロブザフはその面白くない冗談が気に入ったらしく、豪快に笑う。


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明朝、霧が立ち込め村周辺は視界が悪かったが、見晴らしの丘から森に向けて進む頃には、霧は晴れ視界は良好となる。空は快晴で陽気も少し汗ばむほどだ。


街道から外れて30分程、ゴブリンの寝ぐらがある森が見えてくる。

入り口付近からも伺える、人の立ち入りがない原生林。その森の闇の深さは、人間を拒み、恐怖で諭す。

その有り余る脅威は慈悲深くさえ感じる。抗うなと自然の摂理が語る、人は脆弱な存在だと。


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ニパが案内役となり先頭を進む。過剰な緊張感が俺の感覚を刺激して、見えない何者かに監視されているような焦燥感を生む。

それはマッジやアーサーも同じだったようだ、2人に目をやれば、薄っすらと汗が滲み、顔色が青い。


「胆っ玉が小ちゃい奴らじゃ、エルフがいるんじゃ森で危険なことは何もないわい」ロブザフは、顔色が悪い人間たちを鼻で笑った。


ドワーフの言葉に嘘はなかった。森の進路はニパの案内によって安全なものとなる。凶暴な野生動物のテリトリーや、毒をもつ虫や植物を避けてニパは進んでいく。


30分程進み、目的地の洞窟前に到着した。

暗い森の中のため、ゴブリンたちも陽光の下で受ける不利を無視できる。そのため2匹のゴブリンが、洞窟入り口の左右に配置されている。

入り口は一番高い中央部が5メートルほどで、左右に広がりながら低くなっている。幅は10メートル近くあるが、両端は低すぎて人が通過できる範囲は5メートル程度だ。

入り口の周辺は芝刈りが行われていて、遮蔽物は無い。


事前の打ち合わせ通り、俺とロブザフ、マッジは突撃の準備に入る。ニパが弓を構え終わると、静かに全員目配せをして突撃を開始する。


ロブザフとマッジは比較的近い側のゴブリンに突撃する、マッジの方が早いのは仕方ない。

颯爽と駆けるマッジに比べて、ロブザフが駆ける姿は転がる樽にしか見えない。

まあ鎧の差もあるから体格の所為ばかりとは言えないのだが。


俺は態と一呼吸置いて駆け出す、同時に矢がうなり風を切る。俺の目標は矢が腹部に命中して、呻き声を上げ前屈みになった。

俺は両手で構えたバスタードソードで、目標を袈裟懸けに切り落とす、絶命。


向こうでは、マッジが先陣を切って、ゴブリンにロングソードを叩きつけた。声を上げてグラついたゴブリンは、必死に手持ちのショートソードで応戦するもマッジの盾がそれを弾き返す。

それと同時に到着したロブザフのウォーハンマーが胸部に撃ち込まれると、血反吐を吐いてゴブリンは絶命した。


見張りのゴブリンを始末すると、アーサーとニパが近づいてくる。


アーサーは感心して「みなさん、戦い方が流れる様で無駄がありませんね」と声をかける。


「そうじゃな、ギルは思った以上に筋がいい、それに戦い慣れとる」と何故かドワーフからお墨付きをもらった。

まあ俺より、かなりの高齢なのだから悪びれず評価を喜ぼう。


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ロブザフは洞窟の前に仁王立ちして目を閉じる、大きく鼻から息を吸う音が聞こえる。

「広さも深さも大したことないな」ドワーフは入り口から流れてくる風や匂いといった気配で、その概ね洞窟や迷宮の規模を知ることができる。


「ゴブリン共が暮らせたとしても、50が限度だな」


その言葉を聞き「生活集団で考えるなら、戦闘構成員は30が限度でしょうから、半数は討ち取った計算になり、残りは多くても15匹。

その程度のゴブリンとの戦いは予想されます」アーサーが分析した。


「今2匹倒したわ」マッジはゴブリンの鼻を削ぎながら、こちらを見ずに会話に加わった。


「では頭の中での戦いは終わりにして、頭の外の話に移ろう」ニパは、皆を嗜めるように会話を区切った。


「わしが先頭じゃろう、ドワーフを見ればゴブリンは冷静さを失う、まあドワーフを見なくても奴らは狭了で臆病者だから考えなしに襲ってくるとは思うが」


アーサーはロブザフに答えて

「とはいえ強力なリーダーに指揮されていれば慎重な戦い方、例えば高低差のある場所での戦闘などを徹底される可能性はあります」


「つまりゴブリンたちに優秀な指揮官がいれば、ロブザフが先頭になる優位は無くなる。まあ優秀な指揮官がいればの話だが」そんな俺の言葉にドワーフは口を差し込む。


「お前たちは何時も戦いに小賢しい理屈をつけるが、わしが前に立つのは一族の名に恥じない戦いをしたいからだ」


「...次は俺が続こう、それで前衛を組むのはどうかな?」俺はロブザフの話は敢えて無視して話を続けた。


アーサーは「では、後衛はマッジとニパに担ってもらい、わたしは前衛と後衛の間に配置でどうですか?」


隊列は異論無く、まとまった。

後日マッジに聞いたのだが、ドワーフにとって文句、悪態、露悪は会話を円滑にする潤滑油のようなものらしい。一々突っかかるやり取りはドワーフたちには無く、俺のこの時の対応は正解だったらしい。

こういった特徴によってドワーフの多くが、人間社会で毛嫌いされているのだろう。

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