原初の地獄
「…クライド、どうして泣いているの?朝の光が怖いの?」
私がシーツを頭に被ったまま頷くと温かな手のひらが私の頭を撫でた。しばらくすると私は朝の光の中で再び眠りにつくのだった。満足そうな姉さんの笑顔が記憶の傍らに灯る。
私が姉さんと呼んでいた人は、父の次の伴侶となる“人間”だった。
姉さんは人間だったが、やがて父の
姉さんは変わった人間だった。無理やり攫われたというのにそのことを歯牙にかける様子も頓着する様子もまるでないように見えた。
姉さんの肌は日焼けなど知らないように白く、近くに寄ると赤子から薫る乳のような香りがした。
暁の光の中にいる姉さんは光の中に溶けていってしまいそうで、おとぎ話の妖精の様にまるで初めからこの世にいない、この世界に認められていない存在のようだった。
時折、私と姉さんは父に隠れて二人で『遊び』に耽った。
姉さんが指の先をナイフで擦るとそこからは真紅の甘露が溢れ出てくる。
姉さんはそれをまるで
「クライド、噛んじゃダメだよ」
私はその指を咥え、傷口から溢れ出す甘い蜜を懸命に吸った。
母の面影すら知らない私は、人の親子の授乳とはこういったものだろうかとぼんやりと考えたものだ。
「…今度はクライドの番だよ」
姉さんの傷口から溢れる甘露が薄くなり始めると、今度は姉さんが半ば強引に私の指を掴まえ軽くナイフで擦った。私は痛みに眉をしかめた。
姉さんは私の血液の溢れ出す指を咥えこんだ。姉さんの舌が蛇のように私の身体を這うのは不思議と快い気持ちだった。
無知な私はそれらを罪のない遊びだと思いこんでいた。
私の家は
その頃、母と言うものを知らぬ
母性への渇望と嫉妬、そして子供らしい未熟ゆえの残酷さがあのような惨劇を生んだのだ。
その夜中、私と姉さんは深夜の森の中にピクニックをしていた。
姉さんと私はいつものようにポーチに忍ばせたナイフで『遊び』に耽っていた。
「おい、クライドじゃねえか!!」
遠くからの声に私は身をすくめた。その声の主は私をよくからかっていじめている子供の一人だった。がやがやと数人の子供の群れが私たちに近づいてくるのが分かった。
「おいおい、その女。お前の父親の
私は冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
「俺たちにも分けてくれよ、処女の血を」
「ちょっと待て、もっと面白いことがあるぜ」
そういうと子供たちは数人で私を抑え込んでズックをはぎ取り私の下半身を露わにした。
私は羞恥と驚きで頭の中が真っ白になった。
「跨がれよ、売女」
姉さんは羽交い絞めにされ、私の下半身の上に跨らされた。
「クライド、彼女をお前の眷属にしてやれ。お前の牙でな!!」
その時私は何が起こったのかわからなかった。ただ、私の下腹部の上を
ただ、子供たちの囃すような声とその感覚に恐怖を覚え、一刻も早くこの時間が過ぎるように願うのみだった。
やがて、真っ白い靄から日の出が突き抜けるような高揚感が全身を覆い、その少し経つと虚脱感と倦怠感が身体を襲った。
私の高揚と重なるように少年たちの声も高まり、やがて少年たちは興を失したのかその群れの声は離れていった。
私は恐る恐る顔を上げると、姉さんは泣いていた。
「ねえ…さん……?」
「クライド……私、あなたのお父さんに殺されるわ」
姉さんの昏い昏い、光を灯さない眼。
「一緒に逃げてくれる…?クライド…?」
私は訳も分からないまま、辛うじて弱弱しく頷いた。そんな私を見て、姉さんは悲しそうに笑った。
「……クライド……
姉さんはそれだけ言うと、私の顔をいつものように掻き抱くと、唐突に姉さん自身の首に私の牙を差し向けた。
「ねえ…さ……」
私の目は捉えた。彼女が
一瞬の閃光のように何かが瞬き、
「クライド」
父さんの声がした。冷たい冷たい声だった。姉さんの血液で真っ赤に染まった視界はぼやけて、父さんの姿はうまく像を結ばなかった。
「父…さん…」
「出ていけ」
「父さ…」
「憤怒の任せるままお前を屠らぬことがせめてもの情け…私にも情というものがあったらしい」
そういって父さんは背中を向けた。
これが私にとって原初の地獄だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます