第5話 ホスの村

俺たちは、打ち合わせを終えると直ぐ様ナステビーを出発してホスに向かった。


この辺りは、ギルドの支配域だ。もちろんギルドは領主ではないから、領民から搾取はできない。この地域は国境付近であり、アスランドとバイランそれぞれに所属する豪族が反目し合いながらも共存している。

ナステビー樹立から80年、この地に両大国の常備軍が派遣されたことはない。


つまり俺にとって、初めて見る景色であり、初めて踏み入れた土地だ。


俺が住んでいたファルコニアより空気は乾燥しているようで、暑さの割に過ごし易い。丘陵地が広がっていて、王都の周囲に広がる平野の景色と違い、牧歌的な雰囲気が漂う。道路は人や馬車の往路によって道らしき痕跡が見られる程度のもので、王都周辺の整備されたものとは比べようもなかった。


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アーサーとニパは冒険者になる前から知己があり、お互いの共通関心だった魔法獲得のために、二人一緒に冒険者となったらしい。

ニパは薄く水色がかかった肌をしていて、胸当て、籠手と脛当てと言った俺と同じ装備だが、武器はショートソードにショートボウ。


マッジは、俺やニパと同じ装備に加え盾を備え、武器はロングソードだ。

ロブザフはチェインメイルにウォーハンマー。


経緯は知らないが、ロブザフはマッジの育ての親らしい。たぶん俺と同じく戦災で故郷を失ったのだろう。この時代多くの人が戦禍で家族を失った。


夕刻に差しかかる頃、俺たちはホスに到着した。


ホスは、100人に満たない規模の村で、南西に入り口がある。集落のある高台を囲むように、北面から東面を経由して南面まで川が流れている。

川の北面はかなり深いが、それは徐々に浅くなり、南面では渡河が可能だ。西は一面に収穫前の大麦が実り、風に靡いている。


ホスの入り口では、村人が夜営に向けて篝火の準備をしていた。


一目見て冒険者だと分かる俺たちに、村人数人が期待と不安の入り混じった笑みを浮かべて近寄ってくる。その内の一人、初老の男が話しかけてくる。


「村長のホルトヒです。冒険者の方々ですな、ギルドから今日の夕刻には到着すると連絡がありました。今回は依頼を受けて頂き、ありがとうございます。

宿泊場所を用意しています、先ずはお休みになって、夕食の準備が整い次第お声をかけさせて頂きます。我が家で食事をしながら詳しくお話しを」と言った辺りで俺は話しを遮った。


ナステビーで打ち合わせ通りに、俺が切り出す。

「ご好意は有難いが、先ずは日がある内に村の周辺を探索したい。今は少しでも手がかりが欲しい。あと村人にも話しを聞きたい、いいかな?」


村長は感心した顔に変わった。

「どうぞどうぞ、ご遠慮なさらず誰でも自由に声をかけて下さい。では夕食は皆様の都合のいい時に我が家をお訪ね下さい」


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村長との夕食が終わると、数人の村人が訪ねて来た。彼らは村長が頃合いを見て呼んだ、村の有力者たちだ。


アーサーは彼らに、現状を説明する。

「現在、篝火の効果によりゴブリンたちは村を襲うことはできませんが、村の再襲撃を企んでいるのは確かです。

先ほど何人かの人に話しを伺いました、皆さんも気づいているようですね」


「見晴らし丘のことですな」村長は困った顔で答えた。


見晴らしの丘とは、ホスの村人がそう呼んでいる、街道にかかる丘のことだ。高さはホスがある高台よりやや高い、村からは5、6分の距離にあり、丘からも村からも互いに見通せる立地にある。


見晴らしの丘を起点に北西に20分進むと広大な森林が現れる。この森こそ俺たちがゴブリンの住処があると想定している場所だ。

アーサーは言葉を続ける。


「ご存知のように、ゴブリンは再襲撃の機会を狙って、夜な夜な見晴らしの丘に集結しています。今宵もゴブリンは見晴らしの丘に集まっているでしょう、これより魔法の力によって敵状視察を致します」


突然のアーサー ゼーウットの魔法行使の宣言に村人は騒めく。

「クレアボヤンスという魔法で、遠く離れた場所を視察することができます。この魔法には精神集中が必要です、皆さんは少しの間、静かに見守って下さい」


アーサーが目を閉じて詠唱を始めると、静寂の中でも感じ取れる、異様な緊張感が漂い始めた。

実際には2、3分の出来事だったのだが、初めて魔法の行使を見た俺は、恐ろしく長い時間に感じられた。それは恐らく村人たちも同じ感想だったはずだ。


静かに目を開けたアーサーは、ゆっくりと一呼吸してから視察結果の説明を始めた。


「ゴブリンの数は17匹、武器は近距離の得物で飛び道具はありません。恐らく最初の襲撃の失敗から、増員を決めたのでしょう。5匹ほど最近のものと思える負傷をしたゴブリンがいます。先日の襲撃に参加したゴブリンでしょう」


村人たちは、アーサーの報告を聞き騒めく。少し間があって村長は口を開いた。


「ゴブリンの寝ぐらを排除しない限り、私たちは篝火を焚き続けないとならないのですか?」


村の人たちも分かってはいたのだろう。しかし改めて他人から自分たちの村がゴブリンに狙われていることを知らされるまでは、あの夜の襲撃で全て終わったと思い込みたい心理が働いてたとしても責めることはできない。

それは分かっていたが、俺は打ち合わせ通りさらに話しを足した。


「収穫の時期なんだろう?何時までも徹夜で夜通し警戒する日が続けば、刈り入れもままならない。恐らくゴブリンの寝ぐらは見晴らしの丘の奥にある森の中だ。その推測が当たっていても寝ぐらの探索には時間がかかる、期日を約束できる状態じゃないのが正直なところだ。仮に推測が外れて、奴らの寝ぐらが森でなければ事態は深刻だが、その可能性がゼロではない」


アーサーの報告で騒めいていた村人たちは、俺の言葉で沈黙した。事態改善が安易ではないことを知ったからだ。


アーサーは咳払いをして、再び話し始めた。

「まったく策が無い訳ではありません、ゴブリンの寝ぐらを早期に発見する方法があるのですが、それには皆さんのご理解が必要です」

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