第7話 ニパの帰還
村の入り口の広場、先程までゴブリンとの戦いが行われていた場所だ。
俺たちは、篝火を囲みニパの帰還を待つ。それぞれが葡萄酒やエールといった好みの飲みものを、村人から振舞われる。
ロブザフは先程の戦闘で少なからず傷を負っている。しかしドワーフにしてみれば、この程度の傷では物足りないようだ。
「次の戦いは、あんな姑息な魔法は使わんでくれ」言い放つ。
間髪入れず「胸くそが悪い」と唾を吐き、エールを飲み干す。
アーサーは静かに答える「ドワーフの矜恃ですか?」ロブザフは言葉無く、力強く頷く。
「二人はどう思いますか?」アーサーが俺とマッジに尋ねる。
俺は「ニパが来てからにしないか?みんないる時に話した方が無駄がない」と提案する。
他のメンバーも異論はなく、ロブザフの提案は一旦保留され、それからは雑談へと移った。ロブザフの発言で緊張が増した空気は、話しや酒が進むと次第に緩和していく。
みんな過去のことは話さないし、誰も聞かない。心底腹を割って話しはしないが、俺にはそれが心地良かった。
兵役時代の話はしたくなかった、自分が捨てた自分を知ってもらっても、仲間たちには何ら利益は無いはずだ。今の俺がモンスターと闘うのだから。
ロブザフは故郷の酒が如何に美味いか、振舞われた酒にケチをつけて力説する。アーサーは魔法の源泉は、イシュタルバードという古の都市国家にあり、その遺跡は未だ発見されていないと説明してくれた。ちなみにこの話の途中にも、酒で饒舌になったドワーフは割り込み、かの古の魔法都市はドワーフが建設したものだと、祖先の偉業を誇る。マッジは慣れない酒を飲み、笑い上戸になり意味もなく話に合わせて笑っていった。
かなり飲んだロブザフと、それに付き合ったマッジが篝火の前で寝てしまうと、俺はアーサーに切り出した。
「ドワーフの名誉を立ててやらないか?」
アーサーは静かに笑って
「意外でした、ギルは手堅く成果を求めるタイプだと思っていました」と答えた。
「その人物観察は当たっているよ、俺のポリシーは"戦う前に勝て"だ。しかし俺は冒険者になったばかりのヒヨッ子だ、だからこそ冒険者らしくいたい」
アーサーは少し考えて
「つまり、ギルは自分のポリシーを優先するより、ロブザフの戦い方を認めた方が冒険者らしく、いられると考えているのですか?」
俺は答える「冒険者は兵士とは違う。枠で縛れば集団の力は増すが、個の力は削がれる。種やクラスが入り乱れる冒険者たちは、まず個の力がなければならない。
ケースバイケースだが、個を抑え込みすぎるのは、パーティーの成長を阻害する恐れがあるのでは?」
「ケースバイケースと言いましたね?」
「今回の作戦で、ゴブリンたちに可なりの損害を与えたと考えられる。根拠は2つ。1つは今回は再襲撃だったため、ゴブリンは最大戦力を動員してきた可能性が高いこと。
もう1つはあれ以上の集団を維持するなら強いリーダーが必要になるが、あの集団の中に目立った体格のゴブリンは見られなかったこと。
ならばこちらの寝ぐら反撃に大きな危険は無いと考えていいのでは?」
「つまり住処への攻撃は、個の成長を優先させるべきだと?」
「俺の推測だか、ロブザフが冒険者となった理由に、マッジの教育があるんじゃないかな?だからロブザフは、戦士たちに実戦の機会が欲しいと考えている」
アーサーは唸り
「ギル、あなたの思慮深さは、わたしよりマジックユーザー向きですよ」と肩を竦めた。
俺は笑って「俺は俗物で享楽的な世人だからな、崇高な知の信奉者にはなれないよ」と手を振って少し戯けて見せた。
「それに、世人だから見えることもあるさ」
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夜明け前の闇が深まる頃、ニパは帰還する。その時にはロブザフもマッジも起きていた。
俺はニパに休息を促すが「人間に必要なものが、我が種族にも必要だと考えているなら、改められよ」と、ニパは直ぐ様報告に移った。
ニパによると、やはり寝ぐらは例の森の中にあった。
森を30分ほど分け入った所にある洞窟に、2匹のゴブリンは帰っていった。2時間程身を潜め、様子を伺っていたが変化は無かったため戻ってきたのだ。
話は住処への攻撃作戦に移る。ロブザフは先程の提案を再び主張する。
村での作戦には参加せず別働隊だったニパは、スリープ クラウドの発動や作戦に問題や不備があったのか尋ねる。
「上手いことが続くと、戦いの感も腐る。それに魔法使いの都合ばかりは気に入らん」
そんなロブザフの発言の後、ニパは
「ドワーフの考えは置いても、洞窟内部の構造が不明な以上、スリープ クラウドに依存するのは問題もある」
「魔法は、アーサーとニパ何回づつ使えるの?」マッジが純粋な疑問を尋ねる。
アーサー曰く「わたしは、レベル1魔法を2回とレベル2魔法を1回で、ニパはレベル1魔法を1回ですね」
スリープはレベル2魔法だから、このパーティーではアーサーのみが発動できる。
「わたしたちの魔法結合力は、今はその程度です。スリープを使わないなら、もう一つのレベル2魔法はエンチャント マジック ウェポンになります。
制限ある魔法結合力を無駄にすることは、危険を増やす愚行です」
魔法は羊皮紙などの媒体に、詠唱内容や必要な魔法印、触媒などの情報を記録することで所有される。
しかし、それを読んでも魔法は発動できない。
自身の内なる魔力と魔法を結合しないと使用できないのだ。つまり魔法を多く所有していても、魔法を多く使用できる訳ではない。
自分の魔力と結合できる魔法の数はマジックユーザーの力量によって増加する。魔法使用後は、再結合しなけば魔法発動はできない。
結合は魔法1つにつき数分で完了するが、誰にも邪魔されずに魔法円の中で瞑想する必要がある。
冒険者ギルド『ワイバーンの塔』には、瞑想専用の個室が幾つも用意されていて、ギルド メンバーなら誰でも使用できる。
冒険中は、そういった環境を整えることが難しいため、冒険前に結合する魔法の選択ミスは死に直結する。
幸いホスは人口も少ない静かな村だし、村人も協力的だから、瞑想環境の整備は容易だ。
このように結合魔術の選択はマジックユーザーにとって最重要事項であり、何人たりとも侵せない神聖不可侵な権利なのだ。
「スリープを結合しないならばマジック ウェポンを結合。
わたしとニパで合わせて、レベル1魔法の結合は3つ。ライト、マジックアロー、クレアボヤンスを選びたいと思います」
ドワーフは「あの魔法がないなら、かまわん」と頷く。
ニパは「魔法の選択に同意する」と短く答える。
「羊飼いは狼に相談しろってことね、魔法のことは任せるわ」マッジは意味の分からない例えを口にして同意した。
「いつ、やるかだな」
俺は4人を見回した、まだ夜は明けない。
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