ヒナシアさんといっしょ~黒くて甘くて苦いやつ~
いらっしゃいませ! どうもありがとう御座いますね、わざわざ雪の中を! ここらの人間は雪掻きをしないんですかね、家の周りがモサモサ積もって……。
えぇ、えぇ。そうなんですよ、気象院の発表によれば、カンダレアで雪が降るのは珍しい事とか。私も最近知りましたよ、そういえばこの国、寒くはなるけど雪が降りませんよね。
さぁさ、そこに座って下さいな。今薬草茶でも――。
え? あぁ、分かります? そうなんです、この前大勝ちしたお陰で、暖房用の燃明石を買えまして! あそこを見て下さい、小さな暖炉っぽいのが置いてあるでしょ? 結構気に入っているんです。
……はい? 気温と暖房器具の割りには服が寒そうだって?
何を言うかと思えば、まさかそんな事ですかい。いやいや、魔術で体温保持、とかはしていませんよ。というか出来ないです。違いますよ、寒さに強いんじゃなくって、家の温度をガッツリ上げておくから……そうです、こんな服でも平気なんですよ。故郷の名残ですね。
あれ、前に言いませんでしたっけ? 私はカンダレアよりずっとずっと北の方……ホーデン共和国ってところの――あぁ、そうです。うん、その国です。そこの片隅の、今は無いんですけど、スルノ村で生まれました。あんまり憶えていないんですけどね、エヘヘ。
ホーデンは、一年の半分は雪に覆われるという、まぁ大変な場所なんです。雪掻きを仕事にして暮らす人もいるぐらい、それはそれは雪が降りまくるんですよ。私が小さい頃、よく両親を手伝って雪掻き――の真似っこをしていたものです。
……そろそろお湯も沸きましたね。味は何にします? 今日は四種類も選べるんですよ? 友達から沢山貰いまして、パルスリ、センジー、ロマリ、タムタムを用意しております!
いやいや、今日は行きませんから安心して下さい! いや本当ですって、素寒貧なんですもの、あぁもう財布を見なくていいから! ハァ……センジーですね、ちょっと待ってて下さい。
まずは茶瓶にお湯を入れてー、充分に温めてからそれ捨ててー、センジーの茶葉を二人分、サラサラーっと入れましてー……。
手慣れているって? そりゃあ手慣れますよ、死ぬ程練習させられましたもん。修練生の時、薬草茶を完璧に淹れるって実習があるんですよ、《
半端無いですよ、ほんと。延々と淹れ方や歴史を詰め込まれて、頭が爆発しそうなところに実習。ババ――師匠が葉っぱを一掴みして、「あぁこれは何とか地方の夏に採れたものだ」とか、「土壌の力強さを感じられる味だ」とか……うるせぇよって感じです。
まぁ、寝ていたら杖でぶん殴られますからね、一応は憶えていますよ。私なりに鑑定したら、このセンジーは相当お高いやつですねぇ。
……はい、どうぞ。それと、これも。
チョコレート、知りません? アナタ、相当な田舎もんなんですね。最近の可愛い女性の間で流行しているお菓子です。何処かの国に菓子職人の旅人が現れて、この製法を教えたんですって。
甘くて、チョッピリ苦くて。でも美味しいんです。アナタは運が良いですね、センジーとピッタリ合うんです、これ。
……どうですか。……いや、味です。
…………良かった。
えっ? いや別に、何で胸を撫で下ろす必要があるんですか? 幾ら大きいからって、自分で揉みしだくのはヤバいでしょうが。
仕方無い、教えますよ。それは私が作ったんです。製法は意外に簡単でしたからね、ちょろーっと、パパッと、適当に作った訳です。
それをアナタが食べて、例えば……吐き出したり、ぶっ倒れたりしたら流石に申し訳無いでしょう。害は無さそうだから安心した、っちゅー顛末です。え? あ、あぁ……まだありますけど……どうぞ。
…………。
それにしても、カンダレアの雪は細かいですね。故郷の雪はもっとモフモフしているというか、粒が大きいんです。頬に落ちたら結晶がチクチクする感じ、分かります? 懐かしいですねぇ……小さい頃が。
そういえば、アナタの故郷は何処ですか? 確か訊いていなかったなぁと。
へぇ、あそこなんですか! いやぁあの国はお酒が美味しいですからね! それにアナタの出身地なんか、この前の品評会で賞を取っていますよね? 知らないって? それば駄目ですわ、話になりませんわ。私ぐらいになると、酒類検定の資格を取っちゃいますもんね。
罰として、今度故郷に帰ったら地酒送って下さいよ、元払いで。
……でも、あれですね。気軽に帰れる場所に故郷があるのは羨ましいですね。
箒で帰れって? 結構辛いんですよ、飛ぶの。前を向いて跨ぐのは、その、股間が痛くなるし……何て言うのかな、腰掛ける感じって言うのかな。横に座る方法もあるっちゃあるんですけど、姿勢保つのが辛くって……。
あんまり見ないでしょう? 魔女が空飛んでいるのって。一応何処の魔女宗でも飛行術を教えるんですけど、ガッツリやるところは少ないんです。もう魔女宗を卒業したって人向けに、それだけを教える教室もあるくらいですし。
まっ、今の生活が全部予定通りだって訳じゃないですけど――いえ、全く想定外でしたけど、それなりにカンダレア暮らしも楽しいから良しとします。
………………。
……知っていたのですね。アハハ、バカみたいですよね。いえ、笑ってくれないとこっちが参っちゃいますよ。
えっ? いやいや……ちゃんと返していますよ、小麦粉を一粒ずつ数えるような感じですけど。気が遠くなりますが、それもまた、人生ですから。
最初はこのカンダレアが侵略あるいは壊滅してくれれば、なんて考えていましたけど、住めば都とも言います。アナタや友達も出来ましたし、美味しいご飯や楽しい賭博場もあります。それに……。
今度こそ、落ち着いて暮らせそうですからね。人間、ノンビリするのが一番ですから。
……えぇ? 何を暗い顔しているんですか、アナタがそんな顔になる場面じゃないでしょうに!
さぁて、そろそろ私の特製シチューでも振る舞おうかな!
勿論――沢山お代わりしますよね?
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