第2話 ギル ストーム

俺の青春は、地方転戦の日々だった。役10年間、アスランド王国の常備軍に属して、反乱する地方豪族と戦っていた。


敵対者とはいえ同国の民、非道な真似はできない、建前では。実際は目立たずバレない程度に掠奪はしてきた。


兵士の給金では生きていけない、生きていくには奪うしかない。


俺だって、村や家族を奪われて、兵役に身を投じるしかなかった男だ。できれば自分がされたことを、他の誰かにしたくはなかった。


話を変えよう、2週間前の話だ。


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その日、俺たちは王都の宿舎で待機していた。 いや、その日どころか一ヶ月前から、俺たちに出撃命令は出ていなかった。


『政変が起きた』という噂が王都で広まっていた。たぶんそれは本当なのだろう。上官や王宮衛兵たちの様子は何時もと違っていたし、加えて1年前から顕著になってきた『ある異変』


俺のような下級兵士でも『何かが変わる』予感を察知していた。


配給されたパンとスープで昼食を済ませた俺たちは、練武場に召集された。


王都に待機中の常備軍7,000名が、所狭しと練武場に整列する。


部隊と呼ばれる50人前後の編成ごと、部隊長が兵士たちに訓示していく。


「1週間前、中立都市ナステビーで我らが栄光アスランドと、不敬にも反旗を掲げたバイラン公国との間に停戦合意が成された。これは偉大なる国王アズサルト三世陛下の慈悲と慧眼によって成された深謀遠慮なる御英断である。


尚戦火の終結となり、常備軍の一部に暇を取らすと陛下より慈悲深い恩情が示されている。該当する兵士は数日以内に銀貨50枚を下賜され、その後に休養となる。以上」


俺たちの動揺は小さくはない。それは国王の名が変わったからではなく、王国が常備軍の縮小を決めたからだ。休養は建前、再び戦端が開かれない限り、再兵役は叶わないだろう。


次の日から、同僚が次々と部隊長に呼ばれては、退役していった。想像していたより解雇の人数が多かった、俺たちは戦乱の終わりを実感していた。


そして訓示から5日後の朝、俺は部隊長に呼ばれた。


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部隊長には貸しがあった、命も何度か救ったし、部隊内を取りまとめていたのは俺だ。下級貴族出身の部隊長に、平民出身者ばかりの下級兵士はまとめられない。

必然どの部隊にも、部隊長を補佐する平民出身で実力と人望をもつ兵士が重宝される、この部隊では俺だった。もちろん役はないが、正規のものではない呼称として俺は兵長と呼ばれていた。


だから俺は呼び出されても自分が休養の対象者だとは露ほども疑わなかった。


部隊長は若さに似合わない髭を触って、俺を待っていた。奴は髭を触って後ろめたさを誤魔化す癖があった、嫌な予感がした。


「おおギル ストーム、我が部隊の精鋭よ。喜べ、君は一時金と休養の御恩情が下賜される名誉を与えられた」部隊長は引き攣った笑顔で話す。


俺は少しの間、事態が把握できず間抜けにも「はぁ」などと気の無い返事を返した。もちろん数秒後には激昂していた。


「部隊長、いやカシドス リシャール。貴殿は俺の功績を知る者だ、何故斯様に俺は貶められているのか、御教授願おうか」


俺の怒気は、哀れなカシドスに伝わったようだ。狼狽える素振りを隠さず、カシドス リシャールは俺に説明をしてくれた。


「ギル ストーム許してくれ、私にはどうにもできなかったのだ。内部告発があって、貴殿が取り仕切った村人への掠奪が、上層部に知られてしまったのだ。どの部隊だってやっている必要悪だとは充分分かっているし、貴殿が部隊の士気のため汚れ役になってくれたことだって、私は高く評価している。


しかしだ、ギル ストーム。村人が生きている、証人がいるのだから言い逃れはできない。軍事統制下のやむを得ない物資調達ということで、掠奪の罪は問わないように上層部には掛け合ったが、除名処分は免れないようだ。それなら今回の休暇の対象者として退役した後、上層部は掠奪の事実を把握したという建前で譲歩してもらったのだよ」


つまり俺が部隊に残れば、数日後に掠奪の罪で処分される訳だ。


真相は、カシドス リシャールが俺を煙たがって、部隊に残ることを条件に、同僚の誰かに俺の掠奪を密告させたのだろう。

戦時下なら兎も角、若いカシドスにしてみれば俺のことは弱みを握られた強請屋くらいにしか思えないのだろう。


俺の詰めが甘かったのだ。俺にはどうしても掠奪後に口封じのため、村人を殺すことができなかった。一抹の不安はあった、村人が生き残っていれば何時か罪に問われると。


(この辺りが、俺の限界だな)

そう思うと、部隊に残る気は無くなっていた。考えてみれば、俺の功績はカシドスの得点にしかならない。その男が俺を切り捨てたのだ、恫喝して無理に部隊に残って、除名処分を免れても、今更彼の下では働けない。


俺は部隊の中で、上手く立ち回り生きていたつもりだったが、一兵卒としては出しゃばり過ぎたのだ。俺には部隊の士気のために掠奪はできても、自分の保身のために村人を口封じすることはできなかった。

それが俺の限界なのだ、狡猾に立ち回れるほど強くは無かった。


俺はその日のうちに、荷物をまとめて宿舎を去った。鉄製の胸当て、籠手、脛当、バスタードソードとショートボウ、そして50銀貨。それが10年の兵役で、俺に残った全てだった。


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50銀貨には、一人が一ヶ月無理なく暮らせる価値がある。それを俺は食べて飲んで抱いて、3日でほぼ使い切る。

4日目の朝、俺は王都を去り中立都市ナステビーに向かった。


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ナステビーに向かったのには理由があった。それは一年前から顕著になってきた『ある異変』にある。その異変とは、人間に敵対するデミヒューマン、ゴブリンやオグルといったモンスターが増加している現象のことだ。現象は実数で観測されたものではなく、実感という不確かな感覚によるものだが、ゆえに切実だ。

各地の豪族は増え続けるモンスターの対処に、戦線を維持できなくなっていた、おそらく今回の停戦合意の理由の一つだろう。


ただでさえ、長い戦乱によって国力は低下していた。人間社会が疲弊すればモンスターにとって生き易い道理だ。


ゴブリンやオグルは人型の鬼であり、前者は小型で後者が大型だ。どちらも、褐色の肌に長い腕、醜く垂れ下がった鼻といった特徴がある。


何度か戦ったことはあるが、ゴブリンの運動能力や筋力は人の平均より低めだった。やはり体格が人より小さいからだろう。

オグルは大型なので、筋力は驚異的だが動きは緩慢だ。どちらも知性は低く、群れていても組織だった動きはできない。


ただゴブリンは暗視という能力がある。光源がない場所でも相手を視覚することができるのだ。話によれば、それは温度を識別できる能力らしい。熟練した戦士でも、ゴブリンとの夜戦や暗所での戦闘は死を意味する。


どちらとも夜行性で雑食。特にオグルは食人鬼と呼ばれ、人を好物にしている。


組織だった動きをしないモンスターを国軍が相手にすることはない。地方豪族の中には勇敢に鬼と戦う豪傑もいるが多くはない。


理由は『かまってられない』からだ。村人が熊や狼に襲われたからといって、兵隊を動かすことはしない、それと同じ。

村にはそれぞれ自衛団が組織されている訳だし、ゴブリン程度のモンスターの対処なら、それで充分なのだ。


今までは


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モンスターの襲撃といっても数年に一度くらい。個体数が絶対的に少ないのだから、まず人が直接被害を受けることは稀だった。


しかし、一年前くらいからモンスターの増加によって数の優位が生じた。優勢になったモンスターは、人を襲うようになったのだ。


戦乱期を経て武力が低下し治安悪化、ゆえにモンスターが増加。武力が低下しているのだから、モンスターを駆除することはできず、さらに増加していく。


以前は驚異では無かったゴブリンやオグルの存在が、今や国の存亡を左右する事態になっている。戦争などしている場合ではなくなったのだ。


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とはいえ人々が未曾有の恐怖に打ち拉がれているかと言えば、そうでは無い。


人類は同じ歴史を経験していた。


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400年前アスランド建国時、ゴブリンやオグルの生息数は人類のそれを上回っていた。各地の豪族はアスランドの傘下に加わることで、連帯して鬼と戦ったのだ。


つまり鬼の脅威がアスランドという連合国を成立させたことになる。


とはいえ、ゲリラ的なモンスターの攻撃は、軍隊の力で対処するには限界があった。


そこでアスランドは、冒険者と呼ばれる『職業武力集団』の存在を認め、彼らが仕事として鬼を駆除する仕組みを整備した。


こうして冒険者ギルドが誕生する。


冒険者の活躍によって鬼は生息数を減少させていく。このことでアスランドは空前絶後の繁栄期を迎える。


だが王国繁栄期には、冒険者ギルドは仕事の激減から影響力を失い、王都ファルコニアから姿を消していった。

しかしギルドは戦乱期に再び息を吹き返し、中立都市ナステビーを本拠地として、今も冒険者たちに仕事を斡旋している。


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つまり人類は冒険者たちによって、一度モンスターの脅威を克服した経験があるのだ。


この『異変』は再び冒険者たちに黄金時代をもたらす吉兆とも言える、ならば俺もそれに賭けてみることにしたのだ。


俺がナステビーに向かう理由は、『冒険者として再出発』するためだ。

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