第2話
「静岡のどこですか?こちらは富士市です」
「私もです」
彼女は、いつも一人称は「私」だった。そして、結果的に2人が近くにいるという単純なことが2人が出会う決定打になったのだろう。
「会えますか?」俺は短く適当なメッセージを送った。別に断られても、何とも思わなかっただろう。返信が来なくなったとしても半日後には気にもしなかっただろう。だが返信が来た。
「顔の写真もらえますか」俺はスマホの写真フォルダから、1ヵ月ほど前に撮ったちょっとでも若く見える俺の写真を探して送った。俺は自分の顔にはある程度の自信があった。そして、
「44歳だけどホテル行くの大丈夫ですか」と1歳サバを読んだメッセージを送った。後からわかるが、このサバ読みは、何の意味もなさない。ただ、クズである俺の心に抜けない刺のように、彼女についた1つ目の嘘として、今後重ねられていく嘘の先駆けとして残り続けている。この段階でホテルに行くことを誘ったのは、断れるなだったらば時間の無駄だから早めに断られようと思ったからだ。だが彼女からの返信は続いた。
「いっぱい舐めてくれるならいいですよ」思いがけないOKの返事だった。そこから話がとんとん拍子に進んだ。彼女から、体の見返りに金銭を要求するような話は一切なかった。
ネットで、女性に声をかけ続けていると、ごくまれに、こういった性の相手を探している人に出会うことがある。出会い厨の俺にとって、彼女は、ネットを通じて、金銭を介さずに会う8人目の女だった。
「いっぱい舐めてくれるならいいですよ」彼女のこの返信は、俺がついた嘘と同じぐらい俺の記憶にこびりついている。
家から車で30分もかからずに行くことができるちょっと高級なラブホテルの駐車場が待ち合わせ場所となった。俺が彼女のツイートを見たのが午前9時30分、待ち合わせはその1時間後になった。後日、ではなくその日のことだった。
俺は、一目散に身支度を始めた。ヒゲなど剃らなかった。どうせ今日だけしか会わない、それだけの相手。待たせてしまって他の男にかっさわられるよりもスピードを重視した。俺は、冷蔵庫から前日、嫁が用意してくれた弁当を取り出し保冷剤と一緒に弁当用の袋に詰め込んだ。そう、俺は既婚者、妻を裏切り続けている既婚者だった。勿論子供もいた。俺がクズである所以は既婚者であることだけではない。まだまだある。
10時過ぎに家を出て、10時半の待ち合わせに間に合うように車を飛ばした。いや、間に合わないことはわかっていた。遅刻してもいいと思っていた。「ちょっと遅れます」そんなメッセージを送ったと思う。彼女も、いいですよ、などと当たり障りのない返信をくれたと思う。
欲求不満の体を写真に撮り、その体の疼きを手軽にネットで出会う初対面の男で収めようとする彼女、赤裸々にさらけ出されたアラサー女、そんなイメージが湧いてきた俺はふと思い立ち、次のメッセージを送信した。
「俺は、職場にローターを置いてあるんだけどお持ちしましょうか?その場合到着は11時になります」
いらない、と言われたらそのままホテルへ直行するつもりだった。彼女のアカウントにはもてない男たちが大量にメッセージを送っているはずである。彼女にとっては選びたい放題。この場合スピードが大事だと思っていた。ところが、
「お願いします^_^」
驚いたが、俺は、職場である学習塾まで車を吹っ飛ばし、事務室の自分の机へ突っ走っり、5年前に買って、当時セフレとして軽く会っていた結婚を控えた女との逢瀬に使っていたローターを取り出し、素早く備品の新品の電池を詰め込んだ。数年ぶりに動かしたそのローターは、早る俺の気持ちと同じぐらい元気に振動した。そして勢い良くホテルへと向かった。約束の11時よりも、早くホテルの駐車場に着いた。
「着きました」
到着メッセージを送った。今後、幾度と無く2人で訪れるホテルでの2人の初めてが始まる。
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