ヒナシアさんといっしょ~伏せる魔女~

 …………うぅ。


 ……っ、……あれ?


 ちょ! 何で来ているんですか!? 来ないでって言ったのに……っつう……。


 良いです、良いですから……あ、いや…………まぁ、お腹は減っているけど……。


 うぅ…………ありがとう、ございます……。


 はぁ……。




 あぁ、美味しかった。あれですよね、裏通りのところに来ている……そうそう、酔っ払ったような変なおっさんの……あれ? そしたら奥さんかな? とにかくありがとうございました。


 いえいえ。風邪とかではなくて、何と言いますか、定期的にこうなっちゃうんです。大抵は薬のお陰で一日で治まるんですが、今回はしつこかった……それだけです。


 それにしても、困った人ですねアナタは。あんだけ来るなと言ったのに……聞き分けがまるでないから。感染うつるものでは無いとはいえ、万が一を考えた故の忠告だったんですよ。そりゃあ私だって優秀で可憐で礼節を重んじた魔女である前に、ふっつーの人間ですから。


 ……そう言えば、そうですね。ようやく薬が効いてきたのかな。痛みも大分治まって来ました! これはもうお酒の力で消毒した方が良いのでは? えっ、駄目? 絶対? 冗談ですよ、魔女的冗談…………はぁ。


 最近? いえ、そろそろこの時期だなぁって予測していましたから、あんまり行けていないんですよ。酒場だってそうです。職場と家の往復……精神的潤いが枯渇してきましたよ。


 はい、予測出来ますよ。大体六〇日間隔かなぁ。薬? いやぁこれはそういった単純なものじゃないんです。そこらで売っている薬じゃ気休めにもならないんですよ。専門の魔女が調合しないと緩和出来ないんです。そうです、私が飲んでいる薬もそれですなぁ。


 いやいや、とてもとても……アレを一欠片、コレを小指の爪五分の一程度、ソレを溶かした水一匙を湧かして水蒸気を少し……とか、細か過ぎて頭が爆発します。私は専門じゃありませんから、精々が気付け剤、栄養剤程度しか調合出来ません。


 いるんですよねぇ。世の中には粉一粒を数えるのが大好きな魔女達が……褒めてあげたいです。


 まっ、幸い私が頭を爆発させなくて済むようになっています。医者じゃないですけど、掛かり付けの魔女から定期的に買っていますのでご心配無く!


 ……え? そんなに心配しないで下さいよ。薬を飲めば治まるんですし……。いや、本当に大丈夫ですって。こんなの慣れっこ慣れっこ!


 はい、完治はしませんね。持病みたいなものですから。薬とお酒があれば問題無しって感じです。


 …………アナタが落ち込んでどーすんですか。ちょっと、止めて下さいよ……私まで悲しくなってきます。


 えぇっ、いつからって? そんな事言われてもなぁ……うぅん。よく憶えていないけど、小さい頃かなぁ? でも大丈夫ですよ、さっきも言った通り、何も心臓が捻れたり胃腸が千切れたりとかそういう病気じゃないんです。


 唯、倦怠感と腹痛だけ。本当これだけなんです。


 ……いいえ。心配してくれるのはすっごく嬉しいですよ。ほら、私って病気とかしなさそうでしょ? 実際にしないんですけどね。その分、多少風邪っぽくなっても隠しちゃうんです。何か、悔しいじゃないですか。「ヒナシア・オーレンタリスらしくない」って感じで。


 春暁の夢時代、三日に一度は具合悪くなる修練生がいたんです。咳き込んだり、熱を出したり。その子はいっつも他の人に看病されて。その度に謝るんです。私のせいで、私のせいで……って。


 勿論私も看病してましたよ。もっぱら看病というよりは、気晴らしに付き合うって感じかな。あの子、大抵は寝床にいましたから、ずっと横になると心も落ち込むでしょ? 散歩したり、買い物行ったりぐらいですけどね。


 ある日の深夜、爆睡していた私のところにその子が来たんです。「お願いがあるの」って。珍しく体調が良かったんですよ、彼女。「箒で空を飛んでみたい」って言うんです。


 いきなりぶっ飛んだ事言うなぁって思ったけど、まぁ私もそれなりに飛べましたからね。師匠の鼾を確認してから、コッソリ……星の煌めく夜空を、後ろにその子を乗せて飛んだ、っちゅー訳です。


 そうなんです。その子は全然飛べなくて。訓練が出来るような体力も無いし、座学ぐらいしかろくに受けていませんもの。だから、凄く喜んでいました。その子は随分と鼻が利きましてね、深夜にだけ咲くハクゲツミアゲって貴重な花の匂いを嗅いだらしく、「ヒナシアちゃん、あそこに降りてみて」と言うんです。彼女の言う通り、咲いているんですねぇ。ハクゲツミアゲが。


 病的なくらい白くて、小さい小さい花です。その子は丁寧に摘んで、倒木に腰を下ろして、匂いを嗅いで……こう、クルクルっと回しながら、泣いたんです。


 ヒナシアちゃんは良いね、いつも元気一杯で、私みたいに身体が弱くないから……って。


 別に彼女は病気があった訳じゃありません、純粋に身体が弱くて、体調を崩しがちなだけです。不便でしょうけどね。


 私は言いました、「辛いのは貴女だけじゃないんですよ」とね。そこで、私は初めて、その子に持病の事を言いました。というか、その時は彼女だけじゃないかな、私の持病を知っているのは。


 あぁ、そうなんですよ。時期が近付いたら、「お休み貰いまーす」とか嘘吐いて、近くの宿を取るんです。そこで寝込む、と。長くて四日ぐらいですから、皆はサボり癖が疼いたかぐらいに思っていたはずです。まぁ、そのせいで魔女宗を出るのが遅れましたけどね、ハッハッハッハ!


 ……そうです、アナタと同じ事を言われましたよ。「何で隠しているの」って。私にも分かりません。唯何となく、グッタリした私が嫌いなんです。少なくとも、誰かに見られたくないんです。


 ヒナシア・オーレンタリスとは、元気を持て余す美人の魔女――この印象を崩したくないんです。面倒でしょ? 美人とは面倒なものですよ。


 ……逸れましたね。その日、どうも彼女は魔女宗を辞めるかどうか、私に相談したかったみたいです。何で私だよと訊きましたら、「率直に言ってくれそう」ですって。照れますね。


 でも、私の突然の告白で全部吹っ飛んだらしく、「だったら私、頑張って修練を終えて、ヒナシアちゃんの薬を作ってあげる!」とか言って……。


 それから彼女は師匠に直談判して、特別に一級調合術を勉強し始めたんです。普通は三級までです、猛烈に面倒ですからね。私と違って座学に適性がある彼女は、次々と技術を習得していったんです。


 めでたく一級調合術を修めた彼女は、故郷に戻って製薬所を開きましたとさ……チャンチャン、です。


 私にも、それはそれは色んなお話がある……という訳ですね。しかも、キチンと締める事が出来る! アゼンカと違って、「ほぉー」と聞き手を満足させるのですよ!


 どうやって、と? フッフッフ、この薬袋の裏を見てみなさい……。


 何て書いてありますか。…………そうです、セアーラ製薬所と書いていますね。そこの所長こそが――。


 セアーラ・ツルベル。今では特級調合術を修めた、私の良き友人です。


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