夜を這う者
「…随分と調子がよさそうだ」
私はレギアスの皮肉に辛うじて薄笑いを浮かべてみせる。
目の下の隈は色濃く、我ながら優美さなど欠片も存在しない。
「…眠れているのか?」
「…いえ…少しばかり眠剤を処方してもらえますか?あと、中毒症状を緩和するような薬があればそれも…」
例のレティシャの一件から、私の深夜の森の中での放蕩はより一層激しさを増すことになった。そしてその弊害として、魔物の血液の中毒症状が顕著に身体に現れるようになってきた。
魔物の血液には魔力など力も含まれているが、色々と『混ざりもの』が多く中毒性が高い。
血液とは魂の通貨。そう簡単に他種族の生体へと還元できるものではない。
レギアスは、不満ともとれるような表情と重苦しい沈黙で応えた。しばらくしてため息とともにこう言った。
「…自らを治そうとする気のある奴にしか、俺は薬を出す気はない。『神は自ら助くるものを助く』だ」
「先生はキリスト信徒でいらっしゃったか…」
私は深くため息をついた。
本当に、疲れているのだ。自らの欲望によって絶え間なく摩耗し、志は萎え、妄想と意志の区別すらつかなくなっていた。
私は力なく椅子から立ち上がり扉の方へと向かった。
「……治したいと否定はしないんだな、あんたはなぜここへ通う?」
私は扉の取っ手に手をかけたまま振り返った。
「……頭痛が酷いから、ですよ。…でもそれももう終わりだ」
「…随分と身勝手な話じゃないか」
「私が病んでいるか健常かなど…私自身が決めることだ」
「…聞き捨てならないな」
レギアスは私が閉じかけた扉に手を掛けた。
「クライドドクター、いやクライド。お前は私の患者だ。患者を診断し導くのは医者の役目だ。お前が病んでいるか病んでいないかは私が決めること…ここは私の城だ。ここでは私の指示に従って…」
私は閉まりかけた扉を勢いよく押し開けると反動で泳いだレギアスの身体を向こうの壁に押し付けた。振動で机から書類がばらまかれ、レギアスは動揺で大きく目を見開いていた。
「貴様!?何を…!?」
「…穏便に済ませたいだろう…なあレギアス?昨夜の食事が消化不良でね……ずっと胃が荒れていて苛々している……お前は煙草は吸うか?」
「す、吸うが…なぜ、そんなことを…?」
「…そうか…貴様の体液では
「な、何を…!?」
私は人差し指をレギアスの眼前に持っていくと歯の間からシーと静止を示した。
「…それに貴様ら傲慢な医者が、自ら生ける屍になるなど余りに皮肉が効きすぎているだろう?…ただの死の傍観者に過ぎない哀れな貴様ら………たかだか数十年生きて死ぬだけの若輩が…自惚れるなよ…」
「お、おまえは……な、何だ…一体何なんだ!……」
レギアスは突然の私の振る舞いに慌てふためいていた。
「
そう言った私は身を翻し、振り返りもせずに扉から出て行った。
こうしてレギアスと私の対話はその扉によってそれ以降永久に遮られた。
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