血に狂う

 必要なのは何をおいてもまずは血だ。


 私は触手状に伸びた赫手かくしゅを駆り、群れたワーウルフ達を次々に屠り屍の山を築き上げた。


 だが、最後の一匹の心臓から血の一滴を舌の上に絞り出しても私の心にはなんの感慨も浮かばなかった。


 最初からこの激しい衝動を収めるには量が問題ではないことはわかっていた。それにも関わらず、そうせざるを得なかったのだ。


 贅を知ることはかくも罪深い。


「レティシャ…」


 私は血に染まった白衣を見下ろしあの甘美な回想へと耽った。


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 それは、二日前の夜のことだった。こつこつと私の寝所をノックする音が聞こえた。私は寝る前に目を通していた論文をベッド脇のシェルフの上に置き、扉を開けた。


 そこには薄手の寝間着姿で私を見上げるレティシャの姿があった。


「夜分にすみません…先生、見てくださいますか?」


「どうしたのですか、レティシャ」


「指先を切ってしまいました」


 私はその時見たのだ。レティシャの指先の上に表面張力で盛り上がった真紅のエーテルを。


 顔色が変わったことをレティシャに悟られなかっただろうか。


 私は、どうやってレティシャの血液に口づけるかということに考えを乱されてしまい、正直気が気ではなかった。


「レティシャ、まず診察室へ行ってガーゼを傷口に当てていなさい」


「はい、先生」


 レティシャが階下へ向かう足音が遠ざかっていく。2、3回深呼吸をしてから私も階下へ降りて行った。


 レティシャはいつもの従順さで言われた通り傷口にガーゼを当てて椅子に座り私を待っていた。私は消毒薬を取り出すとレティシャには気取られないよう、巧妙に取り繕われた無関心さで血の染み込んだガーゼを受け取って屑箱へ放った。


 消毒をし、薄く包帯を巻くだけの簡単な治療が終わると私はレティシャが自室に戻ったのを見計らって、例のガーゼを屑箱から拾い出した。


 滑稽だと思うだろうか。この切実さを。だがどうか笑うことなかれ。


 私はガーゼの表面がまだ少し湿っていることを確認し、そのガーゼの赤く染まった部分を口元に持っていき深呼吸をした。


 新鮮な血の芳香がした。我が体内の吸血器官はそれ自体が我が心臓のようにズクンズクンと脈を打った。


 私は半ば恍惚的にその行為を繰り返した。


 そういえば、魔物以外の新鮮な生き血を口にできるのはいつ以来だっただろうか。


 私は震える手でガーゼに唇の先を当て、舌先で少し舐めた。


 甘い、甘露ネクターの様なそれは、まさしく罪の味に違いなかった。


 そしてその背徳の味は、その日を境として私のレティシャへの見方を決定的に変えてしまった。


 薄皮一枚で潤沢な真紅の血液を隔てる、レティシャの白く清潔なうなじ。


 その日から、レティシャは私にとって官能的な美食の可能性としての現実みを確かに帯びてしまったのだ。


 まるで恋焦がれるようなその熱情に私は苦悩した。それが故、深夜の森の中での放蕩はより一層激しさを増すことになったのだ。

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