第3話 冒険者ギルド

俺がナステビーに到着した時、常備軍を解雇されてから2週間経っていた。

ナステビーは王都ファルコニアの東方に位置しており、アスランドとバイランの緩衝地帯になっている。歴史的には誕生から80年ほどの新興都市だ。


ファルコニアの荘厳さは無いが、ナステビーには勃興期の活力があった。人々の顔は明るく生気に満ち、長く戦乱が続いていたことを感じさせない。

これには冒険者ギルドの働きが大きい。豪族たちに支配されている他地域は領民に徴兵を課していたが、ナステビーでは都市防衛のために、冒険者の戦力を用いた。

ゆえにナステビーでは、戦乱期にあっても生産階級の市民が損なわれることなく、都市の発展に参画できたのだ。


当にナステビーにとって、冒険者ギルドは誇りであり、生命線なのだ。


そのギルドはナステビー中心部にある二つの塔を拠点にしている。

一つの塔では冒険者の登録や斡旋を行い、言わば冒険者たちの管理を目的としている。

もう一つの塔は、主に冒険者たちが交流し打ち合わせの目的で使用される。概ね冒険者はパーティーと呼ばれるグループ単位で仕事を請け負う。仲間を集い、情報を交換することは、冒険者にとって死活問題なのだ。

前者の塔を『ワイバーン』、後者を『グリフォン』と呼ぶ、入口にはそれぞれの魔獣の彫刻が装飾されている。


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来たる冒険者黄金時代の予感に湧き上がる、血気盛んな未来の英雄たち。そんな輩がギルドに犇めく光景を想像していた。


しかし、ナステビーの冒険者ギルドは混雑もなく、気合いを入れて乗り込んだ俺は正直落胆していた。


登録は簡素で、冒険者としての幾つかの注意点が説明された後、名前とクラスの報告をして終了した。クラスとはギルド内での職種区分のことで、元兵士の俺は『戦士』として登録された。持ち金が殆ど無い俺は、早速仕事の斡旋を頼む。


顔に傷がある受付の初老の男は、俺の頼みに答える。


「本来なら、まず隣のグリフォンの塔に行き、仲間を募るのが賢明だ。一人で冒険の仕事を斡旋してもらうなど愚か者のすることだからな。


しかし、物事には好機がある。普段なら賢明であろう判断によって、絶好のチャンスを逃す時もあるさ」


男はニヤリと笑い、話を進める。


「ナステビーから半日ほど北西に行った、ホスという村が最近ゴブリンに襲われた。大して財力の無い村なので、村が出せる報酬は少ないが、ゴブリンは1匹退治で金貨1枚、ギルドから報奨金がもらえる。ゴブリン退治は初心者には打ってつけの仕事だ」


「こんな分かり易い仕事は人気があるから、この仕事を請け負うパーティーは、もう決まっている。

しかし、そのパーティーはこの仕事を請け負うために初心者の冒険者たちが集まった、にわかパーティーだ。にわかとは言え、戦士とマジックユーザー、エルフとドワーフと中々バランスの取れている。そんなパーティーがもう一人、戦士を欲しがっている。


報酬が割れても、生存率を上げようと判断ができる、いいメンバーだと思うが、アンタはどう思う?」


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次の日、朝食を済ませると荷物をまとめて、早々に宿屋を引き払いギルドへ向かった。もちろん受付のオヤジが言うところの、にわかパーティーに合流するためだ。


昨日の内に彼らに連絡を取ってもらうと、明日の午前中にもグリフォンの塔で会いたいと返事があった。

夜、宿屋に来たギルドのメッセンジャーは

「先方はできれば午後にはホスの村へ向かいたい」との旨を合わせて伝えてくれた。

了承した俺の意思を折り返し伝えに戻るメッセンジャーの後姿を見送って、昨夜は早々に就寝した。


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俺はグリフォンが頭上に構える門を潜り、塔の内部へと進む。


そこで俺は初日ギルドで裏切られた思いを払拭することができた。それはグリフォンの塔の内部には、俺が望み夢想していた光景が広がっていたからだ。


怒号と歓喜が入り混じる喧騒、熱意と思慮が打つかり合う活気。国や地域、人種や種族、年齢や性別を超えて対等に語り合い、時には拳を交える。命を預ける仲間と出会うために、自分とは何者なのかを赤裸々に曝け出す。


目の前の光景が、俺に冒険者黄金時代開幕を告げる。


その時俺は初めて、軍隊生活に甘んじる自分を呪っていた本心に気づいた。


建前の規律と、本音の堕落。それを上手く使い分けて部隊という所帯を切盛りしている自分を本心では嫌っていたのだ。今まで気づかない方が如何かしていた、俺は軍隊に蹂躙された村の出身者だ。

掠奪によって家族も居場所も失った男が、掠奪を取り仕切っていたのだ。10年の歳月が俺の感性を麻痺させ、有能に立ち回る屍へと変貌させたのだ。


その失った心を、この場所でなら取り戻せる。その予感に胸が震え、落涙を留めることができなかった。


激情を受け入れて、暫くは茫然と突っ立ていた。落ち着き涙を拭うが、赤ら顔は隠せない。


(構うものか)

今さら格好つけても始まらない。俺はそのまま、にわかパーティーと待ち合わせている番号のテーブルへと向かった。

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