ヒナシアさんといっしょ~変な友達~
いやぁーどうすっかなぁコレ……置き場所もアレだし……。
おっ? 誰だ誰だ……? あぁ、アナタでしたか、どうぞどうぞ。入って下さいな。生憎お出し出来る薬草茶が切らしていて、水くらいしかないですけど。
はいどーぞ、美味しいですか。普通? 別に? まぁ水ですからね。
はぁーあ、お給料が出る日まで遠いですねぇ。どうしてお給料って少ないんでしょう。だから、さぁ飲みいくぞーってのもあんまり出来ないし――。
へ? アレ? 知らないんですか、《
よいせっと……いやぁ重たい。ほら、マス目の付いた盤があるでしょう、そこに緑と黄色に分かれた駒を並べて、交互に動かして、相手の《巣宮》を取ったら勝ちって訳です。
駒の形? それは《クニキズキ》って虫を模して作っているんです。本当に知らないんですねぇ。昔っから遊ばれていますよコレ。流派? みたいのもあるし《戦中棋》だけで食べてる人間もいるのに。
……えぇ? 説明? いや、しても良いですけど……長くなるんですよねぇ。ってか誰かにコレを説明した事が無いからなぁ……常識過ぎて。
へいへい分かりました分かりました、じゃあ待っていて下さい。お酒用意します、飲みながらじゃないとやってらんないし。
最初から出せ? ……チッ。
まずですね、《クニキズキ》って虫の生態から教授しなくてはなりません。世界各地に沢山の亜種が生息しているんです、ご当地なんたら、って感じですね。
この虫の一生は「王」「妃」の番いから始まります。番いは永住に適した土地を探し歩き、ここと決めた場所に「巣宮」という小さな塚を作ります。ちなみにこの塚は個体差がありますね。
「巣宮」を作った後は、もう生めや殖やせやの繁殖生活です。最初は「王」と「妃」が幼虫の世話をしますが、次第に「教育兵」と呼ばれる個体にその仕事を引き継ぐのです。こうやって彼らの「国」が出来上がっていくんですねぇ。
定住してから大体六ヶ月だったかな、個体数は一〇〇〇を超えます。虫達の役職も増えるんです、「教育兵」は勿論、巣穴の拡大や塚の増設を担う「建築兵」、外界に出て餌を獲って来たり巣穴で苔を育てる「補給兵」、塚の周囲を彷徨いて害敵を追い払う「防衛兵」、そして別の個体群の「国」を侵略する「侵略兵」……いやはや凄い虫です。
はい? 何で全部に「兵」が付いているかって? 良い質問ですね、一〇〇ゼルです。いやあげませんけど。
害敵排除の防衛兵、他国を攻撃する侵略兵はですね、それぞれが特殊な成長をしているんです。防衛兵は身体も硬く、また頭部の側面が発達していて、こう、グルッと円の形になるようにして防御するんです。
一方、侵略兵は前脚が鎌みたいに長く、敵を捕らえやすくなっているし、大顎も恐ろしいくらい尖っていて、敵をぶち殺しやすくなっているんです。
ですが……この二種類、余りにそれぞれの仕事に特化し過ぎていて、脆い一面もあります。そこを埋めるのが他の種類という訳でして。防衛兵が蹴散らされ、自国が他の個体群に攻め込まれた際、王と妃以外全ての個体が、「兵隊」となるのですよ。
彼ら、結構強いです。私も修練生時代に実習で見ましたけど、とにかく連携して戦うんです。日頃から皆で仕事していますしね。馴れたものなんでしょう。こうして《クニキズキ》は自らの「国」の領土を広げ、王と妃の系譜を繋いでいく……って事です。
あぁー疲れた、ここで一杯ちょっと……フゥ。美味しい。
んんっ。えーと何処までだっけ、あぁそこでしたね。
この虫と《戦虫棋》の関わりですが、《クニキズキ》ってのはとにかく領土拡大に目が無い虫でして。別の個体群が暮らしている土地は、自動的に自分達も住める良環境って事になるでしょう? そこに攻め込み、王と妃を、まぁその、首チョンパですね、しまして。残った個体全てを追い払うんです、卵は食べるなりなんなりです。怖い怖い。
領土拡大に積極盛んな《クニキズキ》に、もうゾッコンとなった魔女がいるんです。変な魔女ですね、名前を《ピンギュラ・ヴァルゼノーデス》といいまして、神話では《野遊びのピンギュラ》として出て来ます。
彼女の生まれた地方で遊ばれていた盤上遊戯と、大好きな《クニキズキ》の生態を掛け合わせて出来上がったのが――アナタの目の前にある《戦虫棋》なんです。魔女の名を取って《ピンギュラ》なんて呼ばれる事もありますが、まぁあんまりないかな。
この魔女、よっぽど暇だったんでしょうね。《クニキズキ》の役割形態ごとの形に石を削り、今度は遊び方を考え、今度は普及して……って頑張りました。そして今や、この遊戯を生業に出来るくらいになったんですから、大したもんです。
棋譜本もボンボン出ているし、新しい戦術の研究だってされています。この前なんか一〇〇年前に「子供が寝惚けながら打つ手」と言われたクソ戦術が、今頃になって「偉大なピンギュラに捧ぐ宝玉の妙手」と褒めそやされたり……。
知りませんか、この言葉。「幼児の頃に手順を憶え、少年の頃に戦術を憶え、青年の頃に駆け引きを憶え、壮年の頃に研究を始め、老年の頃に孫へ手順を伝える」って。すぐに遊べるけど、極めるなんて難しいよーんって事です。
……とまぁ、こんな長い話になりましたけど、私は別に好きな遊戯じゃないんですよね。虫嫌いだし。じゃあ何で一式あるかって言うと……。
はい、この手紙を読んで下さい。ドデカい《戦虫棋》の送り主です。
親愛なるヒナシアへ
最近は手紙を書く時間も取れず、互いの近況報告も出来ていなかったわね。ご機嫌如何かしら? 貴女の事だからきっと元気なのだろうけど。
カンダレアに居を構えたと聞き、馴れない土地で逞しく暮らしている貴女の姿を思うと、私、もっと頑張れそうだわ。
ヒナシア、私が戦虫棋を愛している事は知っているわよね? 実はこの度、戦虫棋の認定棋士になったの! もう何年も挑戦し続けていたけど、ようやく芽が出たという訳よ。いいえ、孵化ね。
勿論、私はここで満足する女ではないの。最終目標は世界大会での優勝だけど、当面は国内序列を五〇位以内に上げる事が目標ね。ここに潜り込めば、生活に困る事の無いお金も貰えるし、教室を開いたりも出来る。今からワクワクしているわ。
その内カンダレアにも遠征で行く事があると思う、その時はヒナシア、一緒に送った戦虫棋を打ちたいわ! 当然徹夜よ!
それではまた、返信を楽しみにしています。
貴女の親友アルーズンより
……魔女ですよ、この女。もうちょい良い仕事があるのに……。確かにいっつも《戦虫棋》の勉強ばかりして、師匠から「魔女の自覚が足りていませんわよ!」って怒鳴られていましたね。
まぁ、人間の幸福は稼ぎと地位で決まるもんじゃありませんからね。やり甲斐を見出せる仕事と、健康、この二つです。
え、私? 私は稼ぎと地位と健康とやり甲斐と楽しさと素敵な旦那様があれば充分ですけどね。
欲張りだって? 何を言います、欲を張らなくなったらどーすんですか。人生と肌に潤いが無くなりますよ!
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