第6話 緒戦
次の日の夕刻、ロブザフは一人で村の入り口に立っていた。
この夜、ホスでは篝火の準備はされていない。刻一刻と日は陰り、村は漆黒に支配されていく。
ロブザフは不機嫌だった。このドワーフにしてみれば作戦やら計画やらは無粋。
敵が己より強ければ逃げるのか?敵の数が多ければ逃げるのか?
否、ドワーフは戦うのだ。
しかし、今は冒険者として戦うのだ、仲間たちの戦い方を否定できない。ゆえに仲間たちもロブザフにドワーフらしい役割を任せてくれたのだ。
ロブザフは、村の入り口から見晴らしの丘を見据え、ゴブリンの襲撃に一人備えていた。
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ニパは、草むらで長い時間保っていた姿勢を崩し、立ち上がって深呼吸をする。
ニパの今回の役割は追跡。夕刻前より見晴らしの丘を監視できる草むらに待機していた。
エルフにはゴブリンと同じ暗視能力がある、暗視能力があるもの同士の間合いで、近過ぎず遠過ぎず適度な距離に身を隠す必要がある。
細く鋭い三日月が雲に隠くれ、暗闇の中で虫の声と川のせせらぎだけが聞こえてくる。
先ほど村に進撃した17匹のゴブリンたちの内、何匹が敗走してくるだろうか?
今回はアーサーの魔法で、仲間はほぼ無傷で済むだろう。何かアクシデントがあってもドワーフがいる。こと戦闘において、ドワーフほど心強い仲間はいない。
そのドワーフが育てた娘なら戦いで足手まといにはならないだろう。
あと一人は最低限の働きをしてくれればいい、恐らくその期待は裏切られずに済みそうだ。
もう暫く草むらに身を隠すことにしたニパは、完璧に気配を消して自然と一体化していった。
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暗闇の中、俺とマッジは息を潜め、扉の隙間から外の様子を眺めていた。気配を知られないように、隙間は僅かしかない。必然マッジと俺は身を寄せ合っている。
(だいぶ違うな)俺は内心呟く。
それは今まで相手にしてきた娼館の女たちの身体と比べた感想だった。マッジも娼婦たちと同じくらいの年齢だろう、つまり俺より10歳くらい若い。
同じ年齢で、同じ女、なのにこの違い。
娼婦たちの磁器のような白い肌、抱けば砕けそうな華奢な肢体、喘ぐ毎に鼻をくすぐる甘い芳香、男の腕に身を任し、すがる痴態。
比してマッジの、浅黒い肌、活力と躍動感溢れる野生的な肢体、鼻をつく汗とホコリの匂い、自らの判断と意志を信じる者が有する瞳の輝き。
これほど近くにいてもマッジからは女を感じない。ならば女とは、生物としての姿ではないのだろう。女は自分が求め、周りに求められて『女になっていく』のだろうか?
(男も同じか)俺は作戦中、そんなことを考える自分が、少し可笑しかった。今までの俺なら気にしないことが、気になってしまう。
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街道に沿ってゴブリンどもが進撃する様子をロブザフは村の入り口から見下ろしていた。タイミングはロブザフに一任されている。早過ぎれば魔法効果範囲が及ばないゴブリンが多くなるし、遅過ぎればロブザフがゴブリンに包囲される。同じ失敗なら後者の方がよい、ロブザフの腹は決まっている。
凡そ20匹近いゴブリンに、一人で対峙するのは初めての体験だ。雑魚扱いしてきた敵でも、数が増えると威圧感が変わるものだ。とはいえこのプレッシャーこそ、ロブザフが戦いに求めるもの。
(まだ、もの足りない)
どうせならこの十倍の軍勢と対峙したいものだと、ロブザフは少しの間、夢想した。
ゴブリンの突撃は砂埃を上げ、迷いなくロブザフを狙ってくる。どの地点でゴブリンがドワーフに気づいたのかは分からないが、下位ゴブリンはドワーフを見ると、その敵対心から一時的に狂騒状態となる。
(それも作戦の内だがな)
ロブザフはニヤリと笑う。
迫り来るゴブリンを迎撃するべく、ウォーハンマーを強く握り構え、合図である雄叫びを村中に轟かせた。
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アーサーは鐘塔の上で、精神を集中させ何時でも魔法が発動できる状態で待機していた。暗闇の中で目視による確認はできないが、ゴブリンの集団が村に進撃して来たのは、その足音や奇声で理解していた。
その時は来た。
ロブザフの雄叫びを聞くや、アーサーは警鐘に向かって『ライト』を発動。魔法の光が村の入り口付近を照らし、昼間の如く視界が開けた。
この展開を知っていたロブザフは、灯りに怯むことなく、先頭のゴブリンの頭部をウォーハンマーで確実に粉砕した。ゴブリンたちは突然輝いた光に目が眩み、事態を把握できていない。
アーサーは尽かさず次の呪文を唱え始める。ロブザフも数歩進みゴブリンの集団に割って入ると、又もやゴブリンの頭部を的確に粉砕した。
しかし、ゴブリンたちも混乱しているとはいえ、立ち塞がるドワーフに攻撃を開始する。ロブザフが集団に割って入ったことで、数匹のゴブリンと隣接する状態となり、それ等から反撃を受ける間合いとなったのだ。
攻撃は受けたが致命傷にはなっていない、ドワーフにしてみれば、かすり傷程度だ。
アーサーが次の魔法を発動させた。
ゴブリンの集団の中心に向かって意識を集中するとその地点より白い靄が広がる。魔法の名は『スリープ クラウド』低位の魔法なのだが、下位のモンスターや冒険者には、死を意味する魔法だ。
この魔法は生命力の弱いものから順に、抗うことが不可能な睡眠状態をもたらす。ある程度の強さが身についた者には、全く効果が生じないため、冒険の初期にのみ有効となる。
効果の対象人数は魔法発動時にランダムに決定され、ある程度の幅はあるが概ね10名強。また対象者の強さによっては、2から4名分のコストを1名に必要とする。
アーサーの見立てでは、ギルとロブザフは1人で3人分のコストを必要とするはずだ、ちなみにマッジは2人分。
睡眠状態はある程度の差はあるが凡そ1時間から2時間続き、強い衝撃が無いと回復しない。
つまり魔法にかかった者なら、確実に殺せる。
魔法の効果範囲に、もちろんロブザフも巻き込まれるが、計算上ロブザフに効果が及ぶのは最後。それまでに効果の有効数に到達するだろう。
想定通り、眼下のゴブリンは次々と眠り倒れこむ。効果は13匹に及び、先にロブザフが倒した2匹を含め、15匹のゴブリンが1分ほどで退治された。
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残った2匹のゴブリンは、狂騒状態から覚め敗走する。計画通り追撃はせず、俺とマッジは待機していた家屋から出てくる。
俺とマッジはゴブリンの集団が分かれて進行して来た場合と、戦列が伸びて魔法効果範囲が限定された場合の予備兵力だった。
しかし、ドワーフ認識によるゴブリンの狂騒を計算に入れた、アーサーの目論見が的中した結果となり、俺たちの出番は無くなった。噂に聞くスリープクラウドの威力を目の当たりにした俺は、魔法への畏敬の念を強くした。
俺はマッジと共に粛々と、ゴブリンの寝首を狩っていく。それが終わればゴブリンの鼻を削ぐ作業が待っている。
消化不良のロブザフは、マッジに一言「戦った気がせんわ」と愚痴を吐き、篝火の準備を始めた。
そんなロブザフの愚痴を聞いたのか知らずに察したのか、アーサーは鐘塔から降りてくると「ニパが戻ったら、本戦の打ち合わせをしましょう」と皆に声をかけた。
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村長や村人が、ゴブリンの死体を始末する中、俺たちは篝火の前でニパの帰りを待っていた。
やがて村人たちが死体の始末を終えると、俺たちは村長に、今晩は俺たちが夜警をするから休むように伝える。
少し遠慮していたが、割と簡単に承諾した。眠れない日が続いていたのだろう、こちらも素直に休んでくれた方が気兼ねない。
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