私の素敵な生活記です

第0話:魔女と面接大失敗

「……なるほど、よく分かりました。えー、それでは、国王から何か御座いましたらお願い致します」


「では儂から一つ。ヒナシア・オーレンタリス、これまでの質疑応答を聴いていると、流石はかの有名な魔女宗、《春暁の夢》から輩出された優秀なる魔女……という事は理解したぞ」


「私めには勿体無きお言葉……。私めは唯、ひたすらにババ、いえ、師匠から学べるものを我が血肉としたまで。しかし、それは全て……カンダレア王国にご奉仕致したく、努力をしたまでの事です」


「ふむ。魔女とは『懇篤・勤勉・典麗』を旨とするそうだが、お前は全てを高い水準で会得しているようだ。健康的な、初夏に咲く国花に似た……。神話に登場する《快活なるオルフィア》を思わせるようだな」


「お止め下さいませ。私めに《快活なるオルフィア》の名は畏れ多く……」


「気に入ったぞ、ヒナシア・オーレンタリス。最後になるが、これはどの魔女にも同じく問うている。これは、という魔術をだ、是非に儂や配下達に見せて欲しい。何でも良い、無理の無い程度に力を見せよ」


「畏まりました。……僭越ながらヒナシア・オーレンタリス、この世の究極美ともいえる国宝が一つ、『天衣を纏う婦人』像を王立美術館から転移させてみましょう!」


「何と! 儂のこよなく愛するあの像をか!? 面白い、ついでに詠唱も聴かせて貰おうか!」


「詠唱も……? しょ、承知致しました! オホン、『我に万里の歩みは不要、宵と明けをば手中に収め、我が師と祖の名を声高に……』」


「これが第一級魔術、《万里転動》の詠唱か……国王、やはりあの魔女は登用すべきでありましょう!」


「うむ! 儂の目に狂いは無かったな!」


「『夢すら惑わす聖血が、今この肢体に満たされた。努々忘るる事無かれ、全ては我に味方せん! せよ、《万里天動》』! ヤバっ」


「おい! 今『ヤバい』と抜かし眩しっ! ど、どうなっ……た………………?」


「…………こ、国王……」


「…………このヒナシア、魔術に今一度磨きを掛けたく、此度の登用試験を辞退させて頂きます。申し訳――」


「き、きききき貴様ぁぁぁ! お、折れている、折れているよぉその像ぉ! どうするのだ、どうするのだよぉ! どうする……うーん……」


「国王! お気を確かに! 誰か侍医を呼べ、早くしろぉ!」


「ヒナシア・オーレンタリス、これにて失礼ドロンします、カンダレア王国に栄光あれ」


「衛兵、衛兵! そのバカ魔女も捕まえるんだ、あっ、逃げたぞ! 追え、追ええええぇ! 構わん、箒ごと撃ち落とせ! 早くせんかぁああぁ!」




 魔女。


 読んで字の如く……「魔を操る女」を指すこの単語が、ごく一般的に使用されている世界があった。


 その世界では、特別な素養に恵まれ、特殊で過酷な修練を積んだ女性が会得する異能力――《魔術》が、何も食べなければ腹が減るぐらい、一般的かつであった。




「だーかーら! ちょっと噛んだだけって言ったでしょうがぁ! それをまるで大罪人のような扱いをしてですね、こんなか弱い乙女を虐めるのですかぁ!? 第一、詠唱なんて別にやらなくたって良いのに、わざわざ――」




 小さな村から巨大な一国に至るまで、魔女達は何処でも受け入れられ、手厚い保護と公務の斡旋を受けていた。


 何故か? 単純明快な答えがある。


 魔女とは、「周囲に優しく、よく働きよく学び、優雅で華麗な存在であれ」という、《四大始祖とのお約束》なる鉄則に従っている為、人々から賞賛や親愛を受けない訳が無かった。




「礼儀がなっていない? なっていないのはそっちだろうがって話ですよ! こんな魔力断ちの呪符まで貼り付けて! あれですか、に見えたんですか!? 違います、ぜーんぜん違います!」




 ある魔女は寒村で薬屋を開き、格安で村民達の傷病を癒した。


 ある魔女は雨期の洪水に悩む人々の為、魔術によって巨大な堤防を築いた。


 ある魔女は敵国から愛する民を護るべく、戦場で勇猛果敢に戦った。


 このように――魔女とは私利私欲の為に行動し、周りに迷惑を掛けてしまう存在では無い。




「大体、カンダレアの対応の杜撰さは何です!? お風呂のお湯に何かが浮いていたし、食堂のご飯は冷めているし、挙げ句の果てに履歴書を紛失したからもう一回書けとか! そうそう! 一番左の面接官、あの親父ったら私をいやらしい目付きで――」




『幼馴染みのように親しげで、妹のように健気であり、姉のように相談を訊き、妻のように何処までも寄り添い、娘のように人懐こく、母のように愛を信じ、祖母のように知恵を持つ。……彼女は、私にとってあらゆる女性像であった――』


 上記の短文は、かつて魔女と添い遂げた男性の詩人が、自費出版した詩集に載せたものである。


 彼の記した通り――魔女とは単なる「魔術を修めた女」に非ず。


 自己を磨き上げた、一個の「女性」であった。




「って言うかもう帰らせてくれます? 登用試験も受からないのは確定だし、こんな犯罪者みたいな扱い受けていたら、私の乙女心がグチャグチャ及びシッチャカメッチャカなんですけど? ほら、そこの杖を返して、呪符も剥がして、さぁ、早く早く!」




 王宮の地下一階、取調室で吼える一人の魔女を除いて……。

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