anger is a gift

 レギアスの診療所を出てすぐの辺りから、後を追ってくる足音には気が付いていた。


すこぶる好調だな?クライド」


「…自分でもそう思いますよ」


「皮肉なんかじゃねえ、俺は心底褒めているんだ」


 レザボアは夜道で私にすり寄るように近づいてきた。


「お前はどんどん良くなっている…まるでお気に入りのフルーツが熟れていくのを時間をかけて見守っているようだぜ」


 レザボアは芝居じみた動きで私の肩の辺りに鼻を近づけ、すうっと深呼吸をした。


「んん…この香りは…熟成された絶望と退廃の香り…これはもうすぐ喰いごろかも知れんな?」


 レザボアはぐつぐつと地獄の窯のように笑った。


「なあ、もっとだ。もっと楽にしろよ、クライド。本当に、今までのお前はいい子ちゃん過ぎて可愛い馬鹿みたいだったぜ?超越者オーヴァードたる吸血鬼がどうしてそうまで窮屈に生きようってんだ?」


 私はレザボアを無視して夜道をまた歩き始めた。


 背中からは狂人の、悪魔の声が聞こえた。


「なあ、そうだろうクライド!!力こそ天与!!憤怒こそ天賦!!お前に悪運のあらんこと!!」


 私は夜道を歩き続けた。


 私の診療所にはまだ灯りが付いていた。


 扉を開けると丁度レティシャは診療所の後片づけが一通り終わったところのようだった。


「ああ、お帰りなさいませ先生」


「…ただいま、レティシャ」


「夕方にレザボア様がいらっしゃっていましたが…」


「ああ、そこで会いましたよ、相変わらずでした」


 私が外套と帽子をコート掛けにかけている間中、私のことをじっと見つめる視線を感じていた。 


「…先生、大丈夫ですか?」


「…何がですか?」


「レザボア様とお会いになられた後の先生は…なんだかとても…お加減がよろしくないように思います…」


 私は話の意図が読めず、レティシャのことをぼんやりと眺めながら次の言葉を待った。


「…先生のご事情を私は何も存じ上げません…もしも先生に何かお辛いことがあるのだとしたら……私は……先生にとってそんなにも頼りないのでしょうか…?」


 それはおそらく幻聴だった。


 なぜだクライド…??


 なにを我慢することがある…??


 どうだ、美味そうな処女じゃないか?


 白く美しいうなじ。


 お前の口元にやいばの如く光る牙。


 欲望も、それを成就するための手段も、贄も、いずれもお前の手中にある。生殺の権利すらお前の所有物なのだ。


 一体なにを躊躇することがある。


 これは…レザボアの声だろうか?いや、それとも違う。


 だが、かような心身が弱った状態でレザボアなどと話すものではなかったと後悔した。


 悪魔憑きか何かだろうか。私はめまいに近い感覚を覚え、視界が暗転するのを感じた。

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